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第十二話 動き出す者達

いつも応援ありがとうございます。


 復讐のために、私はロッキード子爵家と繋がりを持つ組織と接触する必要があった。


 いくつかの貴族や犯罪組織について調べ、自分の呪いの能力との相性も考えて、帝国内において麻薬を独占している毒蛇の牙に目をつけた私は、こうして彼らの方から接触してくるように、彼らの縄張りで薬の売買を始めた。


 その結果、数十人の客しか相手にしなかったが、半月足らずで、こちらの思惑通りに、縄張りを荒らされた毒蛇の牙の方から接触してきてくれた。 


 当初の計画であれば、この場で仲間に入れてもらえるように、取引をするつもりであったのだが、非常に残念な事に、毒蛇の牙の構成員と思われるこの三人は、こちらの話を一切聞かずに、「とりあえずおとなしくしとけや」と殴りかかってきたので、とっさの判断でつい、隠れ里でヒガンから習った護身術で対応してみたところ、意外な事に、あっさりと絡んできた三人を地に伏せることに成功した。



「……弱い……いや、いくら、何でも弱すぎないか? お前達、帝国最大の犯罪組織の一員だろう? こんなに弱くて大丈なのか? ちょっと心配になってきたぞ」



 こんなはずではなかった。


 ナイフをちらつかせていた構成員に対し、こちらは、殺気を隠し、攻撃一割、防御九割で時間稼ぎをして、会話への道筋をつけるはずだったのに、どうしてこうなった?



「つ、つえ……」


「こ、こんなに、強いなんて、き、聞いていないぞ」


「馬鹿な……」



 私の会得した呪いは、戦闘では一切役に立たない力だったし、私にはエドガーのような魔術のような特別な力もない。あるのは、一年間にも及ぶ過酷な修行で培った体術や剣術、気配の出し方や消し方みたいな暗殺術とかの、修行すれば誰でも身に着けられる類の力だ。


 まあ、流石に、簡単に負けるとは思ってはいなかったが、それでも、相手は帝国最大の犯罪組織の尖兵であり、帝国憲兵隊や他の犯罪組織と日々抗争を繰り広げている最前線の兵士でもある連中だ。


 そんな連中を相手に、殺意も戦闘の意志すら籠っていない時間稼ぎが目的の防衛重視の体術で圧倒できるとは想像だにしていなかった。


 里で最弱だった十五歳の少女ロロアですら、鳩尾などの急所に一発殴られたくらいでは倒れず、エドガーとかみたいに一部の強者は殴打では怯みもせずに、武器を使わないとまともな戦いにすらならない奴らもいた。


 まあ、エドガーみたいな連中は流石にそうはいないと思っていたが、それでも、日々抗争と言う名の実戦経験を積んでいる毒蛇の牙の下っ端構成員をロロアよりも強者と仮定し、ロロアを相手にした時と同じ要領で、まずは敵の動きを鈍らせるために、防御しながら、隙をついて、三人に人体の急所を強打してやったが、驚くことに、それだけで連中は力尽きてきまった。



 本当にあっけなく終わってしまった。


 これからどうしたものかと、私は目の前で倒れる三人をつぶさに観察する。


  

 体に彫られた入れ墨を見て、こいつらが、毒蛇の牙の構成員であることは間違いない。だとしたら、外見通りに、戦闘経験豊富な荒くれ者なはずなのだが、見てくれだけだったのか?




 ……それとも、もしかして私が強すぎるのか?




 いや、それはない。


 師匠であるヒガンには戦闘面では終ぞ一度も勝てなかった。最後の問答の時、彼女の心の弱い部分を知ったが、それでもまともにやり合って勝てる相手ではない。


 日々稽古をしていた他の門徒達と比べても、ヒガンや他の門徒からの評価は知らないが、門徒の中で、私の強さは良くて中の下くらいだったと自分では思っていた。


 そんな自分が、あの蠱毒の儀式の時に最後まで生き残れたのは、隙を見せた奴を背後から襲って、殺した後にすぐに離脱する戦法を取っていたからで、正面からまともに戦えるとはこれっぽちも考えていなかった。


 そもそも、復讐に駆られる前の私は、剣すらも握った事もない軟弱な青年だったんだ。


 そんな奴がたった一年の修行で、何年も抗争に明け暮れる犯罪組織の一員に勝てる訳がないはずだ。


 だから、あっさりと倒してしまった構成員達を見て、私はこう結論付けた。


「そうか! 君達、さては、つい最近入った新入りだな。それなら仕方がない。それなら、次はもう少し偉い人を連れてこい」


 争いとは無縁の辺境の地で長年過ごし、この一年間は山奥に引きこもっていた私は、悪いことをして金を稼いでいる犯罪組織のメンバーは、上に行けばいくほど、強いと考えていた。


