第十六話 毒蛇の牙
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帝都より徒歩で三日ほどの距離にある深い森の中心に、その城はそびえ立っている。
表向きには、この辺りを治める大物貴族クーバー伯爵家が代々所有する古城とされているが、その実態は、犯罪組織、毒蛇の牙の重要拠点の一つだ。
より正確には言えば、毒蛇の牙の最高幹部の一人であるクーバー伯爵が組織に提供している城と言うべきだろうか。
古城が建つ、この場所は、古くから呪われた森と呼ばれているため、人は滅多に入ってこない。犯罪組織の中核メンバーが揃って会議をするにはうってつけの場所なのである。
朽ちた城壁と、城壁を徐々に浸食している茨が、より一層不気味な雰囲気を醸し出している。
何も知らない者がこの城を見れば、城が放つ得体の知れない不気味さに逃げ出すことだろう。そんな城に、何台もの馬車が静かに城門をくぐり入城する。
構成員一万人、泣くも黙る帝国三大犯罪組織の一つに数えられる毒蛇の牙の中核メンバー達の乗る馬車だ。
やがて、予定通りの数の馬車の入城を確認すると、城の守備隊は、全ての城門を固く閉ざす。この瞬間、高い殺傷力と毒を持つ茨に守られた古城は陸の孤島と化し、更に、毒蛇の牙の中でも指折りの精鋭二百人が城の護衛につく。
帝国全土からこの日のために集まった幹部達を出迎えるのは、城の所有者であるクーバー伯爵の信頼を勝ち得たメイドや執事で、彼ら全員が、毒蛇の牙の関係者。故に、情報が漏えいする心配はない。
使用人達の案内の元、集った幹部達は、城の最上階に設けられた会議室に案内される。
大理石で作られた巨大な机と十一の椅子が置かれたその部屋は、この城にはない玉座の間の代わりに相応しく、様々な宝石で彩られた見事な装飾品が置かれ、一流の画家が描いた名画が壁に掛けられている。
この部屋に並べられている調度品と同価値の物を集められる人間は、貴族でも最上位の者に限られ、この部屋一つ見ても、この城の所有者がどれだけの力を持っているか、伺い知る事ができるだろう。
だが、この部屋には窓がない。
これから、行われるのは、毒蛇の牙の意思決定を決める重要な会議。例え、同じ組織に所属する者であっても、首脳陣以外には、内容を聞かせるわけにいかないし、中の様子を見せるわけにも行かない。
そのため、この部屋の盗聴対策は、帝城と同レベルに施されている。内部の音は決して外に漏れず、外部の音もまた中には届かないのだ。
そして時が来た。
十一人の組織の中核メンバーが、それぞれに用意された椅子に腰かけるのを確認したクーバー伯爵に仕える筆頭執事が仰々しくお辞儀をし、退室すると、部屋の扉が閉められる。
こうして、一年一度、この場所で開かれる毒蛇の牙の最高会議の幕が開いた。
長方形の大理石の机の上座に座るボスであるマックス・ガエインは、まず初めに、言葉も発せずに、幹部達に無言の圧力を掛ける。
それは、まさに王者の気迫。
普段は何百人もの部下を従え、王様気分でふんぞり返っている幹部達も、マックス・ガエインの気迫に晒され、自分達が、この男の手足に過ぎない事を改めて思い知る。
弛んだ部下を引き締め、反抗心を抱かせないようにするために、マックス・ガエインはいつもこれを行っている。これをされると列席する十人の幹部達は余計な考えを全て捨て去るのだ。
だが、今年は違う。
この場に居合わせた十人の幹部の中でただ一人、姉を奪われた憎悪を長年隠し持っていた男だけは、王者の気迫に心が折られる事なく、邪な考えを頭に巡らせる。
(よし、まず、第一段階クリアだ)
この会議の場で、ボス、マックス・ガエインの暗殺計画を企んでいた最高幹部の一人クロード・バリスタは、予定通りに事が運んでいる事に小さく安堵した。
クロードの計画は、以下の通り。
先ずは、例年通りに会議を行う。そして、ある程度の話し合いが終わると、食事の時間となる。その際、城で働くクーバー伯爵の使用人達が、いつも豪華な食事を持ってくるのだが、今回、食事の前に飲むワインには、クロードが買収した料理人の手によって、痺れ薬が盛られている。
痺れ薬を口にしたとしても、体格が良く、日々薬物を摂取することで、薬に強い耐性を持つマックス・ガエインにはすぐは効果が出ない、もしくは全く効果がないかもしれないが、それでも構わない。マックス・ガエインに寄生するひ弱な幹部達は指一本も動かせないのだから。
そして、痺れ薬を上手く回避した自分が、幹部が倒れたと演技して、急いで扉を開け会議室を出て、すぐ近くの部屋に、自分の従者として変装させ待機させたフライとシェスをこの部屋に突入させ、扉を閉め、この城を警備するクーバー伯爵の手勢を含め、外部に異変を察知させないようにする。
