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第七話 勝利の余波

 公式リーグの予選における、震えるような鮮烈な勝利は、シュヴァルツ・アインツの名を瞬く間に観衆の記憶へと深く刻み込んだ。


 それは双子に小さな名声と、何よりも代えがたい元の世界への帰還という、細い希望の糸をもたらしている。


 バトルアリーナの喧騒を離れ、薄暗いランプの光が滲むガレージに戻った一行は、心地よい疲労感に包まれていた。


 だが、ガオの威勢の良い音頭の下、すぐさまルピナス・ツヴァイの本格的な修理と調整に取り掛かる。


 十メートルを超える巨躯(きょく)を晒し、戦傷で至る所が焼け爛れた鋼鉄の機体からは、今なお激戦の熱気が陽炎(かげろう)のように立ち上っていた。


 漏れ出したオイルの焦げた匂いが、ガレージに漂っている。


 ガオは、敗北したウィンドファルコンから接収(せっしゅう)した風属性の魔導炉(まどうろ)を無造作に解体しながら、内部に脈打つ未知の技術を凝視した。


 興奮気味に鼻の下を指で力強くこすり、ガオが声を張り上げた。


「へっ、これが風の力かぁ……面白い技術だわ。エルフの連中もただ着飾ってるだけじゃないってことね。こいつを応用して空力制御系に組み込めば、ルピナス・ツヴァイにも、短い時間なら重力を振り切るほどの、飛行能力を持たせられるかもしれないわよ、アオイ! あたいが最高にキレるヤツに仕上げてやるぜ!」


 魔導回路の深部へと、外科手術のような手際で、解析の手を進めていくガオ。


 その傍らで、葵はピピと共に、膨大な量の技術情報の整理と、数式の最適化作業に没頭している。


 モニターの青白い光に照らされた葵の横顔は、戦闘中とはまた異なる、冷徹なまでの集中力に支配されていた。


「この魔導回路の組み方は、驚くほど非効率的だ! 魔力の出力特性が不規則すぎて、エネルギーの3割近くが熱として逃げている。僕たちの世界の電子制御理論を基幹(きかん)コードに組み込めば、もっと劇的に……それこそ異次元のレベルで最適化ができるはずです」


 葵が端末に映し出された複雑な波形を指差すと、ピピが顔を少し上げた。


 モニターの光が反射し、眼鏡を鋭く光らせて、彼女は深く感銘を受けたように頷いた。


「あなたの言う通りね。その視点は、この世界のエンジニアには存在し得ないものだわ。アストラル・クロノスの技術者たちは魔力という万能すぎるエネルギー源に頼りすぎているけれど、あなたのような純粋なデータと効率を徹底的に重視する冷徹な視点は、私にとって……そう、とても新鮮で、まぶしいわ」


 葵とピピの共同作業は、傍から見ていても驚くほど滑らかで、まるで長年連れ添ったパートナーのような調和(ちょうわ)を感じさせている。


 元々クールで口数の少ない二人だが、真摯な姿勢は共通しており、会話の中にさえ互いを認め合う、静かな熱がそこにはあった。


 葵とピピの間に流れる、言葉にするにはあまりに繊細な、友達以上、恋人未満のような不可思議な空気。


 それを見逃すはずもない楓は、頬を緩め、にやぁ~っとした意地の悪い笑みを浮かべて二人を冷やかした。


「すごいねぇ葵。ピピさんと息ぴったりじゃん! なんだかあたしたちが入る隙もないくらい熱い空気が出てるよ?」


 葵は端末から目を離さず、そっけなく答える。


「姉さん、今は作業中です。そんな下らない変な勘繰りはやめてください。効率が落ちます」


 しかし、透き通るような耳の付け根が、瞬く間に林檎のように赤く染まっていくのを、楓の鋭い観察眼は見逃さなかった。


 ピピもまた、不意にキーを叩く手を止め、視線を泳がせるようにして、少し照れたような素振りを見せた。


◆ ◆ ◆


 夜も更け、激しい作業の音が止まり、かりそめの穏やかさに満ちていたガレージに、エルシェラが姿を現した。


 静かに口を開いた彼女の言葉は、心臓を掴むような重い響きを湛えている。


「お二人ともお聞きなさい。昨日のバトルのあと、一つ……いえ、極めて厄介な問題が発生してしまいましたわ」


「もんだい? 何さッ、エルシェラ様。負けたあいつらが、今度は大勢でガレージを襲ってくるとでも言うの?」


 楓は、指の骨をバキバキと、威嚇(いかく)する獣のように鳴らして首を傾げた。


 エルシェラは、深い憂いを帯びた瞳で視線を落とし、重苦しく言葉を紡ぐ。


「シエルが、あなた方の特異な戦い方に尋常ならざる興味を持たれたそうです。それ以上に危険なのは、あなた方の素性(すじょう)についても、エルフ国の上層部が本格的な詮索(せんさく)を始められたことですわ」


