第十三話 呪術師VS魔術師
「はいよ」
「ありがとうございます」
いつものように、毒蛇の牙の下っ端達を追い払った私は、その後、薬を求める下級労働者達に薬を売る。
薬が手に入ったことがそれほど嬉しいのか、今しがた、薬を手にしたおじさんは、目に涙を浮かべて、感激し、何度も頭を下げお礼を言いながら、この場を後にした。
「毒蛇の牙に狙われるリスクを承知の上で、よく買いに来るな」
金が稼げるので、私としては文句はないのだが、売る方も買う方も制裁を下すと宣言している毒蛇の牙を敵に回しても良いと考えている労働者達には感服する。
「しかし、毒蛇の牙の連中、何故、偉い人を寄越さない? もう五十人近く倒したぞ?! これでも、まだ私は脅威と判断されないのか?」
今日も、夜に入りすぐに毒蛇の牙の下っ端達が襲撃してきたが、結局、最後は暴力で来るため、犯罪組織は、偉い奴ほど強いという考えを持つ私は、瞬殺できる雑魚では話し相手にならないと判断し、いつものように、軽く相手をする。
いずれ、毒蛇の牙とは取引もしくは仲間に入りたいので、そのために、心象を良くするためにも、できるだけ傷つかないように配慮して攻撃し、尚且つ、それなりに力がある所を見せつけているつもりだ。
今日までで、合計で五十人くらい追い払っただろう。なのに、いつまで経っても来るのは雑魚ばっかりで、それなりの地位にいると思われる強者の顔を未だに拝んでいない。
流石におかしいかなと、今日は、最初に会話を試みたが、速やかに殺すべく、激しい殺意をぶつけてきて襲い掛かってきたので、会話も成立しないまま、お引き取りして頂いた。
それにしても、どんどん殺す気で来ているような気がするが、気のせいであろうか?
いや、それはない。
門徒達や、ヒガン、そして朱天王が発していた殺意と比べると彼らの殺意は、そよ風のようなものであり、本気で殺しに来ているとは思えない。
それに、まさか、帝都最大の犯罪組織の尖兵が繰り出す殺気が、十五歳の少女であったロロアよりも劣るはずがないと思われるので、それはないだろう。
向こうは人数も多いし、きっとまだ威力偵察レベルだろうと私は結論付けた。
まあ、そんなこんなで、今日はもう来ないと思うから、金を稼ぐために、他に客はいないかなと路地裏を巡回していると、急に背後から何者かの気配を感じた。
「つけられているな……」
発見してすぐに、襲撃してきた今までの下っ端達とは、明らかに違う。
今、私の背後に隠れ潜んでいる奴は、気配を隠しながらも、少しずつこちらに近づいて来ている。かなりの手練れと見ていいだろう。
いよいよ、話が通じる大物が来たと、胸を膨らませながら、私は、路地裏からそっと離れて誰もいない公園へと移動する。
そして、改めて、周囲に誰もいないことを確認して、影に潜む者に語りかけた。
「ここなら、誰もいない。姿を見せてくれ」
公園を照らす、月灯りと微かな街灯の光が届かない闇の中から、その者は姿を見せ、その正体に私は驚く。
「……女の子?」
何故なら、暗がりでよく分からないが、姿を見せたのは、人形のような表情をした十代の中頃の歳をした一人の少女であったからだ。
少し冷える夜だと言うのに、少女は薄手のワンピースを身に着けており、カバンの類の物もないし、両手には何も持っていない。
普通に考えれば、治安の悪い夜の繁華街の近くを、一人で出歩いている少女を心配するが、先程まで、尾行していた人物であれば、そのような気遣いは無用だろう。私は、少女に素性を尋ねる。
「一応聞くけど、毒蛇の牙のメンバー?」
この少女が、ただ者ではないことは一目見てすぐに分かった。この少女自身、もしくはこの少女の上司が組織の幹部であることに間違いはない。なので、かなり期待して問い掛けてみたのだが、
「……そう、でも、さようなら、仮面の商人さん」
少女は小さく頷くと、同時にいつの間にか、手に持っていた青い槍のような物体を私に向けて発射してきた。
