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第十四話 私が手にした呪いの正体

 帝国を救えたかもしれない希望を潰してまで手に入れた呪いの力を得て、隠れ里を旅立ったあの日、私は決意した。


 憎きロッキード子爵をただ殺すだけではダメだと。


 奴には、歴史に残るような凄惨な末路を与えねばと。


 そして、そのためであれば、これから先、復讐に必要な事であれば、一切の躊躇もなくどんな悪事にも手を染めると私は強い決意した。


 例え、それが新たな憎悪を生み出すとしても……





 里を出て、私がまず最初にした事は、蠱毒の儀式の果てに、己が掴んだ呪いの正体の把握だった。


 ヒガンが持つ呪いが、人体の石化だったように、呪術師によって呪いの能力は異なる。


 その作業に、再び一年の時を要し、村を一つ潰す事になったが、彼らの尊い犠牲のお陰で、私は自分が手に入れた呪いの能力を完全に把握することができた。




 呪いが掛かった自分の血液。それが、一年間もの苦楽を共にした門徒達を生贄に私の授かった力の正体である。


 もう少し具体的に言うと、見た目にこそ変わりはないが、私の血液は呪いの力によってか、他人が私の血を口から摂取した場合にのみ、その者に、麻薬を摂取した時と同じような症状を引き起こす。


 それだけ聞くと他の麻薬と大差ないように聞こえるが、この呪いの血は、使用者に麻薬と同じく、多幸感や陶酔感を与える一方で、中毒性があるのにも関わらず、あくまで血液なので、麻薬のように、ゆっくりと体を蝕んでいく副作用はないと言う、麻薬に携わる者が聞けば驚愕すべき効果がある。


 帝国に蔓延している麻薬は、使用者の脳を萎縮させる副作用があるらしいが、私の血液にはそう言った体の機能を低下させるようなデメリットは存在しないのだ。


 どんなに接収しても体には無害。なんて夢のような麻薬だろうか。



 まあ、一つだけ副作用と呼べるモノが一応あるにはあるが、それをこの場で言うのは野暮だろう。






 その副作用を除いて、惜しむべきことは、自分の体内の血管を流れているにも関わらず、何故か私には一切効果がないことと、憎悪する対象ほど効果が上昇する呪いの性質上、肝心の復讐相手の連中には使わせられないことだ。


 エドガーの憎しみを取りこんだことで、呪い自体の力が大幅に強化されたからだろうか。


 私が憎悪を抱かないそこら辺にいる名も知らない者に、血の一滴を与えただけで、できればまた飲みたいと思わせる程度の症状を引き超こし、同じ分量を十回も飲ませれば、私の血無しでは生きていけない体にできる。


 つまり、十滴分以上を一度に飲ませれば、個人差はあるが、大体一発で虜にさせることができるのだが、

ロッキード子爵と奴の二人の側近以外はどうでもよいと考えているのにも関わらず、この威力だ。


 呪いの性質を考えれば、あいつらが私の血を一滴でも飲めば、その瞬間に血を求める従順な奴隷に成り下がることは容易に想像つくが、それだけは回避したい。


 正気を失い、心ここにあらずの奴を甚振っても何も面白くない。


 奴らには、私が味わったように、大切なものを徐々に失う悲しみを与え、それを理解してもらわなければならないので、そのためにも、最後の瞬間まで、正気でいてもらわなければいけない。


 なので、本当に残念な事に、奴らのために得た力なのに、肝心の本人達には使用できないという致命傷に近い欠陥があるが、それを差し引いても、戦闘では役に立たないが有益な能力だと思う。


 量にもよるが、私の血を飲ませれば、ほぼ勝ちなのだから。




 その後、色々と実験して見た結果、血一滴分であれば、親指ほどのサイズの小瓶に入るくらいの分量までなら、水で薄めても問題がないことが判明したので、私は、帝都の市場でそのサイズのガラスの小瓶を大量に購入し、刃物で指に小さな切り傷をつけ、帝都内に用意した借り家でせっせと販売するための薬の製造に掛かった。


 当然、麻薬を扱う犯罪組織、毒蛇の牙の生産量には遠く及ばないものの、連中のように、帝国の目が届かない辺境の地に麻薬の原料になる植物農園や、収穫した植物を粉末にする工場、輸送中にバレないようにするため密売人や馬車などの荷台や保管するための倉庫。そして、それらを運営するための多くの人間も必要ないのだ。


 帝都の借り家で作り、少し離れた距離にある繁華街で販売する。材料費は小瓶のみで、それ以外は自分の血液と量を誤魔化すための水は、帝都内に点在する井戸から自由に汲める。


 多分、利益率で見ると、毒蛇の牙なんか、目じゃないくらい荒稼ぎしていると実感できる。僅かな間の活動で、帝都に家が建てられるほどお金が溜まっているのがその証拠だ。


 



