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第六話 連携の真価

 闘技場アリーナの頭上から、慈悲(じひ)もなく降り注ぐ無数の不可視の斬撃、風の針、エアリアル・ニードル。


 楓は、マギアス形態へと変形したルピナス・ツヴァイを限界まで躍動させ、大気を切り裂く風の(やいば)を紙一重の機動で受け流し続けていた。


 しかし回避しきれない鋭利な風の波が装甲を無残に削り、メタリックブルーに彩られた左腕には生々しい傷跡が次々と刻まれていく。


「ちっ、チクチクと当ててくるじゃない! あいつマジでムカつくわぁ!」


 楓は、機体を襲う激しい衝撃に耐えるため、操縦桿(そうじゅうかん)を力一杯に握りしめ、溢れ出しそうな闘志を瞳に宿してモニターを睨みつける。


「姉さん、熱くならないでください! 相手はエルフ族でも屈指の魔導技術を持つチーム。風の制御能力が文字通り桁外れです。このまま地上で足を止めていては標的にされるだけだ。空中に陣取る相手にどうやって接近するつもりですか?」


 葵は冷静に問いかけるが、その声の端々には現状の圧倒的不利に対する隠しきれない焦燥(しょうそう)が僅かに滲んでいる。


 ルピナス・ツヴァイには現状、単独での飛行能力等備わっていない。


 この閉ざされたドームの中で空を舞う翼に届き得る唯一の希望。


 それはニーラー形態での加速力と、その時が止まったかのような僅かな合間に、爆発的なプラナを注ぎ込むことで生み出される跳躍(ちょうやく)のみだ。


 葵が逆転への微かな勝算を導き出そうとした、心臓が一度跳ねるよりも短い、ほんの僅かな隙。


「葵、空中にいるから手が出ないなんて誰が決めたのさ! 叩き落としちまえばいいんだよ!」


「姉さん、またそんな無茶苦茶な理論を……」


 葵は、呆れたように大きな溜息を漏らしたが、その指先は既に、姉の挑もうとしている機動を支えるためのプログラムを組み上げ始めていた。


「あたしの勘は外れないって、いつも言ってるでしょ! 行くよ葵, しっかり掴まってなさい!」


 乾いた唇をペロリとひと()めした楓は、ルピナス・ツヴァイを滑らかにニーラー形態へと変形させた。


 同時にバトルアリーナの端、天を突くようにそびえ立つ絶壁の壁面に向かってフル加速を開始する。


 葵は、機体の重心を細かく調整し、壁面に激突する直前のタイミングで、端末機のボタンを叩いた。


 楓は、力強く前輪を跳ね上げるウイリィーを敢行する。


 十メートルの鋼鉄の質量が、重力に逆らって垂直に跳ねる。


 さらに楓は壁を力強く蹴り上げることで、ルピナス・ツヴァイを弾丸のように上空へと跳躍させた。


 それを見上げていたシエルは、翠眼(すいがん)の瞳を驚愕(きょうがく)に見開き、信じられないものを見たように絶叫する。


「なっ!? 地上を傷つけるだけの欠陥機が、なぜ空を飛ぶ私に並ぼうとするのだ!」


 ルピナス・ツヴァイは、ドーム状の壁面を縦横無尽に蹴り、予測不能な軌道を描いて蒼穹(そうきゅう)へと舞い上がる。


 その最高到達点で機体は、空中で鮮やかにマギアス形態へと変形を遂げた。


 両腕に装着された高振動ブレードを楓が引き抜くと、空間が震えるほどの駆動音が響き渡る。


「もらったぁぁぁっ! くらえぇぇえっ! 紅蓮一閃(ぐれんいっせん)、クリムゾン・スラッシュ!!」


 シエルは、慌てて風の防御壁を張るが、空中での急激な変形機動に対し、その反応は決定的に遅れる。


「姉さん、左側! 敵機の緊急回避に伴う気流の追撃が来ます!」


 葵の鋭い警告に、楓は直感のみで機体を(ひね)り、シエルの放った死の突風を紙一重の差で回避すると、そのまま敵機の懐へと迫る。


 右腕のプラナ魔導炉に、全身のエネルギーを濁流のように叩き込んだ。


「今度こそ、くらえぇぇえッ! 紅蓮一閃(ぐれんいっせん)、クリムゾン・スラッシュ!!」


