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第十一話 復讐の序章

いつも応援ありがとうございます。


タイトルとあらすじを変更しました。

 千年続く大帝国。その心臓部であり、大陸西方における最大級の大都市であるブーゲリア帝国の帝都セントラルゼロ。


 その中で、不夜街とも言われ、深夜になっても、明かりが絶えずに多くの人で賑わう繁華街から少し離れた暗い路地裏に、酒に酔いながら一人の男が悪態をついていた。


「俺が何にしたって言うんだよ。あの糞野郎!」


 男の名前はボブ。


 仕事の少ない田舎から、仕事を求めて帝都にやってきた数多いる労働者の一人で、彼は帝都内にあるごく普通の雑貨店の店員であったが、日頃からよく、仕事でミスをしていたため、今日の夕方に店長直々に店を首にされた。


「明日からどうすればいいんだよ?!!」


 男は、口では悲壮感漂うセリフを誰もいない路地裏でぶちまけるが、実のところ、彼はそこまで追い詰められてはいない。


 仕事を首にされたとは言え、帝都は地方とは違い常に人手不足、仕事を選ばなければ、明日にもすぐに新しい仕事先が見つかるのだ。


 それに、前に働いていた店で稼いだ蓄えも十分にある。


 だから、ボブは酒を飲んで、今日までの事を全部忘れようと考え、いつも以上に、酒屋で酒をガバガバ飲んだ後、愚痴を溢しながら、ふらつきながらも、借り家に戻る最中であった。


 そんな、彼の目の前に、怪しげな黒いローブを着た仮面の男が立ち塞がった。


「あ~、何だ、てめえは?」


 酔っている状態とは言え、借り家に帰るために、ここまで一人で歩いて来るくらいには、思考が残っているボブは、行く手を遮る仮面の男を一目見て怪しいと判断できた。


「邪魔するんじゃね~よ。おれは、仕事を首なった不幸をこうして酒を飲んで忘れようとしているんだ~~」


 そう言いながらボブは、懐から、酒屋で購入した最後の一本を開けようとする。ところが、仮面の男は、ボブの行動を制止した。


「嫌な事を忘れたいのであれば、酒なんかよりも、もっといいものがあるぞ?」


 若い青年と思われる声を発した仮面の男は、懐から子指ほどの小さな一本の瓶を取り出した。瓶の中身は透明の液体。明るい所でよく観察して見れば、薄紅色に見えなくはないが、月灯りしかないこの場では、透明の液体にしか見えなかった。


「そりゃ、何だ?」


「幸せになれる薬さ」


 ボブの質問に男は薄ら笑いをしながら答え、液体の正体を知ったボブの心臓は飛び跳ねた。


「?! ま、まさか、それは麻薬か?」


「さあ、それはどうかな?」


 仮面の男ははぐらかすが、仮面の男の態度を見るに、何かしらの麻薬であることを知り、ボブの酔いは一気に冷める。


 千載一遇の機会を逃すほど、ボブは馬鹿ではなかったからだ。


「頼む、売ってくれ! いくらだ? いくらで売ってくれる?」


 麻薬にはいくつか種類があり、その全てが帝国の法で禁止されている。麻薬の原料となる植物の栽培から販売まで、何もかもが禁止されており、破った者には重い罰が下される。


 と帝国政府は掲げるが、そう上手くは行っていない。


 勿論、一部の良識のある貴族や帝国軍、憲兵隊は、麻薬を撲滅しようと努力はしているが、努力も空しく、少し前までは、上は貴族、下は奴隷まで、身分を問わず、麻薬は蔓延していた。


 さらに、麻薬と言うのは、帝都で働く労働者が嗜む、一種のステータスのような物であるという幻想が、地方に広がっており、帝都で働くのであれば、いつかは、麻薬をやってみたいと言うのが、ボブのような地方からやってくる労働者達の憧れでもあった。




 だが、それは少し前の話。帝国政府の対応は変わらないが、皮肉にも、帝国における麻薬の製造から売買に至る全てを、現在、帝国の裏社会の頂点の一つであるとされる、とある犯罪組織がほぼ独占したことで麻薬の売買にある変化が生まれた。