後は、身動きの取れない幹部達の目の前で、二人がマックス・ガエインを始末できれば、そこで作戦終了だ。
マックス・ガエインと言う強力な指導者を打ち果たした二人に何人の幹部が従うかは、正確には予測できないが、自分達の利益が守られるのであれば、誰がボスでも構わないと内心考えている幹部達は、我々の指示に従うだろう。
これが、クロードの立てた暗殺計画だ。
そのためにも、先ずは、食事が出されるまでに行われる会議を乗り越えなければならなかったのだが、一見簡単に見えるこの場面で、すでにクロードは窮地に立たされていた。
「クロード・バリスタ! 君は今回、我々が被った損害についてどう責任を取るつもりだ!!」
「我々の最も重要な縄張りである帝都で、勝手に麻薬を売り捌く商人を始末できないどころか、君の管理下にあった組織の最高戦力であるシェス・ガエイン様の謀反。そして、帝都第二支部の損失。あの夜に出た被害は、想像を絶するものであったと私は聞いているよ」
「やはり、君には最高幹部の座は重すぎたようだ。すぐに席を降りたまえ」
クロードを執拗に攻撃するのは、帝国の東西南北中央を監督する五人の幹部達。一地方を治める彼らは、組織内において大幹部と目され、それぞれが治める地域において絶大な地位を築いている言わば、影の侯爵であるが、そんな五人よりも格上の幹部が組織に存在する。
それが、クロードを始めとした組織そのものを支える五人の最高幹部達。
ボスを補佐する組織のナンバー2が就く筆頭補佐官。
麻薬の製造を担当する麻薬製造担当。
製造した麻薬を帝国政府に見つからずに帝国全土に輸送する輸送担当。
貴族の世界に顔が広い大物貴族であるクーバー伯爵が就いている交渉担当。
そして、クロードが現在就いている内外の情報を集める情報担当。
大幹部達にとって、地方で一国一城の主にふんぞり返っているのも、悪くはないが、男であれば上を目指したいと強い出世意欲を持っている。
またその一方で、大幹部は、組織そのものを統括する最高幹部の指示には逆らえないため、いつも頭越しに自分の領土に干渉してくる最高幹部を、自分達が就きたい地位であるのにも関わらず、大幹部の身である今は、余りよく思っていない。
それだけに、大幹部の五人は、若くして、自分達よりも、先に最高幹部になったクロードに嫉妬し、彼を最高幹部の座から引き摺り降し、自分こそが、クロードの後釜に相応しいと叫ぶ。
勿論、クロード本人もこうなる予想はしていたが、まさか、大幹部達が、これほど激しく攻撃してくるとは思っていなかった。
「すでに皆様には、文書にてご説明致していますが、今回の騒動による損害は、組織を揺るがすほどのものではございません。また、シェス・ガエイン様の謀反については、父君であるボスの元、特殊チームを作って捜索し、抹殺するご命令が出ております」
弁明するクロードの言葉に間違いはない。
あの夜の後、クロードは、他の最高幹部及びボスと会合を開き、あの事件について十分に議論した。
事件の発端であるシェス・ガエインの裏切りは、父親であるボスを含めて誰も予想できなかった。
彼女が、薬物無しで今も生活が送れるかは、判断に迷うものの、強大な力を持つ魔術師を恐怖と薬物でいつまでも抑えられるとボスや他の最高幹部達は安易に考えていなかった事もあり、彼女の管理者であったクロードに責任はないとの事になり、彼女のお陰で出た損失の責任も、シェスを捕らえるか、始末するまでは保留となった。
だが、大幹部達から見れば、それは、あくまで最高幹部とボスが事態の収拾を図るために、急遽を出した結論である。
いつもであれば、大幹部と言えど、その決定に異を挟むことはできないが、年に一度開かれるこの会議は、最高幹部等の組織の指導部が出した方針や決定を、地方を指揮する大幹部達を含めてもう一度話し合い、内容をよく吟味して、誤りを正すことも、目的の一つに入っている。
その組織のルールに沿って大幹部達は、クロードの責任を追及する。若い成り上がりのクロードを潰して、自分が後釜になるために。
「ですから!! この問題はすでに終わったことなのです!!」
「何を言う!? 問題があるからこうして議題に上げているのですぞ!!」
「あなた方の判断の誤りを正すために、我々は遠路遥々ここまで来ているのです!!」
「そうだ! そうだ! 少なからず責任を取るべきだ!」
クロードとしては、今の体制は今日限りで終わるため、責任を取れと言う言葉などどうでもいいのだが、暗殺計画を成功させるためにも、今この場で、職を解任され、部屋を追い出される事態だけは避けたかった。