「うお?!」
何も持っていなかったはずの少女が、いきなり自身の背丈の倍以上はある青白く光る槍を投げつけてきたのだ。
突如、手ぶらだったはずの少女が、出会ってすぐに、武器を投げてきた事に、私は心の底から驚愕しつつも、それをギリギリのところで回避に成功する。
私の横を過ぎ去った槍は、公園の大木を易々と貫通し、暗闇に消えた。
「……避けた? ……問題ない、次は当てる」
今ので、決めるつもりだったのだろうか、少女の方も、少しだけ驚いた素振りを見せるも、すぐに再度の攻撃に移ろうとしていた。
「ま、まて!!」
「……待つ必要はない。上からあなたを消せと命令を受けた」
その姿を見て、私は大声を上げて、こちらには戦闘の意思はないと、伝えようとするも、職人のような真剣顔付きの少女は一切取り合わずに、再度青い槍を投擲して来る。
「人の話を聞け!」
私は、人の話を聞こうとしない少女に悪態をつきながらも、今度は余裕で躱す。初撃は驚いたが、こうやって来ると分かれば、いくらでも対策が取れる。
その後も、私は青い槍を連発してくる少女の攻撃を回避しつつ、一定の距離を保ちながら、彼女を中心に時計回りに移動する。
「……なんで? 当たらない」
攻撃が当たらないことに、少女は人形のような無表情のまま、頭に疑問符浮かべているが、私が少女の攻撃を無傷のまま躱し続けることができていることに、特に大した理由はない。
本当にわざわざ話すような事ではないので、その程度の事で対処できる少女に、さほどの脅威を覚えなかった私は、少女の脅威判定を大きく下方修正し、回避しながら、頭の中で、彼女の持つ力について考察する。
少女が今も連発してくる青い槍を、初撃で放ってきた瞬間、私の脳裏にある男が操った炎の記憶が蘇った。
ほとんど情報もない中か、あの時勝てたのは、運が良かったと誰よりも理解していた私は、蠱毒の儀式の後に、あの男が使っていた魔術について独自に調べ上げた。
全ての魔術師を帝国が非公開で管理しているため、残念ながら、著名な人物を除いて、現在、誰がどのような魔術を使えるかについては、ほとんど分からなかったが、それでも、過去に英雄となった魔術師の記録は、帝都の大図書館などで、自由に閲覧できる英雄譚等に書かれていたので、本を読んで、ある程度の魔術に関する知識を得ていた。
そこから推測するに、目の前の少女の扱う魔術の属性は氷。百年前に大暴れした北の魔女と同じ属性だろう。
悪名高い北の魔女は、一度に千の氷でできた剣やら槍を空中から地上に降らせて、当時の帝国軍に甚大な与えたそうだが、幸いなことに、目の前にいる少女は、連続して撃ってきてはいるが、一度に一本ずつしか放ってこないので、北の魔女ほどの力はないようだ。
詳しい事はまだ分からないが、凡人にはない才能を持つ魔術師の中にも才能と言うものがあるらしく、属性が同じでも、扱える力の量は各人で異なるらしい。
書物に残っているような英雄やら化け物扱いの魔術師や、それらにも引けを取らなかったエドガーと比べるのは少し酷くな気がするが、この少女は魔術師として見てもかなり弱い部類のようだ。
「くっ……本当になんで当たらないの?」
お人形のように見えた少女の顔も、二十発近く外れば、心に来るものがあるようで、顔に焦りの表情が浮かんでいた。
流石に少しかわいそうになってきたので、心を折って会話へ繋げるために、理由を教えてあげた。
「威力は中々だけど、君は攻撃する場所を常に目で追っている」
親切に教えてあげたつもりだが、少女は私の言葉の意味が分からないようだった。
「? ……何を当然なことを、目で見て狙いをつけないと当たらないでしょう?」
しかし、私も、少女の返す言葉の方が理解不能だった。
その後、お互いに、疑問の表情を浮かべたまま、戦闘をしていると私は、少女より先に疑問の答えに行きついた。
もしかして、目で見て、目標を定めて攻撃しているのって、一般的な事なのか?
