第十話 さらば隠れ里
いつも応援ありがとうございます。
物語も折り返し地点まで来て、次回からいよいよ本格的な復讐が始まります。
最後までお付き合いくだされば幸いです。
大蛇の形をした炎が、私を食べようと、大きな口を開けて迫りつつあったが、この時の私は、今まで出自と力を隠していたエドガーに裏切られたと悟り、何もかも全てを諦め、目を瞑る道を選んだ。
現実から目を背き、せめて最後くらいは、失われた故郷の思いでの中で死にたかった。だが、故郷を思い浮かべたはずなのに、私の脳裏に真っ先に、浮かんだものは、私から全てを奪ったあの憎き男の姿であった。
「はっ!!」
その瞬間、私の意識は覚醒した。
激しい修行や試練の成果だ。失われたかつての大切な者達よりも、私の心は憎きロッキード子爵を選んだのだ。
そうだ! 例え裏切られたとしても、こんな所で死ぬわけにはいかない!!
私は地面に横たわる仲間の死体を持ち上げると、それを盾にして、炎の直撃から身を守った。
それでも、大蛇に全身を呑まれ、肌が激しい炎と高温に晒され、私は自分の体が、炎に焼かれていく感覚を味わった。
もう諦めて死んだ方が楽だと、修行を開始する前の自分では弱音を吐いていただろう。でも、今の私は、憎悪という無限のエネルギーで活動する復讐者だ。
奴に復讐を遂げるその日までは、どんな痛みを受けたとしても、誰を犠牲にしてでも、私は前に進まなければならなかった。
「うおおおおおおおーーーーー!!!!!」
炎の勢いが弱まった隙をついて私は一撃で決めると炎の外に飛び出した。
「グハッ!……、何故、僕は負けたんだ?……」
私の剣は、エドガーの急所を確実に貫く。
彼の命は長くない、それでも、優位に立っていたはずの自分が負けたことが信じられなかったのか、かすれ声を出しながら、エドガーは私の服を強く引っ張った。
はっきり言って、私が勝てたのは運が良かったからだと思う。
タイミング、時間。
ほん少し何かが違えば、エドガーの気を引きために、囮の役割をやることになったのは、私かもしれなかった。なので、私は黒炭となって、炎の中に倒れている三人に感謝の意を表した。
だがしかし、彼に裏切られたと感じていた私は、エドガーの最後の問いかけに誠意を持って、応える気が起きなかった。
「知らねよお、この裏切り者が!」
私の拒絶に対し、エドガーは一瞬だけ目を丸くすると、口元を歪めせた。
「た、たしかに、そうだ。復讐よりも、その先を考えていた僕は、もう君達と同じ復讐者ではなかったかもしれない」
そして、最後に。
「母上、兄さん達、アリア。ああ、みんなに会うのが少し怖いな……」
家族の名前だろうか、エドガーは、今まで一度も教えてくれなかった、彼の大切な者達の名前を呟くと、静かにあの世に旅立った。
そして、彼の死と同時に、里を焼いていた炎が跡形もなく消えた。まるで、魔法のように、あれだけの熱量が一瞬にして消え去る。
しかし、あの炎が幻影ではなかったことすぐに理解できた。
「みんな、燃えちまった……」
人も家屋も、エドガーの炎はその全てを等しく燃やし尽くし、見渡すと、炭化した黒い物体がそこら中に散らばっている。
さて、これからどうするか?