クロードは、反論しながら、周囲を伺い、助け船を出してくれそうな他の最高幹部やボスに目をやる。
しかし、所詮は、利益のためにしか動かない犯罪者の集まり、リスクを背負ってでもクロードを擁護する者はいなかった。それどころか、若い自分が、この難局をどう乗り切るのか見物する伏しすら感じられた。
救いの手はないと判断したクロードは、この場を乗り切るために、切り札を切る。
「分かりました。では、私もそれなりの責任を取ることに致します」
クロードの言葉に五人の大幹部達の顔が輝くが、次の一言で、そのうちの一人の顔が濁った。
「ですがその前に、帝都を管轄する帝国中央を担当するユング様にも私と同様の処遇をお願い致します」
そう、今回の騒動の直接の原因こそは、クロードの部下であったシェス・ガエインの突然の裏切り行為であるが、最重要拠点であった高級旅館を失い多数の構成員を失った責任は、旅館を監督する帝国中央を担当するユングと言う禿げ頭の男性にも少なからずの責任は存在する。
上に立つ以上、被害者であったも上司として何かしらの責任を取らねばならない。
勿論、原因を作ったクロード本人よりは、背負う責任は遥かに少ないものの、ユングが、他の四人の大幹部よりは一歩遅れを取ることは確実。
普段から、お山の上の大将気取りで、無駄にプライドの高い大幹部の一人でもあるユングは、そうなる事を決して良しとせず、元々、その事を恐れていたユングは、まずは、余計な事を言われないように大幹部側に立っていたが、クロードがその話を持ち出した時点で、彼に対する攻撃を止めようと事前に決めていた。
「まあまあ、皆さん、この辺で一度、休憩しませんか?」
突然のユングの裏切り。だが、自分の責任逃れのために、大幹部側についていたユングの行動の真意に気が付いた四人の大幹部は、これ幸いと、最高幹部の座を狙うライバルを蹴落とすためにユングへの攻撃を開始する。
そこから先は、とても会議とは言えない、誰が悪い子だったかを決める子供の喧嘩。
あっという間に、無駄に時が流れ、室内に置かれた大時計の針を見て、今まで一度も言葉を発せなかったマックス・ガエインが口を開ける。
「時間だ。会議は一度止め、夕食にする」
ボスの一言で、我に返った者達は、口を閉じる。
そして、若年の者が外で待機する使用人に命令を下すと言うこの場のルールに従って、さも当然の態度で、クロードは扉を開け、ずっと会議が終わるのを扉の向こうで待っていた使用人達に食事を持って来させるように命令を下す。
この城の管理を任されているクーバー伯爵の使用人達は大変優秀で、一部の幹部達が、麻薬の吸引、トイレ休憩などを行っている僅かな間に、宮中の晩餐会にも劣らない、豪華な料理の数々が会議室の机の上を埋め尽くした。
その休憩時間の間に、密かに近くの別室に待機させたフライとシェスにそろそろ出番が来るとを告げたクロードは、誰にも悟られないように、会議室に戻る。
「どうぞ、ごゆっくり、お食事を堪能して下さい」
会議直前と同じように、料理の支度が済んだ事を確認したクーバー伯爵の筆頭執事の手によって、扉は再び閉じられる。
「では、まずは乾杯と行こうか」
それでは、第二部開始だと、マックス・ガエインが、すでにワインが注がれているグラスを手に持つと、彼と同じように、他の幹部達もグラスを手に取る。
そんな中、いよいよ時が来たと、クロードの心の中は小さく舞い踊る。
(落ち着け、焦るな、顔に出すなよ)
自分の持っているグラスの中には、すでに痺れ薬が投与させているので、自分は飲んだ振りをする。
そうなれば、勝利は目前だ。そう確信したクロードは、他の者達と同じように立ち上がりグラスを掲げる。
「では、我々、毒蛇の牙の繁栄を祈り……」
「「「乾杯!!」」」
部屋にいる十一人全員が、グラスの中身を口に入れる。そして、
ガチャン……
グラスが床に落ち割れた音が響くと、一人の人間が崩れ落ちた。
「がっ……い、いったい、なぜ?」
全身が痺れて、呂律が回らないが、それでも、何故こうなったと、男は顔を上げる。そこには、大切な姉の奪った憎き男の姿があった。
「どうしてこうなったか。分からない顔をしているな……クロードよ」
「き、きさま……」
体は動かないが、眼球はまだ動く、状況を理解できなかったクロードは、目の動きだけで、部屋中を見渡す。
そこには、何が起きているのか分からずに戸惑う大幹部達と、自分がこうなる事を予期し、見世物を楽しむような目で見る最高幹部達、いずれも痺れ薬の影響を受けていないように思われる者達の姿があった。
(何故だ? どうなったのだ?)