 だからこそ、大して強くはない私に、あっさりやられるくらいじゃ、組織と取引できるほどの権力はないと判断した。


 なので、次はもっと強く、そして偉い奴が来るだろうと予想した私は、地に伏す三人を無視して、路地裏で縮こまって怯えていた客達に、軍資金稼ぎのために薬を売りつけに行った。










 帝国でもトップクラスの賑わいを見せる帝都の繁華街。その繁華街の一等地に建てられた高級旅館の地下室の一室にて。


「ま、また、失敗しただと……!!」


 地上部分は、毒蛇の牙の息の掛かっているとは言え、一般人も利用する高級旅館であるが、その地下は、麻薬を扱う毒蛇の牙のアジトに相応しく、大量の麻薬が納めれた倉庫や、質素な作りをした構成員の住居、

会議室など、様々な部屋が存在している。


 そして、その中で支部長室と名前が付けられた暗い一室で、一人の男が、部下からの報告を聞いて、拳を机に叩き付けた。


 男の名前はヨハンソン。上層部から繁華街を含む帝都の一地区を任せられている毒蛇の牙の中堅幹部であり、この地区の支部長でもある。


 百人の部下を従えるヨハンソンの仕事は、自分が担当している地区における麻薬の売買、繁華街で成り上がった商人などを対象にした新規顧客の開拓、憲兵隊や他の犯罪組織との小競り合いの際の指揮や後始末。そして、自分達の縄張りを荒らす同業者の排除だ。


 と言っても、毒蛇の牙が麻薬を独占した今、毒蛇の牙以外で、帝国内にて麻薬を製造したり、販売する愚かな同業者は久しく見なくなった。


 はずだった。


「ふざけるな!! お前達が失敗したせいで、この俺の評価も下がるんだぞ!!」


 ヨハンソンは、任務も果たせずに、おめおめ帰ってきた部下を叱責する。彼は上からの命令で自分が担当している地区に現れた麻薬を売買する謎の仮面の商人に制裁を科さなければならなかったのだが、その商人が異常なほど強く、この一か月で十回近く襲撃しているのにも関わらず、殺すことも、拉致することも、痛めつけることできなかった。


 また、彼の目の前に立つ任務に失敗した彼の部下達は、皆、骨折や打撲を負い、治療のために、全身に包帯を巻いているが、その姿もまたヨハンソンの怒りを爆発させている原因だ。


「大体、何故、どいつもこいつも、五体満足で生きて帰ってくる?! 敵対勢力と抗争になって敗北した場合、拷問をされるか、見せしめのために首を晒されるかのどちらかだろうが?!」


 ヨハンソンの言葉は正しい。


 社会に適応できない荒くれ者が多い犯罪組織の下っ端構成員は、他の三大犯罪組織の構成員や帝国憲兵隊と些細な事でしょっちゅう小競り合いをしており、喧嘩に敗北し逃走できなかった時は、相手が犯罪組織の場合は拷問され惨殺。帝国憲兵隊の場合でも刑務所行きか、最悪、首を刎ねられる。


 現に、一か月前にもヨハンソンは、酒場で因縁をつけてきた三大犯罪組織の一つ、蜘蛛の巣の下っ端の一人を手足を斬るなどの拷問をした上で、その首を蜘蛛の巣の下っ端に返却していた。


 それでも、大した騒ぎにならないのは、下っ端程度であれば、組織が動くことがないと言うことと、こうした事は日常茶飯事でだからだ。


 それが帝都の裏社会の日常。それだけに、命を狙って襲撃したのにも関わらず、骨折や打撲程度の怪我を負わされて見逃さられる今の状況は、ヨハンソンのプライドを大きく傷付けた。


 いや、ヨハンソン本人のプライドが傷付けられるくらいならば、まだマシだ。


 この一か月で十回以上襲撃を掛けたのに、たった一人のターゲットを未だに処理できていない。こうなってくると、幹部としてのヨハンソンの資質も疑われてくる。


 血筋で偉さが決まる貴族社会とは異なり、存在そのものが法に違反する犯罪組織は、敵対勢力に潰されないように、常に、「うちに手を出したらどうなるか分かっているんだろうな?」と周囲を力で脅しながらも頭を使って、上手く立ち回らなければ、生き残れないため、その構成員は上に行くほど、有能な人物でなければいけない。