師匠であるヒガン、里で日々技を競い合った門徒達、その全員が、試練の終盤では、視線と体の動きを分けて戦闘できるようになっていた。
相手に自分の動きを読まれないように、目に頼らずに、目以外の他の五感を使って敵の動きを予測したりしていたので、皆、右を見ながら左から来る攻撃を躱したり、反撃したりするのは朝飯前だった。
私は門徒になるまで、本格的な戦闘訓練など受けていなかったので、戦うことで金を稼いでいる軍人や、この少女のような闇社会で戦う人間であれば、みんな、それくらいは当たり前にできると勘違いしていたが、もしかしたら、違うかもしれない。
それに、よくよく考えて見れば、里を出て一年が経つが、まともに戦闘と呼べる経験をしたのは、これが初だ。
冷静になって考えて見ると、ここ最近の下っ端達の襲撃の練度の低さといい、真剣に、ヒガンの修行と世の中の戦闘訓練の違いを把握しておくべきかもしれない。
「……ありえない。あなた本当に人間? 動きも色々とおかしいし」
少女とは言え、魔術師からも化け物扱いだ。やはり、ヒガンがつけてくれた修行と言う名の戦闘訓練は色々とおかしかったかもしれない。
「まあな、一応人間だ。しかも、お嬢さんと違って魔術師でもない」
呪術師ではあるけど等と、わざわざ自分から情報を漏らす愚を私は犯さない。
だが、私の言葉に少女の方は初めて人間味のある年相応の驚愕の顔をし、これ以上は無駄だと判断したのか、攻撃の手を止める。
「……私では、あなたを倒せない。ここは一旦退却する」
そう言って、背を向けて退却しようとするが、大した事なかったが、何か情報を持っていそうな感じがする少女をみすみす逃すわけにはいかない。
遠距離戦であれば躱すだけで済むが、接近戦の場合は、回避も間に合わない位置にいきなり氷の武具を作られる可能性があるので、あまりしたくはなかったが、逃がすよりは、こちらから近づくべきだと覚悟を決めた矢先、少女に異変が起こった。
「う、おかしい、もう、くすりが切れた……」
私の目の前で、少女は、急に苦しそうな表情をし、それから息が荒くなり、立つことも困難なのか、地面に片膝をついた直後、初めは人形のような印象しか抱けなかった少女が私を誰かと勘違いしているのか、私の顔を見て怯え出した。
「ヤ、ヤダァ……ちゃん言うこと聞きます。だから、酷い事しないで」
最初は、正攻法では勝てない私を油断させるための演技かと考え、すぐに逃げられるギリギリの距離まで近づいて観察していたが、よく観察していると、どうやら演技ではないようだ。
「ヤダ、ヤダ、ヤダ、もうしません。もう逃げませんから、痛くしないで」
どうやら、本当にヤバそうだ。
少女は、息ができないほどに苦しんできるのにも関わらず、この場にいない誰かに恐怖しているみたいで、ヤダと拒絶の言葉を繰り返し、目もここにあらずだった。
いくら幼い少女とは言え、自分の命を取りに来た敵対者を助ける行為をヒガンが見たら、「甘い、馬鹿なの?」と罵倒しているだろうが、私は彼女から情報を聞きとるために、止む負えないと判断を下す。
そして、私は、労働者に売っているのと同じ会得した呪いの力で作成した薬を飲ませるために、苦しそうに悶える少女の口に、蓋を開けた瓶の先端部分を突っ込ませ、無理やり中身を飲ませた。