(マックス・ガエインに痺れ薬が効かなかったのは、想定内としても、ひ弱なはずの他の幹部連中にもどうして何も影響がない?!!)
状況が理解できずに混乱しているクロードの体を、マックス・ガエインは片手で持ち上げると彼が座っていた椅子に乱暴に座らせる。
「どうしたクロード? 何か思い通りに物事が運んでいない様子だな」
痺れ薬のせいで、みっともなくクロードの口から垂れる涎をわざわざ自分のポケットに入っていたハンカチで拭いてやるとマックス・ガエインは、そのハンカチをクロードが良く見えるように彼の視線の先に置く。
そして、その青い花柄のハンカチに見覚えがあったクロードは、言葉にならない声を出す。
「あああ、あああああああ……」
痺れ薬が全身に回ったのか、いよいよまともに、喋れなくなったクロード。だが、それでも、彼は声を、悲鳴を出せずにいられなかった。
そんな彼の奇行を心配する素振りを見せながら、愉悦感に浸りながら、マックス・ガエインは、クロードの耳元で囁く。
「覚えているか、クロード? これはお前が、大好きな姉に誕生日に上げたプレゼントだったよな?」
「うあああああ、ああああああああ!!!!」
薬を使っても味わえない快楽が絶頂に達したマックス・ガエインと最高幹部達は、大幹部達ですら怯えるほどの狂気に満ちた笑みを浮かべると、決定的な一言をクロードに告げる。
「お前の裏切りは、初めて見た時から分かっていた。初めて会った頃のお前は、俺様に強い敵意を向けていたからな。駄目だぜ?憎悪はちゃんと隠しておかないと」
マックス・ガエインの言葉に、最高幹部達は頷く。
「それにしても、最高だったぜ!! さっきの馬鹿達の責任の押し付け合いもそうだが、俺様に復讐をするために、俺様の組織のために身を削って働くお前の姿を見るのはよぉ!?」
買収した料理人は寝返ったか、消されたか、どちらにしても、クロードは痺れ薬による作戦は失敗に終わったと判断するしかなかった。
それどころか、今日、この日までの全てが奴の手のひらの上だった
その事実に、クロードの心は崩壊仕掛けたが、それでも、辛うじて保っていられたのは、すぐ近くに、マックス・ガエインを殺そうと企む必殺の暗殺者達が待機しているからだ。
当初の計画では、クロードの方から二人を呼びに行く予定だったが、ある程度時間が経っても、クロードが出てこないのであれば、異変が起きたと察して、あの二人がこの場に乗り込んで来るだろう。
クロードはその僅かな希望に全てを賭けた。
だがしかし、その希望を砕くかのように、再び耳元でマックス・ガエインは囁く。
「お前がいつか裏切る事は読めていた。だが、どうして、今日、裏切ると俺様が知ることができたか分かるか?」
マックス・ガエインの問いの答えが分からないクロード。
その様子にやれやれとマックス・ガエインがため息をつくと、彼の合図を受けた最高幹部の一人が、部屋の扉を開ける。
まだ眼球だけは動せたクロードは、扉の向こうに目をやり、そして、頭の活動が停止するほどの衝撃を受けた。
「密告者がいたんだ。今日お前が裏切ると、暗殺計画もお前が買収した料理人の名前も全部、俺様に教えてくれた奴がな!!」
今のクロードには、自分の敗因を喜々として語るマックス・ガエインなど、どうでも良かった。
扉の向こうには、マックス・ガエインの実の娘で反逆者扱いになっているはずのシェス・ガエインと、顔半分が火傷の痕に覆われたフライ・アズバーンの姿があり、火傷の痕が残る復讐者は申し訳なさそうに口を開いた。
「悪いなクロード。お前を裏切るつもりなかった。ただ…お前の計画、私も少し利用させてもらった」