 その言葉に、楓と葵の表情は、時が止まったかのようなわずかな合間に凍りついた。


 自分たちが別の世界から来た存在であるという事実は、絶対に漏らしてはならない最重要機密だ。


「まずいですね。僕たちの存在が異分子としてあらわになれば、エネルギー集めどころか、この世界での生存すら危うくなる」


 葵は指を顎に添え、厳しい表情で暗い思考の海へと深く沈んでいく。


 エルシェラは、不安の色を瞳に宿した双子の様子を見て、安心させるように微笑みを浮かべた。


「ご心配なく。あなた方はハーフエルフ族のエルシュタイン伯爵(はくしゃく)家の遠縁として、私が正式に養子に迎えたという体裁(ていさい)で既に話を通しました。公的な戸籍も、私の魔力で完璧に偽造(ぎぞう)済みですわ」


 その用意周到(よういしゅうとう)さに、楓はパチンと小気味よい音を立てて指を弾くと、力強く親指を立てた。


「さすが、あたしたちをこんな場所に引っ張り込んだ張本人だ。エルシェラ様、抜かりないわね!」


「ですが、エルフ国の上層部にはハーフエルフの私を快く思わない、古い慣習(かんしゅう)に縛られた者たちがおおぜいおります。彼らが本気で牙を剥き、調査網を広げてくれば、いずれは偽造も見破られるかもしれません」


 エルシェラの不穏な警告に、ガレージを満たしていた空気は再びピンと張り詰めた。


「僕たちの目的は、あくまでバトルに勝ち続けて転移リングのエネルギーを集めることです。そんな不毛(ふもう)で醜い政治的争いに貴重なリソースを割きたくない。ですが、この世界がそれを許さないというなら、僕たちもそれ相応の覚悟を決めなければならないようですね」


 葵の声は冷たく、だがその奥底には静かな決意の炎が宿っていた。


「そうは言っても、相手は巨大な権力を握る大貴族です。彼らが本気で動き、網を広げれば逃げ場は……」


 ピピが消え入るような声で不安を漏らすと、楓はいつもの情熱を全身から放射した。


「大丈夫だって! あたしたちは最強のチーム、シュヴァルツ・アインツでしょ! 戦いはアリーナの中だけじゃないってことでしょ? 受けて立ってやるよ。情報戦もあたしたち桜庭ツインズの得意分野なんだから!」


 楓は、葵の肩を力一杯叩いた。


「姉さん、今は仕事中です。……でもそうですね。僕とピピさんの共同戦線で情報戦も完全に制圧(せいあつ)してやりましょう。ピピさん、この世界のネットワークや貴族社会のデータ、僕たちの世界の解析手法を組み合わせれば、彼らの先手を打つことは可能ですか?」


ピピは一瞬頬を染めたが、すぐにプロの顔で力強く頷いた。


「ええ、アオイ。あなたの理論があれば、どんなに巧妙に隠された貴族たちの通信網も丸裸にできるわ。やってみせるわよ」


 ガオが作業の手を止め、豪快な笑い声を上げながら割って入った。


「へっ、いい度胸だねぇ! 外の世界で何が起きようと、あたいの仕事は変わらないわ。このルピナス・ツヴァイを、どんな理不尽な力も跳ね返せるくらいの最強の機体に仕上げてやるだけよ! カエデ! 次のバトルまでには、この風の魔導炉データをルピナス・ツヴァイのプラナ魔導炉(まどうろ)へ送ってやるよ。そうなれば今のあんたの機動はさらに一段上のステージへ上がるわよ。空を駆けるルピナス・ツヴァイ……想像しただけでワクワクしてくるじゃないか!」


 「空を駆けるルピナス・ツヴァイ! 最高じゃんガオさん。よーし、あたしももっと鍛えとかないとね!」


 楓は、(こぶし)を強く握りしめ、天を突くルピナス・ツヴァイを見上げる。


 エルシェラは、若者たちの姿を眩しそうに見つめ、そっと胸の前で手を合わせた。


 夜は更けていくが、ガレージからは鋼鉄を打つ響きと、未来を切り拓くための熱い言葉が絶えることはなかった。


 双子の異世界での戦いは、アリーナの砂塵の上だけではなく、目に見えない巨大な政治の渦の中でも今、静かに幕を開けようとしていた。


 


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


勝利の喜びも束の間、シュヴァルツ・アインツは新たな影に直面します。

アリーナの激闘とはまた異なる、政治的な嵐。

双子の正体は守りきれるのか、そして「空を駆けるルピナス・ツヴァイ」は完成するのか。

絆を強めるチームの戦いは、次のステージへ向かいます。


続きが気になる方は、ぜひ「ブックマーク」や「評価」での応援をいただけると嬉しいです!

次回もお楽しみに!


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