「きゃああっ!?」


 シエルが悲鳴を上げたが、必殺の熱を帯びたブレードは、エアリアル・ストライカーの強固な装甲に弾き返される。


 さすがはエルフ国の威信を懸けた公式リーグ機! その防御壁は前回の敵とは、一線を画していた。


 楓は、着地への姿勢を制御しながら、背後の葵へと声を飛ばす。


「葵! 装甲が硬すぎるよ!? どうすればいい」


「焦らないでください、姉さん。(かく)コアは背中だ。今、互いの熱気が伝わるほどの近さで捉えたあの感覚を忘れずに、もう一度!」


 ルピナス・ツヴァイはアリーナの床へと激しく着地し、地響きと共に石畳を砕きながら、楓は衝撃を推進力に変え、即座にニーラー形態となって再び疾走を開始する。


 シエルは、空中で体勢を立て直したが、その美しい顔は屈辱と怒りに歪む。


「くっ、汚らわしい。地上を這いずるだけの欠陥機に、ここまでコケにされるとは! 教えてあげよう、エアリアル・ストライカーの真の恐怖をな!」


 シエルは復讐心に燃え、今までとは比較にならない膨大な魔力を解放し、アリーナ全体の空気を吸い込むみ、絶望的なまでの巨大な嵐の塊を生成する。


「我が最大奥義、その身に刻むがいい! くらえぇ! 大嵐圧殺(だいらんあっさつ)、テンペスト・プレスだァァァァアッ!」


 放たれた巨大な真空の嵐は、逃げ場を完全に塞ぐほどの質量を持って、一直線にルピナス・ツヴァイへと迫り来る。


「あれは避けられません! 姉さんマギアス形態で防御! 右腕の熱を防御に回してください!」


 楓は機体をマギアス形態へと戻し、右腕から激しいバックファイヤーを放出して衝撃を相殺しようと試みる。


 同時に葵は反対側のプラナ魔導炉へと全てのプラナを注ぎ込み、最高強度の防御壁を瞬時に展開した。


「たえろおぉぉっ! 氷結絶対壁ひょうけつぜったいへき、フロスト・ウォール!」


 凄まじい嵐の塊が絶対零度の壁と激突し、爆鳴と共にルピナス・ツヴァイの機体は、後方へと無残に吹き飛ばされ、床には(えぐ)り取られたような深い傷跡が刻まれた。


 葵の氷の壁と楓の炎が衝撃を分散させ、致命的な大破だけは免れていたが、それでも代償は大きく、機体の両腕の装甲は無残にも見る影もなく破壊されている。


「姉さん……無事ですか!?」


「だっ、大丈夫よ! この程度、まだやれるッ、やらせなさいよ!」


 楓は、苦痛に顔をしかめながらも歯を食いしばり、空中で勝ち誇る敵機へ向けて鋭い視線を向ける。


 葵は、即座に控え室のピピへ無線を繋いだ。


「ピピさん、データを確認させてください。相手の核コア、今の衝撃で露出しましたか?」


「ええ、間違いありません、アオイ。背中のブースター接合部、防壁が薄くなっているわ!」


 ピピの確信に満ちた返答を受け、葵の脳内で最後の一撃のための計算が完了した。


「なら、狙うべきはそこ一点だけです。姉さん、次の攻撃で全てを決めます。僕の指示が出るまで絶対に動かないでください」


 シエルは最大奥義を放った直後の全能感に酔いしれ、同時に魔力を再充填するために空中で静止した。


 その瞬きをする間すら惜しいほどの僅かな隙を、葵は見逃さなかった。


「今です! 変形、全力ジャンプ! 核コアの一点へ集中!!」


 葵の鋭い号令と同時に、楓はニーラー形態へと変形し、怒りの感情をプラナ魔導炉へ注ぎ込み、弾け飛ぶような勢いで再び空へと舞い上がった。


 シエルは、再充填中という人生最大の無防備な隙を突かれ、翠眼の瞳を驚愕に染める。


「なッ、なに!? バ、バカな! 最大奥義をくらったはずだ。なぜ動けるんだ!! 待て、やめろおぉぉっ!!」


 ルピナス・ツヴァイは空中でマギアス形態へと回帰し、滑空しながら右腕の熱を込めた一撃を、シエルの背後にある無防備な核コアへと深く重く突き立てる。


「くらえぇぇえっ! 火炎一撃(かえんいちげき)、ファイヤーブロオォォオッ!!」


