第十五話 乗っ取り計画
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毒蛇の牙の縄張りの中で敢えて、麻薬と似た効果を持つ呪いの薬、名付けて呪薬を販売し、縄張りを荒らされ激怒した毒蛇の牙を撃退することで、こちらの強さを毒蛇の牙側には分からせ、下手に相手するよりは取引させる方が得策だと思わせることが、復讐の第一段階だった。
その後は交渉次第だが、こちらは呪薬を提供し、毒蛇の牙からは、ロッキード子爵に関する情報を頂き、あわよくば、復讐の際に必要な人材を借り受けられれば、最良だと考えていただけに、今の状況は非常に不味い。
私は、仮面を外し一般人を装いながら、帝都内の大衆食堂で、昼食を取っている。朝食の時もそうだったが、昼になっても帝都の老舗旅館が、毒蛇の牙のアジトだったという衝撃の事件についての話題で帝都中が持ち切りだった。
活気溢れる食堂内で、一人寡黙に、周囲に興味なさそうな雰囲気を出しながらも、私を耳を澄ませて、隣のテーブルで会話をしている者達の会話を盗み聞きする。
「いやあ、それにしても、まさか、あの旅館が毒蛇の牙のアジトだったとはな」
「俺も、ガキの頃、両親と一緒に一度だけ泊まったことがあったけど、旅館としての質も高くて良い所だったんだよな」
「それは残念だな。それよりも、お前達知っているか? 昨晩、現場には、あのインペリアルナイツがいたんじゃないかって噂」
「おいおい、帝国最強の騎士だぞ。反乱軍が中々決起しない最大の理由が奴らがいるからだぞ。それに、インペリアルナイツは、普段は帝城や貴族区の警備をして、絶対に貴族区から出てこない。そんな奴らが、ご主人様が住む貴族区を離れて、平民がひしめく繁華街に出てくるわけがないだろう? てか腐れ貴族共が許さない」
「でも、事件当時の現場を目撃していた知り合いが、氷の魔術を使う人間を見たって言ったんだ。あれは絶対、インペリアル・ファイブのアイスバット卿だって…」
「そんなわけないだろう? てめえの知り合い、もしかして薬をやって夢でも見てたんじゃね?」
インペリアルナイツ。
確か、帝国最強の七人の戦闘集団のことで、全員が将軍のように軍を率いる器と一騎当千の魔術を使うと聞いている。
帝国がここまで腐敗し、反乱軍なんて集団が生まれているにも関わらず、その反乱軍が、未だに表立って大規模な行動に出れないのは、そのインペリアルナイツが、帝都から睨みをきかせているからで、虐げられている民衆からは、ゴミ貴族にへつらう頭のおかしい化け物集団と揶揄されているものの、その力は強大だ。
そんな奴らが、本来の任務である貴族や王族の護衛を放り投げて、下々の争いに関与するなど、ありえないと隣のテーブルで会話している連中のほとんどが、一笑に伏しているが、全くもってその通りだと思う。
昨晩の事件の首謀者に心当たりしかない私は、適当な事を抜かす他の客のすぐ傍で、一人悶々としていた。
現状は、非常に不味い。
恐らく、私からの信用を得るために、昨晩シェス・ガエインは仲間である毒蛇の牙のアジトを襲撃した。自分の仲間に牙を向いたその行為を知り、シェス・ガエインが本気で私の薬を求めていることは十分伝わった。
伝わったのだが、それは不味い。
彼女の襲撃によって、毒蛇の牙は重要な拠点を失い、多数の死者や逮捕者を出したのだ。
形はどうあれ、毒蛇の牙と取引をしたかった私からすれば、彼女の行った行為は、私の計画を完全にご破算にさせてしまいかねない。
襲撃時にシェス・ガエインが、毒蛇の牙に、私こと仮面の商人の信頼を得るために襲っているなんて、口を漏らしていたら、どう言いつくろっても、プライドの高い毒蛇の牙は絶対に私を許さなくなる。
仮に言っていなくても、今後もし、私がシェス・ガエインと同行しているところを見られたら、共犯者扱いにされかねない。
いや、それよりも、そもそも彼女は今どうしているのだろうか?