 さて、そのような呪いの力で生み出された販売用の薬を、私は目の前で急に苦しみ出した、自分を殺しに来た少女に飲ませてみせた。


 この量であれば、まだ手遅れなほどの中毒症状を引き起こすことはないはずだ。


 なので、効かなかったたら、この場を離れる。


 効いたら、その時考える。


 それくらいの軽い気持ちで、与えてみたところ、血を飲み込んだ少女の容態は、ゆっくりだが、徐々に落ち着いてきて、凡そ五分くらいで正気を取り戻した。



 元に戻った事が信じられなかったのか、少女は自分の目をパチクリさせて、驚いた顔しながら、先程まで放っていた殺意を嘘のように消して尋ねてきた。


「……何故あなたが、私の心を落ち着かせる薬を持っているの? あれは、組織が作った特注品だから、他の人が持っているはずがないのに……」


 ? そう言えば、苦しみ出した瞬間に薬が切れたとか、言っていたが、あれはどういうことだ?


「いまいち理解が追い付かないな。薬とはどういうことだ?」


 先程まで殺し合い(私から見れば、全く殺される心配はなかったが)をしていた相手に自分の秘密を語るのはどうかと思うが、さっきまでとは打って変わって、まるで、命の恩人を見るような目で、少女は口を開いた。


「……私は他の人と違って魔術が使える。その気になれば、何でもできる。だから、お父様は私が逆らわないように、私が子供の時に、たくさん暴力を振るった。今でも、その時の事がすぐに頭に浮かんで、息が苦しくなる。そうならないように、お父様は、心が安定する薬をくれた。キャンディーみたいなその薬の効果が効いている間は、私は私でいられる……」


 喋り方のせいか、いまいち分からない部分もあったが、大体把握した。


 要するに、こいつの上司であるお父様?は、帝国に属していない貴重な魔術師であるこの少女に首輪をつけるために、薬漬けにして、裏切らないようにしていたわけだ。


 原因は分からないが、その薬の効果が予想よりも早く切れたために、少女の体に異変が起きたのだろう。



 それらの、仕組みを粗方理解した私は、本当に上手く行っているだなと少し感心した。


 

 薬漬けにされている少女はどうでもいい。そんなことよりも、私が感心したのは、自分達よりも、強者である魔術師を支配する手法だ。


 もしかしたら、いずれ帝国が抱える魔術師達と対決する可能性があるので、その場合に備えて、魔術師達を縛り上げる手段を把握しておきたかった。


 帝国が、魔術師を赤子の時から集め、どこかに集めているのは周知の事なので、幼少期から思想教育やら、恐怖心を植え付けて従わせているとある程度予測していたが、人間は猛獣ではない。


 本当にそんな事でエドガーみたいな圧倒的な強者に鎖を掛けられるか今まで半信半疑であったのだが、目の前にいる主の命令に従う猛獣を見て、仮設を立証することができた。


 どんなに強くても、幼少期から刷り込ませれば、例え、人間であっても従順なしもべにできると言う事実を知ることができただけで、この戦いは大きな収穫があったと心の中で感じたのだが、この直後、少女は、私でも、すぐに判断ができないほどの驚きの行動に出た。



 少女は、正座をして頭と両手を地面に付けて、顔を伏せたまま、言葉を紡ぐ。


「……お願いします。何でもします。あなたに永遠の忠誠を、いや、何なら奴隷になっても構わない。だから、先程飲ませてくれた薬を私に下さい」


 ほんの少しくらい前まで、全力で殺しに来ていた人物とは思えなかっただけに、私は驚愕した。


「何故? もしかして、任務に失敗して罰を受けるからか? それとも、薬の虜になったか?」


 少女の体では、想定以上に、薬の効果が強く出たのかと思ったが、少女は顔を横に振り、すぐに否定した。


「……違います。私はお父様が怖い。お父様が生きているのが耐えられない。だから、殺したい。でも、仮にお父様を殺しても、薬がなくなったら、私は私でいられなくなる。だから、ずっと、組織の中で、密かに何処で私を抑える薬を作っているかを探していた。結局、見つからなかったけど、もう必要ない。あなたがいれば、組織が消えても、私は私でいられる」


「お父様? さっきから聞くけど、それが君の上司か?」


 私を殺すほどの力はないが、帝国に属さない魔術師と言う貴重性から見ても、この少女には、かなりの価値がある。少なくとも、ここ最近襲撃してきた奴ら程度であれば、束になって掛かってきても、問題なく始末できるだろう。


 それだけに、この少女の上司は、一万人近くいると噂される毒蛇の牙の中でもかなりの上位にいる幹部と考えていたが、少女の言葉を聞き、仮面で顔を隠しながらも、私は目を丸くするほど驚いた。


「? お父様は、お父様。あ、そうだ、私の名前を言うのを忘れてた。私の名前は、シェス・ガエイン。毒蛇の牙のボスであるマックス・ガエインは、血の繋がった本当の父親」


「えっ?! それ本当?」


「……本当」


 一点の曇りもないその瞳を見て、私には少女、いや、シェス・ガエインが嘘をついているのようには見えなかった。


「そうか、そうなのか。うん、うん……」


 うん、うんと頷く、私を見てか、シェス・ガエインは期待するかのような顔で私を見るが、残念ながら、今の言葉を聞いて、私にはシェス・ガエインの期待には応えられなかった。