 カキン! という硬質な破壊音が響き渡り、エメラルドの光を放っていた核コアが、木端微塵に砕け散った。


 すべての制御を失ったエアリアル・ストライカーは、シエルの無様な悲鳴と共に、闘技場アリーナの中央へと落下していく。


「エルフ国の最大奥義を披露する前に……お前らぁぁあッ! メチャクチャしやがるなぁぁあッ!」


 シエルの悔しげな叫びをかき消すように、会場を埋め尽くす観客たちは、双子の放った実戦的連携プレイに総立ちとなった。


「勝負ありだあー! 勝者、シュヴァルツ・アインツ!!」


 審判の絶叫と、大歓声が、バトルアリーナを包み込んだ。


 だが今の楓には、その熱狂さえも、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。


 楓は、ボロボロになったコクピットの中で、肺にある全ての空気を吐き出し、深い安堵(あんど)のため息を漏らした。


 限界までプラナを搾り出し、鉄の塊を無理やり跳ね上げ続けた体は、鉛のように重く感じている。


 折れんばかりに握りしめていた操縦桿から、震える手をゆっくりと離し、感覚のなくなった指先を膝の上で丸めると、ようやく激しい鼓動の音と、無理をさせた機体が放つ焦げたような油の匂いが鼻を突いた。


「やった。やったんだよね? 葵」


「ええ、姉さん。僕たちの勝ちです。まったく……無茶苦茶な操縦でしたけどね」


 葵の声もまた、いつもの冷静さを保とうとしながらも、激しい疲労と、それ以上の高揚感を隠しきれずに震えていた。


 二人はしばらくの間、外の喧騒(けんそう)を遮断した狭く暗いコクピットの中で、自分たちの荒い呼吸音だけを共有する。


 生きている……この異世界で、自分たちの力で。


 その確かな手応えが、楓の震える指先に、ゆっくりと熱を取り戻していく。


「次はもっとスマートに勝ってみせるわよ。アハハ、でも腕がガクガクだわぁ~」


 自嘲気味に笑う楓の瞳には、勝利の光だけでなく、過酷な世界を生き抜く覚悟が静かに、だが深く刻まれた。


◆ ◆ ◆


 ようやく重い足でタラップをおり、控え室に戻ると、エルシェラが誇らしげな微笑みを湛えて、双子を出迎えた。


「やりましたね、お二人とも。公式リーグへの本登録、そして技術を頂く権利、すべて獲得です」


 彼女の指のリングは、勝利の重みに応えるようにまばゆい光を放っている。


「ふん。私の事前情報通り、核コアの配置が勝敗を分けましたわね」


 ピピが満足げな笑みを浮かべる一方で、ガオが心配そうに駆け寄ってきた。


「相手もなかなかやるじゃないかぁ。両腕の装甲が酷いことになってるじゃんかー! あたいがすぐ直してやるからなっ!」


 葵は、ボロボロになった愛機の修復プランを練りながら、エルシェラが提示した獲得リストを冷静に見つめる。


「さて、何を奪うべきか? エルフ国の最新技術、有効活用させてもらいましょう」


 今回は、エルシェラが監督として、明確な指示を出した。


「まず風属性の魔導炉核技術、そして予備の特殊軽量装甲材を頂きましょう。これでルピナス・ツヴァイの完璧な修理と、さらなる機動力の強化が可能になりますわ」


 傷だらけになりながらも、確かな手応えと共に掴み取った、公式戦初勝利。


 シュヴァルツ・アインツの進撃は今、この一戦を機に世界中へと轟き始めた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


シュヴァルツ・アインツの公式リーグへの挑戦が始まりました。

強敵を前に、葵の計算と楓の熱さがどうぶつかっていくのか。

二人の絆と成長を、これからも全力で描いていきます。


続きが気になる方は、ぜひ「ブックマーク」や「評価」での応援をいただけると嬉しいです!

次回もお楽しみに!


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