 

 犯罪組織は、生まれた時から約束された高給取りの仕事に就き、その上で、仕事も碌にしないで、酒や女に溺れる腐敗した帝国貴族に、見習せたいくらいに完全実力主義社会なのだ。


 なので、当然のように、ヨハンソンを蹴落とそうする他の幹部からの攻撃や、無能はいらんと上から粛清させる可能性もあり、さらに、まずいことに、ヨハンソンの失態はすでに上層部や他の幹部の耳に届いている。


 もはや、悠長に捕らえて拷問するなど考えている場合ではない。独占体制を維持するためにも、仮面の商人を速やかに抹殺しなければならなかった。


 しかし、度重なる失敗のせいで、彼が、今のポストに留まっていられる時間はそう長くはなかった。



「でも、ヨハンソン支部長、あいつ強過ぎるんですよ!!」


「俺は何度も、憲兵隊や他の犯罪組織と戦っていますが、武器も一切使わずに……あんなに強い人見た事がないです!」



 そろそろ本当にヤバいと悟り初めていたヨハンソンは、情けなく弁明する部下の一人の胸倉を掴み、激怒する。


「馬鹿か、敵は一人だぞ! それに、魔術師でもないのに、武器無しで貴様ら十人を相手に手加減までして一方的に叩き潰せるはずがないだろうが?!!!」


 魔術師であれば、武器を持った下っ端十人くらい瞬殺できるが、報告を聞く限りでは、仮面の商人は、魔術師ではないし、そもそも、帝国が、全ての魔術師を誕生した時から確保しているため、いかに大勢力である毒蛇の牙や他の犯罪組織でも魔術師は一人も在籍していないとされているので、野良の魔術師がいるはずがない。


 それと、仮面の商人は、殺気や歴戦の戦士が放つような鋭い気迫もほとんど出していない。


 仮面を被っている事を除けば、どこにでもいる普通の人間にしか見せないらしい。


 にも関わらず、誰も仮面の商人に勝てなかった。


「ありえん、そんな奴がいるわけないだろうが?!! もし仮にいても、帝国に飼われているだろうよ!!」

 

 ヨハンソンは、部下に八つ当たりをしながら、自分の身に残された時間を考え頭を抱える。


(どうする、どうする。下手に戦力を小出しにしたせいで、もう戦闘員はほとんどいないぞ。返り討ちにあった者は命に別状はないが、それでもまともに戦闘が可能になるまでは一、二か月はかかる。それまで、私が今の地位に留まっていられる可能性は限りなくゼロだ)


 早くても、今週中には、この問題を解決しなければならない。だが、ターゲットを叩く戦力がもう手元に残っておらず、また、事務仕事からのし上がったヨハンソンの細腕ではターゲットである仮面の商人を抹殺にする事は不可能に近い。


 これはもう本当にヤバいと部下達の前で、ヨハンソンが途方に暮れていると、ふいに部屋の扉が開かれて、事前の予告も無しに、珍客が姿を現し、その人物を見てヨハンソンの顔は青ざめた。


「ク、クロード様、どうしてここに……」


 事前の知らせもなく、突如現れたのは、毒蛇の牙の最高幹部の一人にして、ボスの側近でもあるクロード・バリスタだ。


 クロードは、ヨハンソンよりも十歳以上も年下であるが、任務のためであれば、何だって斬り捨てるその冷徹さにボスが目をつけ、組織に入って僅か五年足らずで、辺境の隠れ農園で違法薬物の元となる植物を栽培している奴隷も含めて、総数一万人以上いる毒蛇の牙のトップ5くらいにまで昇り詰めた有能な青年だ。


 帝都の繁華街と言う重要拠点の一角を任せられているヨハンソンも将来が期待できる有能な人物だと認められ、順調に出世街道を進んでいる中堅幹部の一人だが、それでも、現在進行形で上を目指しているヨハンソンでは、すでに頂点の一つにいるクロードの足元にも及ばない。


「た、大変申し訳ないのですが、大至急、歓迎の準備を致します上、応接室でお待ち頂きたく思います…」


 つい先程まで、部下を怒鳴り散らしていたヨハンソンも出世のため、自分の身の安全のためにも、普段は雑に扱っている部下の前でも、頭を下げ腰を曲げなければいけなかった。


 彼らがいるこの場所は、表向けには、毒蛇の牙の隠れ拠点として繁華街に建てられた高級旅館であるため、ヨハンソンは、最高級の待遇で歓迎の支度をしろと、部下に大慌てで命じる。