襲撃時の交戦に巻き込まれて、あの世に逝っていれば、嬉しいが、腐っても魔術師、多分まだ生きているに違いない。
次会ったら、昨晩何をしたかを聞いて、その後速やかに始末しよう。
悩んだ末に、そう決めた私は、夕暮れになると、いつものように仮面を被ると、繁華街の方へと出向き、薬を売り捌きつつ、シェス・ガエインからの接触を待った。
昨晩、彼女と戦闘になったあの公園に赴き、しばらく周辺を巡回していると、あっさりと、シェス・ガエインと再会を果たした。
「また会ったな」
「……ここら辺にいれば、すぐに会えると思った」
「一つだけ、聞かせてくれ、昨晩の襲撃犯は君?」
「……うん。これで、私には帰る場所がなくなった。これで、私は、あなた無しでは生きてはいけない」
出会った当初の人形のような表情は、完全にどこかに消えてしまったようだ。
今、目の前に立つシェス・ガエインの顔には、年相応の甘える少女のように、褒めてと書いてあるが、用意していた計画がおじゃんになった可能性があるので、私としては今すぐ殺したくなったが、少々気になることもあったので、思いとどまった。
「そこに隠れている奴、出てこい」
シェス・ガエインの後方に何者かが隠れ潜んでいるのは、すぐに分かった。尾行するにしても、余りにもレベルが低い、どうやら素人のようだ。
また、シェス・ガエインが、このような稚拙な尾行をする人間の存在に気が付かないはずないので、彼女とグルであることは明白だろう。
「流石は、シェスを破っただけの事はありますね。やっぱり気が付いていましたか」
暗闇から姿を現したのは、私よりも少し年上と思われる眼鏡を掛けた細身の男性であった。彼を私に紹介するつもりだったのか、シェス・ガエインは、男の背後に移動した。
「アンタは、何者だ?」
私の問いに対し、男は、執事を思わせるように、優雅に一礼すると、自分の素性を明かした。
「初めまして仮面の商人、私の名前は、クロード・バリスタ。毒蛇の牙の最高幹部の一人でございます」
最高幹部?!
まさか、毒蛇の牙の最高幹部が来るとは、喜びのあまり私は疑いもせずに、心の中で昨晩シェス・ガエインを見逃した自分を大いに褒めた。
こうなれば話は早い。私はロッキード子爵への復讐の足掛かりのために、すぐに取引の話に持ち込もうと口を開くが、声を出すのは、クロード・バリスタの方が早かった。
「今回の事態は、そこにいるシェスから大凡の事情は聞いております。あなたが、シェスに適合する薬を持っていたことも含めて。それと、毒蛇の牙のアジトを襲撃した際に、彼女は、あなたの事については一切語っておりません。シェスと私とあなたの三人以外、シェスの行動の動機を知る者はいません」
話が早い。そして、人の心を読むのに長けている。
嘘か本当かは分からないが、少なくとも、私の不安を払拭させるために、彼は最初にこちらが懸念していたことを解消してくれた。
「それなら話が早くて助かる。実は私は君達と取引がしたくて、麻薬の売買をしていたんだ。時間は掛かったが、こうして君のような大物が出てきてくれて、本当に助かるよ」
「ええ、こちらもあなたと取引をしたかったので、その申し出は嬉しいですよ」
どうやら向こうも、私に利用価値があると判断してくれたようだ。これで、復讐に一気に近づくと心が弾んだが、続けて発したクロード・バリスタの言葉に耳を疑った。
「私の依頼は、ただ一つ、毒蛇の牙のボスであるマックス・ガエインの暗殺。依頼の対価に、毒蛇の牙をあなたに差し上げます」
は?
ボスの抹殺? シェス・ガエインと言い、なぜ、どいつもこいつも、ボスの殺害を目指しているんだ?