「悪いが、他を当たってくれ」


「な、なんで……」


 私の言葉にショックを受けながらも、懸命にシェス・ガエインは理由を尋ねてきたので、その必死さに免じて教えて上げた。


「信用できない。何故なら君は復讐者じゃないからだ」


「……復讐者?」


 帝国の裏社会を支配するあの悪名高きマックス・ガエインと目の前にいるシェス・ガエインが血縁関係だと言う情報はともかく、薬と引き換えに、自ら、一生の忠誠を誓う事や、実の父親を殺すと言う発言を聞いても、私の心は開かない。


 もう私は無条件に人の言うことを素直に真に受けるお人好しではないのだ。


 かつて、アズバーン領に来た時のロッキード子爵は、口では耳障りの良いことを言っていたが、その裏では賄賂を贈らなかった私に対し怒りを感じ、あれほどの仕打ちをした。


 己の復讐を断念していたヒガンは、私の復讐に協力すると言っていたが、実は本命の弟子であるエドガーの生贄のために、私に声を掛けたに過ぎなかった。


 このような散々な過去のせいで、私はもう他人の言葉を心の底からは、信じられないのだ。その言葉は嘘だと前提に行動している。



 唯一例外があるとすれば、それは私と同じく、かつての門徒達のような、本当の復讐者だけだ。


 相手が復讐者であれば、顔を見るだけで、私には分かる。復讐の矛先が自分にさえ向いていないのであれば、同じ復讐者のよしみで、取引云々抜きに、多少は心の窓を開けて協力してもいい。


 どうせ、復讐相手以外、興味がないのだから。



 以上の点から、同類である復讐者でない奴に心を許すほど私は愚か者ではない。ましてや、シェス・ガエインが求める物は、私の中でも最重要機密扱いの呪いの血だ。


 万が一、この情報が流出すれば、様々な勢力が、全力で私を捕らえに来る。そして、一番最悪の展開として、逃げられない手足を切断された挙句、死ぬまで、麻薬を生み出す道具にされかねない。


 なので、私の血=麻薬と言う情報は、仮に同じ復讐者でも、絶対に他人に明かせないと心に決めていた。


 更に言うならば、復讐者の顔もしていないのに、ただ怖いと言う理由で、血の繋がった人間を殺そうと企んでいる人間の言葉など、これっぽちも信じられず、その頭の中も理解できないので、シェス・ガエインの申し出は断るべきだと判断した。


「もう一回言う。私は君を信用できない。言葉ではどうとでも言えるからな」


 しかし、私が何度も拒否すると言っても、シェス・ガエインの方は、諦めきれないようで、しばらくは薬が欲しいと懇願するも、突然、何かを妙案でも閃いたかのように、嬉しそうに顔を上げた。


「……分かった。じゃあ、あなたに信用されるように、色々してくる」


 そう言い残し、シェス・ガエインはこの場を後にする。


 何を閃いたかは知らないが、彼女が何をしても私の心は変わらない。


 それよりも、このまま彼女を無事に帰らせる方が危険ではあったが、毒蛇の牙でも最高戦力と思われるシェス・ガエインが失敗したことを耳にすれば、いよいよ、ボスもしくは、組織の高位の幹部クラスが直々に乗り込んで来る可能性があると読み、そうなれば、子供のシェス・ガエインよりも、遥かに建設的な話し合いができると思われたので、私は彼女を見逃す事を選んだ。


 しかし、この時、彼女が思い付いた行動は、私の想像を遥かに超えていた。






 翌日、帝都中が大騒ぎになった。


 その原因は、昨晩、帝都でも有名な老舗旅館の一つが、何者かの襲撃の襲撃を受けていると言う、一般人のからの報告を聞き、事態の解決のために、急遽、駆けつけた帝国憲兵隊が旅館の内部に踏み込み、偶然、その旅館の地下で大量の麻薬を発見してしまい、その旅館が、憲兵隊さえ掴めなかった毒蛇の牙の重要拠点の一つだったことが判明し、その後の戦闘で、双方に多数の死者と逮捕者が出たものの、憲兵隊が旅館を完全に掌握したからだ。


 事件発生時にも、多くの一般人が普通に利用していた有名老舗旅館が、実は毒蛇の牙のアジトだったという、この大事件は、一晩の内に帝都中に知れ渡り、翌朝の帝都民の話題を一色に染め上げた。


 中には、氷の魔術師が現場で大暴れしたなどや、アジト内に高名な貴族がいた等と言う噂も立っており、憶測が憶測を呼ぶように、根拠のない噂話が帝都中を飛び交って、帝国政府が対応に追われているそうだ。


 そんな中、仮面を外し、行きつけの食堂で、朝食を取っていた私は、事件の発端を作ってしまった事を自覚し、シェス・ガエインを見逃した事を後悔しながら、これからどうなるんだと、一人頭を悩ませるのであった。



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