仲間を弔うか、それとも、ヒガンを探すか。今後の行動を考えようとした矢先、自分の中に何かが、入ってくるのを感じた。
「な、あ、頭が!!……」
言葉にすれば、頭が割れると思うほどの激しい頭痛であるが、そんな生易しいものではない。
怒り、悲しみ、憎しみ、苦しみ、恨み、絶望、無念、後悔、殺意。
あらゆる負の感情が、怨念となって、脳ではなく心に、まるで嵐によって増水した激しい川のように、流れこんできた。
無念の内に潰えたこの怨念達の正体に、私は心当たりは一つしかなかった。
最初は飲み込まれそうになったが、苦しくなるとすぐに浮かぶロッキード子爵を顔を思い出し、奮い立った私はそれらを拒絶することなく全て受け入れる。
二十三人の復讐者の怨嗟の叫び声を聞くごとに、彼らが持っていたものが自分の物となるのを実感した。
その中でも、エドガーの憎悪は、他の者達とは比較にならないほど、真っ黒なものであり、この激しい嵐のような憎悪を引き継げば、己を失うのではないかと恐怖心を抱いたが、今さら、後には退けない。
復讐のために利用できるものは全て利用すると決めたのだ。私は覚悟を決めて余す事なく全てを受け入れた。
そして、ついに彼らの全てを我が物にし、私は呪いの力を得て、本物の呪術師へと至った。
「ハァハァハァ……」
それにしても本当に、凄まじいほどの憎悪の嵐だった。執着すべきものがなければ、道しるべを失った私の魂は、暗い海の底に沈み、精神は崩壊していただろう。
そうならなかったのは、皮肉にもロッキード子爵のお陰だ。
彼には本当に感謝している。きちんとお礼をしなければならないなと思った時に、今度は、焼き払われた現場に、今まで姿をくらませていた導師・ヒガンが姿を現した。
「導師・ヒガン! 呪術を会得しました」
力を得るために仲間を手に掛けたため、心の底からは素直に喜べないが、それでも、復讐への道の第一歩を確実に踏み越えた私は喜びの声と共にヒガンに勝利の報告をした。
だが、彼女は今までに聞いたこともないような、氷のように冷たい口調で返事を返す。
「ええ、見ていたわ。おめでとう。これで今日からあなたも一人前の呪術師……導師の一人ね」
そう言って、彼女はパチパチと適当な感じで拍手を送る。そこには祝福の心は一切込められていない上、彼女自身もどう見ても明らかに機嫌が悪い。
念願の新たな呪術師が誕生したと言うのに、彼女の顔は険しいのだ。
その理由に、何となく察しがついていた私は思い切って、彼女にとある質問をぶつけた。
蠱毒の儀式の開始前の私は、彼女の事を絶対に追いつけない天高くにいる超越者と見ていた。
しかし何故だろうか、呪術を得たから、それとも彼女の化けの皮が剥がれてきたからだろうか、対等には程遠いが、比べることができるくらいには自分が強くなったと確信した私は、初めて彼女の内面に踏み込んだ。
「エドガーが勝つと思っていたのですか?」
その問いは的を得ていた。私のその一言を聞き、ヒガンは自分の感情を爆発させる。
「そうよ! その通りよ!! アンタも、そこら中に醜く焼け焦げた他の奴らも、みんな、彼が強くなるための生贄だったのよ!!! ぐすっ……それなのに、それなのに!! 生贄であるはずのアンタが勝ってどうするの!!!!」
そのまま、ヒガンは、エドガー自身が語らなかった彼の過去を喋り出した。
元帝国第三皇子の栄光から転落と、その後の自分との出会いの日を。
エドガーの過去を知り思うところは確かにあった。だけど、この時の私は、エドガーの過去よりも目の前にいる女の方が気になっていた。
呪術師となったことで、賢くなったとでも言うのだろうか、私は再び彼女の心を撃ち抜いた。
「もしかして、導師・ヒガン。……あなた、自分とエドガーを重ねていたんじゃないですか?」
喚き散らしていたヒガンは、その一言で、おとなしくなった。
私もヒガンもエドガーも、三人とも歳は近いだろう。なので、初めは恋愛感情でも抱いているのではと思ったが、試練の結果を認めないと叫ぶ彼女を見て、私は、この考えに至った。
「推測ですが、あなたも、エドガーと同じで、どこかの国の元王女で、彼と同じ道を辿って呪術師となった。だけど、その様子だとあなたは、呪術師になっても復讐を果たせなかった。なので、同じ道を進みつつあったエドガーに期待していた。それ故に、当の本人が呪術師になる前に、あっけなく死んだことだことを認められない。違いますか?」