 麻薬を取り締まる憲兵隊の目が厳しくなった事もあるが、その犯罪組織が麻薬を独占し、金持ちに高値で売りつけるために、麻薬の価値を高めようと、奴隷や金のない下級労働者に麻薬を販売しなくなったため、近年では、ボブのような下級労働者は麻薬を手に入れることが、ほぼ不可能になっていたのだ。


 一年前に帝都にやってきたボブは、その事を知り、麻薬を買うのは無理だと諦めていただけに、目の前の仮面の男が取り出した小瓶は、眩い光を放つ黄金に見えた。


「頼む、売ってくれ。お願いだ!!」


 地面に頭をこすりつけて懇願するボブに対し、仮面の男は値段を提示する。


「ほ、本当に、それでいいのか?」


 仮面の男の要求する金額は決して安くはないが、思っていたよりは遥かに安かった。勿論、麻薬には依存性があるので、次回以降からは、一気に値段が跳ね上がるかもしれなかったが、憧れの麻薬を前に、ボブの思考はそこまでには至らなかった。


 代金と引き換えに、小瓶を受け取ると、早く楽しむために、ボブは軽快なステップをしながら、その場を離れて行った。


 そんな、ボブの後ろ姿を見ながら、仮面の男は、小さくほくそ笑んだ。











 








 帝都内にいくつも存在する貧民窟の一つにある、ごくありふれた四階建ての集合住宅の一室にて。


「フンッ、フンッ、フンッ、どうした? ハァ、ハァ……もう終わりか?」


 それほど、広くはないが、外部に音が漏れないような作りをした部屋。


 その部屋には、タンスとベッドが置かれ、ベッドの上には、少し息を切らしながらも、まだまだ余力を感じさせる裸の男がいた。


 年齢は、五十代くらいだろうか?


 全身傷だらけではあるが、筋肉隆々の鍛え上げられたその体を見て、彼を弱者と侮る者はいないだろう。むしろ、数々の戦いを勝ち抜いてきた強者であると彼を見た者は考えるに違いないし、事実その通りである。


 そんな屈強な体を持つ強面の男性は今、同じベッドいる少女を組み敷いていた。快楽を刺激する媚薬を使われた上に、初めてをこの男に奪われた少女は、息はあるが、絶望した顔をし虚ろな目をしている。


 この哀れな少女は、帝都でそれなり有名な花屋の看板娘であったが、綺麗で若い女が欲しいという男の命令に従った彼の部下達に拉致され、この部屋に連れて来られ、無残に花を散らすことになった。


 だが、少女の悲惨な現状を知っても、少女のために動く者はいない。


 目の前で無理やり連れ去られた彼女の両親ですら、もう娘の事は諦めていた。


 少女を目当てに来る常連客も、帝都の治安を守る憲兵隊も運がなかったと諦めるしかなかった。


 その理由は、裸身を晒す男の背中に刻まれた蛇の入れ墨。それはとある組織の一員である事を示す証だ。


 組織の名前は毒蛇の牙。


 賭場を独占する蜘蛛の巣。奴隷市場を独占する蠍の爪と並ぶ、帝国の裏社会を支配する三大犯罪組織の一つで、帝国内における麻薬に関する全てを独占している。


 長かった同じく麻薬を扱う他の組織との戦いに、ついに勝利した毒蛇の巣は、他の組織が持っていた帝国各地に散らばる違法薬物の元となる植物農園や麻薬を製造する工場、一部の貴族達とのパイプまで手にし、帝国内において、麻薬に関する全てを手に入れたと自負している。


 それら全てを成しえたのは、あるカリスマ的なリーダーシップを発揮した組織のボスの力があったからだ。


 そのボスの名前こそが、マックス・ガエイン。


 この場で少女を凌辱している男の正体だ。


 人気者ではあったが、貴族でもない一人の少女のために、帝国を裏から支配する影の王の一人と、彼が率いる巨大組織を相手にする馬鹿はいない。


 憲兵隊ですら、気軽に捕らえることができないほどの大物だ。


 絶対に立ち向かえない巨大な存在を前に、少女の両親は、今この瞬間、店を閉め、一緒に泣き寝入るしかなかった。




「ふ~少し、休憩したら、またやるか……」


 マックスもまた、快楽を刺激する薬を使っていたが、それでも溜まっているものを出しきれずにいた。残念ながら、少女の方はもう薬を使っても、最初の時ような、興奮状態にはならないかもしれないが、それでも、そこそこ少女の事を気にいっているマックスは、最後まで使うことを決め、少し休憩しようと、ベットの端に腰かけると、ドアがノックされる音が耳に届いた。


