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魔王さま、村娘に癒やされない

 オレが村長宅へ戻ると、アビスは村長に魔術の基礎を教えているところだった。

 村長は額に汗をにじませながらも、全身に魔力を行き渡らせる練習をしている。

 庭のベンチにはアマレットが足をプラプラさせながら座っていて、その様子を面白そうに眺めていた。


「ただいま。昨日の続きか? 精が出るな」


 何気なしに声をかけた瞬間、集中力を切らした村長の魔力が、行き場を失って霧散してしまった。

 オレはしまったと思い、すぐ謝ろうとしたが、それに冷ややかなアビスの声が被せられた。


「スマ……」


「まったく何を考えてらっしゃるんですか。魔術の初学者にとって魔力操作が一番気をつかうところだとご存知でしょう?」


「スマン、邪魔したな」


「ええ、その通りです。本当に邪魔ですので、もう一度魔獣駆除へ向かわれてはいかがですか」


「いや、あの……」


「なんですか? ソラヤさんが戻られるまでは村長の訓練を続けますので、魔獣駆除に戻られる気がないのなら、どこか邪魔にならないところにでも座ったらどうですか。そんなところに突っ立っていられると目障りです。私たちの視界から消えてください」


 うぉい! トゲトゲしいな! そんなに言うほどかよ!


 だが、口に出すと二倍になって返ってきそうなので、そんな反論も心のなかにとどめておく。

 オレはおとなしくアマレットの座っているベンチへと退散した。


 アマレットは笑顔で出迎えてくれる。

 普段ならその笑顔にトラブルの種を見出して身構えてしまいそうなものだが、アビスの苛烈な精神攻撃に凹んでいたオレは癒やされていた。


「魔王さま、お疲れ様でした」

「ああ、けどアビスとのやり取りが一番つらかったよ」


「あはは、魔王さま面白いですね!」

 バカみたいに笑うアマレット。


 前言撤回だ。

 決してコイツの笑顔に癒やされることなどありえない。

 先ほどのオレの感情は幻想だったのだ……

 だいたい面白いってなんだよ。

 何も面白いことなんてなかっただろうが!


 だがオレはそれにも口には出さず、心のなかにとどめる。

 どうせコイツに言っても無駄に思えるのだ。


 こういうのはなんて言うんだったか。

 『暖簾に腕押し』、『馬の耳に念仏』、『アマレットに説明』。


 オレがぼんやりしながら生産性のないコトワザを生み出していると、村長は再び魔術の訓練をはじめた。


「村長は魔力の使い方を知らなかったのに、もうこのステップに入ってるんだな」


 オレのひとりごとにアマレットが反応した。


「おじいちゃんのおぼえが早いっていうことですか?」


「この訓練は初心者用なのは間違いないんだが、この訓練以前の段階の話だよ。人族の大半がそうだと思うが、普通に暮らしていたら、自分の中の魔素や魔力を感じ取ることなんて芸当はできないだろう?」


「はい、全然わかりません!」

 と、アマレットは元気よく言った。


「うん、最初は体内の魔力を感じとる訓練から始めるんだが、それに時間がかかることが多いんだ。オレも苦労した覚えがあるよ。オレの場合は6才ごろだったと思うけど、1ヶ月くらいはその訓練をやっていたな。だけど、これは早い奴は本当に早いんだよ。村長も早いタイプだったのかもしれない」


「そうなんですか。あ、でもおじいちゃんは冒険者時代、人族の魔術師の方と遺跡に潜った時に少しだけ手ほどきを受けたって言ってました。それも関係ありますか?」


「ああ、そういえば村長がそんなことを言っていたな。そうだな、魔族も人族も魔術の最初のステップは同じだし。前にも手ほどきを受けたことがあるなら、初心者とはスタート地点が違うわけだ」


 村長の方を見ると、彼は苦戦しながらも全身に魔力を行き渡らせていた。

 まばらでムラのあった魔力もやがて均一になり……


「よろしい、二日目でクリアですか。見事です」


 普段、他人を褒めないアビスに称賛の声を上げさせた村長に、オレは感心しつつも嫉妬していた。

 強化無しでガーゴイルとやりあったことのある村長のことだ。

 この調子なら近い将来イシロ村の立派な戦力として数えられることになるだろう。


 村長と比べてオレは、最近スランプ気味で漠然とした不安があったところだ。

 アビスとの訓練だけでなく、他にも何かやれることがあるはず。

 村長の頑張る姿を見て、もっと強くなりたいと思うのだった。


「いや、なかなか難しいですな! アビス殿、指導していただき感謝いたしますぞ」


 村長は笑顔でアビスに礼を言った。するとアビスは、


「いえいえ、村長は筋が良いので、教え甲斐がありますね」


 アビス! なんでそこでオレの方を見るんだ!