私の渾身の問いに、ヒガンは、初めは表情を無にして口を閉じる。そして、しばらくすると気持ちの整理がついたのか、高笑いした。
「フフフ、ハハッハハハハ!!!! コロスッ!!」
ヒガンは懐から二本の短剣を取り出すと、私の方に向ける。対する私は、エドガーから受けたダメージがまだ残ってはいるが、死ぬわけにはいかないと剣を持つ手に力を込めた。
「何度か説明したと思うけど、呪術師が持つ呪いの力は、術者によって異なる。自分の能力も把握していない呪術師に負けるわけがないわ。地獄に行ってエドガーに詫びなさい!!」
まさか、殺し合いになるまで彼女が怒るとは思ってはいなかったが、こうなってしまっては、仕方がない。
私も覚悟を決める。だが、その時、今までに聞いたこともない男性の声が響いた。
「双方、剣を納めよ」
「誰だ?!」
いつの間にか、私とヒガンの間に、鮮血を思わせるような真っ赤な鎧を着た騎士がいた。いや、仮面をかぶっていて顔は分からないが、声からして男性と思われる、この男が纏う鎧は、この国の騎士が着る鎧とは大分外見が異なっているが、そんな事はどうでもよかった。
「もう一度聞く誰だ?」
ヒガンの方は、突然現れた男の言葉に従って、すでに剣を収めているが、私は、底知れぬ力を感じる得体の知れない男に対して警戒心を解かずに剣を向けた。
そんな、私の行動に対し、鎧の男は小さく呟く。
「ふむ」
次の瞬間、目に見えない剣によって、私は正面から斬られて鮮血が体から飛び出した。
「なっ?!」
だが、すぐに我に返ると、自分の体に切り傷一つないことに気が付き、震えながらも、口を開いた。
「ま、まさか、これがヒガンが以前言っていた、人に死を錯覚させるほどの殺気なのか……」
「左様。人の枠から外れた強者は、気配だけで、人を殺す」
「あんたは一体……」
よく見ると、奥の方でヒガンが怯えた目をしていた。今まで、日々の稽古で門徒達を軽くあしらっていたほどの強者であるはずのヒガンが、今は恐怖に怯える小娘に思えた。
はっきり言って私も今すぐにでも、男の前から逃げ出したいくらいだったが、どうせ、この男からは逃げれないと直感した私は、男に名前と正体を尋ね、男はそれに答えた。
「我が名は、朱天王。東方の全てを手に入れた覇王にして、己が建国した国を滅ぼした暴君、そして今は呪術師の最高位、大導師に就く者である」
大導師朱天王は、ヒガンが語らなかった、呪術師の歴史と秘密を語った。と言っても、それほど驚く内容ではなかったが。
要約すると、大陸東方の地は長らく、数多の国が誕生しては滅ぶ戦国の時代であった。その多くの血が流れる暗黒の時代に、呪術は生まれた。
「深い憎しみを抱く者達が、一か所に集まり、殺し合いをし、勝利したただ一人が、呪いという力を得る」
この一年間行った、一の儀式から始まり、蠱毒の儀式で終わる一連の儀式や修行は、かつての戦乱の時代に、偶発的に誕生していた呪術師を人工的に生み出すためのものだった。
しかし、大陸東方は、統一戦争を機に一つの国家となり、平和の世となった東方では、これ以上深い憎しみを持つ者はそう多くは現れないと悟った呪術師達は、新たな呪術師を誕生させるために、未だに、争いや腐敗が続く、大陸西方にやってきた。
ヒガンと朱天王は、そのような理由から、新天地を目指して、東方から流れてきた者達ということだ。
もっとも、呪術師達の頂点に君臨する大導師朱天王には、門徒に稽古をつける義務はないため、一緒に旅をしているヒガンに、修行の一切を任せ、自分は立ち入り禁止となっていた屋敷に滞在していたそうだが。
まあ、これ以外にも、まだ何かありそうではあるが、これで話は終わりだと言い、朱天王は、私に一本の剣を投げてきた。
「これは……」
この国で流通している剣とは大分形が異なる。昔、絵本で見た東方の剣である刀と思われる。鞘から刀身と取り出すと、鮮やかな赤色に輝く刃に目を奪われた。
「その刀は、鮮血刀と言う。導師となった呪術師の証のような物だ。受け取っておけ」
刀に魅入られた私は拒否することなく素直に受け取る。