 しかし、クロードはそれには及ばないと言い、部屋の外で待機させた者を室内に招き寄せる。


「クロード様、こ、この子は?……」


  クロードが連れてきていたのは、まだ十代中盤くらいの歳頃の幼さが残る少女だ。少し薄い水色の長い髪に、年相応よりは少し厚みのない胸をし、黒いワンピースを着て、一見すると、どこにでもいそうな普通の少女であるが、クロードが連れていると言うのに、組織の上層部のほとんどと面識があるヨハンソンですら、この少女の顔を見るのは初めてだった。



 室内に入った謎の少女は、顔立ちは良いが人形のように無表情な顔をしながらも、一言も発せずに、クロードの横を素通りし、ヨハンソンの前までやってきた。


「おい、小娘、ガッ……」


 貴族相手の売り込みとして、目の前の少女のような年齢の娘も組織の一員として働いているので、少女の容姿を見ても驚くことはなかったが、組織の一員ではあるとヨハンソン考えた。


 なので、目上の者として、最高幹部であるクロードさえ平然と無視して何も言わずに横を通り過ぎた少女に、一言言ってやろうと考えたが、急に激しい痛みを感じ自分の胸部を見る。


 彼は、一本の巨大な剣が自分の体を貫いているのを知るも、すでに急所を突かれ、大量の血が流れていたヨハンソンは、何も分からないまま、口から血を吐きすぐに力尽きた。


「「「ひいい!!……」」」


 ヨハンソンは何も知らないまま、死んでいったが、彼の部下達は今目の前で何が起きていたのかを、間の当たりにし、小さな悲鳴を上げながら体を震わせる。


 そんな声を無視し、少女は、力尽きたヨハンソンの様子を見て疑問符を浮かべる。


「…ん、死んだ?」


 少女は、ヨハンソンが息をしていないのを耳で確認すると、手に持っている少女の身の丈ほどの大きさの青い水晶のような大剣から力を抜く。


 すると、まるで魔法のように、青い大剣は水へと変わり、ヨハンソンが流した赤い血と混ざって、室内の床が赤く染め上がる。


 それら一連の様子を眺め、一仕事を終えた少女に、クロードは懐から包み紙に入ったキャンディーを差し出し労いの言葉を掛ける。


「無能な幹部の粛清、ご苦労」


 傍から見れば、歳の離れた兄が、頑張った妹にご褒美を送っているように見えなくもないが、人を殺し、おまけに物騒な事を言っている二人の様子を見て、室内にいるヨハンソンの部下達は微笑ましい気持ちにはなれなかった。


 そして、彼らの直属の上司を始末したクロードは、指揮系統が変わった事をヨハンソンの元部下に告げる。


「今日から、ここのナンバー2だったシドリー副支部長が新しい支部長だ。それと、君達が手を焼いている仮面の商人の相手はこの娘がする。君達は、ここで見た事を全て忘れて、通常の業務に専念したまえ。それと死体の首は見せしめのために、腐敗防止処理をして、しばらくは支部内の受付にでも飾っておけ」


 人を人とも思わない冷酷なクロードの命令に、ヨハンソンの部下達は、ハイと一言返事をしてすぐさま行動に移した。




 トップが粛清され、慌ただしく動く支部内で少女は、気軽な口調でクロードに尋ねる。


「……これで終わり?」


 いくら幼い少女とは言え、実力主義故、上下関係のはっきりしている毒蛇の牙で、最高幹部であるクロードに舐めた口調で尋ねれば、それなりの制裁が待っているが、この少女に限って見ればそれは決してない。


「まさか、こんな雑事に君を呼ばない。ヨハンソンは粛清したのは、あくまでついで、本命は別にある」


「……ふ~ん」


 最高幹部であるクロードの言葉に、素っ気なく答え、貰ったキャンディーを口に入れる少女の正体を知る者は毒蛇の牙でも、数人しかいない最高幹部に限られる。


 この少女の名前はシェス・ガエイン。


 毒蛇の牙のボスであるマックス・ガエインの一人娘にして、毒蛇の牙で唯一の氷を操る魔術師。毒蛇の牙が隠し持つ単騎における最高戦力で、帝国ですら正確には把握できていない数少ない魔術師の一人でもある。


「仮面の商人、これ以上、他の組織に舐められないようにするためにも、速やかに抹殺する必要がある。それが君の任務だ」


「……分かった。すぐに終わらせる」


 クロードからターゲットの被る仮面の絵を渡された少女は、煌びやかな旅館を正面玄関から出て、漆黒の夜の中に姿を消した。


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