「私の言葉に混乱しているようですね。それならば、何故、私がマックス・ガエインの暗殺を志したのか、その動機をお伝えしましょう」
そう言って、クロード・バリスタは勝手に、自分の過去について語り出した。
今から、六年前、私がまだ帝都の平民が通う学校に通っていた時の話です。
「姉さん! どうして、また教室に来るの?!」
「いいじゃない。クロード、姉が弟のところに来てはいけないの?」
「そうじゃない!! 姉さんの教室は、三階でしょう。昼休みだからって、毎日、毎日、弟の教室に来て、みんなに冷やかされる僕の身になってよ」
小さい時から、いつも一緒だった私の姉であるシャーナ・バリスタは、私よりも二つ年上だと言うのに、弟離れができていないようで、昼休みになると毎日、お弁当を持って私の教室にやって来ていました。
「お、クロードの姉ちゃん、また来てるぞ!」
「クロード君、綺麗なお姉さんに愛されていいね。羨しいな」
「もしかして、禁断の恋?」
同じ教室の同級生の冷やかしを聞き、姉は嬉しそうに愛想を良く返事を返していましたが、私の方は、いつも恥ずかしい思いをして、心が耐えられませんでした。
そんなと………
『ハイッ、ハイハイ、分かったから、その話、終了ぉーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!』
クロードが自分の過去に浸り、過去の出来事を語り出したのを見て、私は大声を上げて、彼の回想を強制的に終了させた。
突然、過去話を遮られてか、クロードは、理解に苦しむかのような目で私の方を睨む。
「何故です? 私が、過去に、どれだけあの男に酷い目に合わされたのか、きちんと理解して頂かないと、私の提案に乗ってくれないでしょう?!」
「うるさい!! こっちは他人の辛い過去話を散々聞いているんだよ!! もう悲劇はたくさんだ!!」
アズバーン領を失った自分の悲惨な過去、復讐者である里の門徒達がそれぞれ語っていた過去。
正直言って、これ以上他人の悲劇的な過去を聞きたくない。こっちの心がおかしくなる。
だが、クロードの方は、自分の過去を話さないと会話が進まないとしつこく言う。
「分かった。そんなに喋りたいならば、手短に言え。十秒くらいにまとめろ!」
「分かりました。……いつも優しくてみんなの人気者であった私の姉は、毒蛇の牙のボスであるマックス・ガエインに誘拐され、慰め者にされた後、解放されましたが、辱めを受けたショックで、すぐに自殺してしまいました。それ以来、私は奴に復讐をするために、敢えて組織に入って、奴に近づける地位まで行けるように、心を氷にして仕事に励み、ついに最高幹部まで出世しました」
「アンタと、その憎き男の娘であるシェス・ガエインとの関係は?」
「それなりに信頼を得た時に、ボスから彼女の面倒を見るように頼まれ、二人で行動した際に、実は彼女も自分の父親を殺そうと企んでいるのを知って、秘密裏に協力体制を組んでいました」
「なるほど、大変分かりやすいご説明ありがとう。君の過去は大体理解できた」
今の要約で大幅に時間を短縮できた。
もし、クロードが、ヒガンと出会っていたら、同じ門徒になっていたかもしれないと想像できるくらいに、彼も辛い過去を体験しているそうだ。
すると、不意に今まで、黙っていたシェス・ガエインが会話に乱入してきた。
「むぅーーう、私の時は信用できないと言っていたのに、クロードの言葉は素直に信じるんだ……」
明らかに不満そうな顔をして、シェス・ガエインは私に問い詰めるが、私は鼻で笑って返して上げた。
「そりゃそうだ。お前と違って、クロード・バリスタは、復讐者の目をしているからな。十分信用できる。ついでに、そのクロードが信用しているそうだから、お前の事も少しは信用して上げてもいいぞ」
「……じゃあ、薬くれるの?」
「クロードとの話次第だがな」
私の言葉がよほど嬉しかったのか、シェスは、両手を挙げて「やった!」嬉しそうに飛び回わる。その様子を眺めながら、クロードの方は私の方に顔を向ける。
「私が復讐者ですか……」
「ああ、君の憎悪はこの私が保証しよう」