「さあ行け、新たな導師・フライよ!! そして、己が復讐を果たせ!! だが、もし、復讐が遂げられないと悟った時は、ここにいる彼岸のように、新たな呪術師を育てよ!」
言われなくてもそうする。
私は彼らに背を向けて、里を出ようとした。
しかし、最後の最後で、今まで沈黙していたヒガンが立ち上がった。
「ま、待ちなさい。アンタ、自分が何をしたのか理解できている?」
「理解? 蠱毒の儀式に勝ち残り、これから、憎むべきロッキード子爵に復讐をしに行く、違うのか?」
この里で、学ぶもの得るべきものは全て得た。それに、これ以上、ここにいると仲間を失った悲しみを思い出す。
なので、私としては、一秒でも早く、この地を後にしたかったが、彼女は私の答えに対し、不満を爆発させた。
「あなた、本当に理解している?! エドガーが! エドガーが勝てば、沈みゆくこの帝国を救えたのよ!! 呪術師は、自分が憎悪する対象以外には、大きく呪いの力を発揮できない。そして、エドガーは、皇帝と帝国の腐敗貴族と帝国そのものを腐敗させる元凶そのものを憎んでいた!! 彼は帝国にある悪の全てを呪い殺せたの!! ロッキード子爵なんていうたった一人の小物貴族を憎んでいるアンタなんかよりも、生まれ持っていた魔術も含めて、彼はアンタよりも多くの悪を倒せていたのっ!!……」
ヒガンは駄々を捏ねる子供のように、試練の結果にケチをつける。
だが、試練はもう終わった。そして、贄となって消えた挑戦者であるエドガー達はもう二度と蘇らない。つまり、もうヒガンがいくら文句を言っても、何も変わらない。カトリーナと同様に、全ては失われた過去になったのだ。
結局のところ、何故、ヒガンが異常なまでにエドガーに、こだわっていたのかについては、最後まで分からなかったので、ヒガンの気持ちはいまいち理解できないが、思い通りに事が運ばずに、無様に喚き散らす彼女が叫んだ、ある一言はとても興味深かった。
「アンタは、腐敗して沈みゆくこの帝国に残されたエドガーという最後の希望を潰した! その事を死ぬまで忘れるな!! そして、後悔しろっ!! 自分が勝ったせいで、この国の罪のない民達がいつまでも苦しむことを!!!」
「ククッ!!」
「な、何よ、何がおかしいのよ?」
突然、笑い出した私に、ヒガンが一歩後ずさりをするのを、私は見逃さなかった。
「いや何、今とてもおもしろい事を言ったんで、つい笑ってしまった」
そうか、確かに今の言葉には一理ある。
皇子であり、魔術師であり、腐敗した帝国の要人全てを呪うことができたエドガーならば、復讐の果てに滅びゆく帝国を立て直し、今も苦しむに喘ぐ民達の救えたかもしれない。
なるほど、それなら、あの時エドガーの怨念だけが、他の門徒達とは比べものにならないほど強かったのにも説明がつく。少なくとも、私を含め他の門徒達では、悪人を一人や十人、呪い殺して終わりだった。絶対に、帝国そのものを救うことはできなかっただろうからな。
だが、そのエドガーという最後の希望を潰したのは、他ならぬこの私だ。
私はそのことが嬉しくてたまらなかった。
「ああ、そうだ! 君の言う通りだ!! 私は、エドガーを殺し、帝国の最後の希望を絶望へと変えた。最高だ!! 帝国の全てを救えたほどの希望だぞ!! その希望を絶望に変えて生まれた、この呪いの全てをロッキード子爵ただ一人にぶつけられる!! これで、あの男は、この帝国そのものに呪われたに等しい!!!! ハッハハハハーーーーー!!!!!」
呪いの力を得た瞬間、私は、他の門徒達とは一線を画すほどのエドガーの憎悪と無念を手に入れた。そこに他の門徒の憎悪を加えて生まれた自分の呪術が、尋常ではないほどの力を持っていると確信できていた。
しかし、私の憎悪は、憎きロッキード子爵のみに向けられている。そのため、呪術の性質上、呪いの効果を最も発揮できるのはロッキード子爵ただ一人だろう。
帝国を蝕む腐敗貴族全てに効果を与えることができたかもしれないエドガーと比べるまでもないが、
それで十分だ。
帝国も、そこに住む民も、奴隷となって今も苦しんでいると思われる、かつての領民達も、もはや、どうでも良かった。
ロッキード子爵にさえ、復讐できれば他に何もいらないのだ!!
こうして、勝利を確信した私は笑いながら、一年間過ごした里を去った。
そして、復讐劇は、次のステージに移る。