「誰だ?」


「私です」


「……クロードか、入れ」


 扉が開かれ、眼鏡を掛けた二十代くらいの若い男性が入ってきた。


 この若い男性の名前はクロード。マックスの側近だ。


 クロードは屈強な肉体を晒すマックスやベッドの上でカエルのように足を広げる少女の裸身を見ても、一切顔色を変えずに躊躇する事なく部屋に入って来る。


「いかがでしたか?」


「おう、こいつを連れてきたモンドに伝えておけ、この娘は中々楽しめた。次も期待すると」


「かしこまりました。それと、ご使用後はいかがいたしましょうか?」


「そうだな。日頃の労いも兼ねて、最近、よく働いている奴に適当にくれてやれ」


 マックスの指示にクロードは、了解しましたと一礼をする。その後、クロードは、最近の組織の運営状況を書き記した書類を手渡すと最後に、重要な事を伝えるためか、真剣な顔付きになる。


「最後に、ご報告いたします。最近、繁華街付近で麻薬を売り歩いている仮面を被った妙な男がいるそうです」


 報告を聞くと、マックスはその仮面の男とやらの愚かな行為に呆れながらも、冷たい口調で指示を下す。


「馬鹿な奴だな。まあ、いつものように拷問してから殺して、みせしめのために、死体は広場に捨てておけ……」


 

 帝国内で麻薬が欲しければ、毒蛇の牙と取引する他ない。



 これは、長年掛けて、毒蛇の牙がようやく作り出した絶対のルールだ。


 なので、どんなに小さな売買とは言え、麻薬を独占していると言うプライドを持つ毒蛇の牙のボスとして、見過ごすことはできなかった。


 面子云々を抜きにしても、これを野放しにすると、毒蛇の牙は甘くなったと、他の犯罪組織に誤解を与えかねないので、速やかに処理する必要もあるが。


「では、ご報告は以上です」


 伝える事を全て伝え終わったクロードは、最後にもう一度一礼すると退室をした。


 クロードとの会話で、十分に休んだと判断したマックスは、再び媚薬を飲み、その後、死人のような表情な少女にも無理やり媚薬を飲ませると、再び悦に浸った。



 二人の男女の喘ぎ声が響く室内の床に、先程、クロードが持ってきた書類が散らばっている。


 その中の一枚に、貴族との取引について書かれた紙があり、取引相手の一人として、ロッキード子爵と言うとある帝国貴族の名前が書かれていた。







「あれじゃねえ?」


「おっ! そうみたいだな」


「ラッキー! 中々出会えないって言うから覚悟していたけど、すぐに見つかったぜ」



 深夜、帝都の繁華街から少し離れた路地裏で、怪しげな仮面の男が、薬を求める男達に、薬を販売している現場を見つけた育ちの悪そうな若い三人の男達は、運がいいぜと叫んだ。


「ひい、毒蛇の牙だ!!」


 腕に、蛇の入れ墨をしている三人の男達を見ると、客であった男達の方は、顔を青ざめながら、逃げ出そうとするが、毒蛇の牙の下っ端として派遣された男達は、彼らの行く手を遮った。


「ププッ、ハイ、アウトです」


「麻薬を売買していいのは俺達のみ、それ以外の馬鹿な輩は、売る方も、買う方もどっちも取り締なければいけないの! そんで、こういった馬鹿な奴が二度と出ないように、見せしめのために拷問するって決まっているんだな~」


「俺らって、悪いことを取り締まる憲兵隊みたいだな、アハッハハハハハハ!!」


 チョロい仕事だったぜと、既に終わったつもりでいる下っ端達。帝国の裏社会を支配する毒蛇の牙に目をつけられ、もう終わりだと、絶望感を漂わせる客達。


 そんな両極端な空気の中、仮面を被った復讐者は、仮面の下で、誰にも聞こえないような小さな声を漏らす。


(……やっと、釣れたか)


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