「私に教えることができるのは、強化とごく簡単な魔術のみです。以前、剣を使われていた村長には合っていると思いますが、武器を持ったことすらない村の方には合わないでしょうね。強化は結構な魔力を消費していきますから、防御陣や防御付加の魔術を覚えたほうが、効率もいい上に応用が効くでしょうし」


 とアビスがオレに言った。


「そうだな、そういうのは魔王であるオレが得意とするところだから、やはりオレが教えるべきだろうな」


「ええ、本格的な魔術については私は門外漢ですから」


 そんな会話をしていると、息を切らしたソラヤが戻ってきた。

 彼の表情は明るい。

 イシロ村での初仕事はうまくいったようだ。


「ただ今戻りました」

「ご苦労。茶でも飲んで一服してくれ」


 ソラヤがイスに腰掛けたところへ、アマレットがすかさずコップを渡してお茶を注ぐ。


「あ、ありがとうございます。アマレットさん」

「えへへ、どういたしまして」


 二人がはにかみ合っているのを見て、オレはなんとなくムッとしてしまう。


 が、すぐに考え直す。

 この程度のことでモヤモヤするなんて変じゃないか。

 オレは自分の感情の機微に困惑しながらも、ソラヤへ話しかけた。


「お前の様子から見るに、外周のイノシシ狩りはうまくいったようだな」


「はい、問題なく。お預かりした魔石は全てイノシシで埋めることができました」


「ん? もしかして魔石の数が足りなかったか?」


「いいえ、何かの霊感が働いたかのように丁度でした。流石、ジン様です」


 と、幾分か尊敬の念が込められた言葉をもらう。

 普通ならこんなことで持ち上げられても馬鹿にされている気分にしかならないはずなのだが、ソラヤに言われると気分がよくなってしまう。

 それは多分、ソラヤの真面目な性格からくるものだろう。


「たまたまだよ。狙ったわけでもないしな。まあ、たまにはそんなこともあるということか」


「魔王さまのほうはいかがだったのです?」


 とアビスが細い目をオレへと向けて言った。


「ああ、ノルマは十分に超えたよ。テンペストのおかげで楽をさせてもらった。ソラヤ、明日はテンペストと一緒にまわるといい。で、実は気になるものを見つけた」


 すると全員の視線がオレへと集中する。

 その中でも一際関心が強そうな村長に向かって言った。


「恵みの木のもう少し奥……丁度森の真ん中あたりだと思うが、妙な外観の小屋があった。村長、何か知らないか?」


「妙な小屋ですか。うーむ、私には分かりませんな。具体的にはどのような小屋なのですかな?」


「えーと、小屋の造り自体はまっとうなものだと思うが、外側をペンキで塗ってあるんだ。派手というかカラフルというか……ああっ、口で説明しづらい! 一度見てもらったらわかるよ。とにかく異様な小屋だ」


「う~ん、申し訳ありません。やはり思い当たることはありませんな。アマレット、お前はどうじゃ?」


 村長に聞かれてアマレットは首を傾げた。


「私も分かりません」


「中はどうだったのです?」

 アビスが尋ねた。


「普通の部屋だった。ベッドにテーブルにイス、あと棚があってそこに空の魔石が並べてあったから、住んでいたのは魔術師だとは思う。けど床にホコリが溜まっていたのでかなり前に引き払ったんだろうな」


「えっ? 魔術師さんですか!?」


 隣のアマレットが驚いた声を上げたので、オレはビクリとして顔を向けた。


「なんだ? 気付いたことでもあったか?」


「ええと、関係あるかは分からないんですけど、エンリおばあちゃんが聞かせてくれたお話を思い出しました! エンリおばあちゃんは小さい頃、森で迷ったことがあって、その時に魔女に会って助けてもらったらしいんです」


 魔女というのは人族から見た魔術師の女性の呼称である。

 だがエンリの小さい頃となると70年以上前である。

 あの小屋はそこまで古くなさそうだったし小屋の住人とは別人だと思うが……。


「アビス、どう思う」


「先ずはエンリさんにお話を聞いてみましょう。小屋の持ち主も引き払っていて、大した手がかりもなかったのでしょう?」




 それから、オレたちが連れ立ってエンリを訪ねると、彼女は快く迎え入れてくれた。

 オレは彼女に、森に魔術師が住んでいた痕跡があったことを話した。


 エンリが子供の頃に会ったという魔女について尋ねてみると、エンリは遠い目で天井を見つめる。

 そして微笑んでオレとアマレットを見ると、優しい口調で話し始めるのだった。

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