回想に入った時から、氷のように冷たい眼差しをしていたクロードの瞳の奥に、激しい怒りの炎があるのを確認できた。
門徒達と同じ瞳だ。彼に、心を開くにはそれで十分であった。
なので、私も仮面を外して素顔を晒した。
「君の憎悪に敬意を表して、私も名乗ろう。私の名前はフライ・アズバーン。今はそれで勘弁してくれ」
エドガーとの一戦でできた顔の右半分を覆う程の火傷の痕を見て、クロードは少し戸惑うが、意外にも、シェスの方は、彼とは全く違った反応を示した。
「……顔に凄い火傷の痕、痛くないの?」
自分でも醜いと思っていた火傷の痕に嫌悪感を抱かないシェスの顔を見て、私はもう少しだけ彼女を信じてあげようと認識を改めるのであった。
その後、三人で、もう少し具体的な話をした。
「それで、何か計画は考えているのか?」
「その前に、今の状況をお伝えします。私の方は、アジトの襲撃時に辛くも脱出に成功し、現在は後始末をしていることになっていますので、私の裏切りは組織にはバレていません。ですが、派手に暴れたシェスの方は、アジトを憲兵隊にバラした罪で、見つけ次第拘束もしくは殺害せよとの命令が出ています。今日一日は私の隠れ家に匿っていましたが、私も暗殺前に、余計なリスクを背負いたくないので、早めに移動させようと考えています」
「……私もフライ様の薬が貰えるのであれば、どこへ行っても構わない」
シェスの言葉を聞き、クロードはしばらくの間、シェスを匿ってくれと言うので了承した。
「まず、初めに言っておきますが、魔術師ではありませんが、マックス・ガエインは裏社会の三分一を己の力で手に入れた強者です」
クロードの言葉にシェスも頷く。
「……薬のせいで縛られていたけど、それ抜きでも、一対一じゃ、私ではお父様には勝てない。フライ様、あなたと同じで、特別な力なんかなくても、お父様は普通に強い類の人間。他の組織の暗殺者も自分の手で返り討ちにしているし」
なるほど、マックス・ガエインには、シェスにはない、数多の戦闘経験と戦いの才能があるのだろう下手に魔術師と戦うよりもよっぽど厄介な相手のようだ。
「ですが、シェスを破ったと言うあなたと、シェスの二人掛かりであれば、勝てる可能性もあると思います。そのための舞台は私が用意致します」
「具体的には?」
「一か月後に、年に一度行われる毒蛇の牙の幹部会議が開かれます。その会議には、普段は居場所を転々としているボスや主要な幹部が一堂に会します。勿論、警備は厳重ですが、その場でマックス・ガエインさえ始末できれば、残りの連中は、あなたやシェスに従うでしょう。所詮はマックス・ガエインの強さで伸し上がった組織、幹部の大半はマックス・ガエインの強さに纏わりつく寄生虫です」
なるほど通りで、いくら下っ端を潰しても、強い奴が来ないわけだ。幹部のほとんどが頭脳担当で、シェスとボス以外に目ぼしい戦力がいないだから。
それだけに、強さがなければ生き残れない弱肉強食の世界に生きる犯罪組織は、手持ちの戦力を失えば、どれだけ金や権力があってもいずれ瓦解するとクロードは告げる。
「ボスを始末しても、復讐に燃えるような根性のある幹部はいません。もう一度言いますが、マックス・ガエインさえ殺せば、他の幹部は、自分の命惜しさに、おとなしく次のボスに従うでしょう」
クロードは、そのボスの座に私にくれると約束する。クロードは、自分にはトップに立てるだけの覚悟や器がないと辞退し、シェスの方は、ボスなんて言う面倒な仕事はしたくないと拒否した。
私も、一万人の部下のトップなんて仕事やりたくはなかったが、他の二人にやる気がない以上、自分がやるしかないと感じた。
それに、よく考えれば、これは大きなチャンスだ。
侯爵級の権力を持つと噂される毒蛇の牙のボスになれば、子爵位であるロッキード子爵を余裕で凌駕できる程の力を得る。
最高の復讐のためには、是非とも欲しい武器だ。
こうして、私達の毒蛇の牙乗っ取り計画は密かに始動した。だが、その前に、私は、魔術にばかり頼っているシェスを、少しは使い物になるようにするために、ヒガン流の修行をつけてあげようと考えたのであった。




