第五話 挑戦とライバル
初勝利という熱く重い興奮がガレージの空気を支配していたのも束の間。
シュヴァルツ・アインツの面々は、祝杯をあげる暇もなく次なる戦いへの準備に取り掛かっている。
ガレージの至る所では、激戦の傷跡が生々しいルピナス・ツヴァイの左腕を修理する、魔導溶接の火花が散った。
その喧騒の中で、今後の命運を左右する重要な戦略会議が行われる。
エルシェラは、自らの指に嵌まった転移リングから、神秘的な青白い光を空中に投射し、戦利品とチームの現状を可視化したウィンドウを浮かび上がらせた。
「アイアン・ブルからは予備の魔導炉を一つと、修理用の装甲素材を頂きましたわ。これを市場で換金すれば、当面の運営資金は格段に楽になるはずです」
葵は、その報告を冷静に受け流し、血の通わない数字のログを凝視しながら、どこか切実さを孕んだ低い声で問いかけた。
「目先の資金も確かに重要ですが、僕たちの最終的な目的は元の世界への帰還です。現在の勝利で得られた転移エネルギーの蓄積量を確認させてください」
「はい。現状、必要量全体の0.001パーセントといったところでしょうか」
エルシェラの慈悲深くも非情な回答を聞いたその時、楓は椅子からずり落ちんばかりに、ガックリと力なく両肩を落とした。
「やっぱりそんなもんなのかぁ。あんなに一生懸命に戦って、たったそれっぽっちだなんて。先が長すぎて気が遠くなっちゃいそうだよ」
絶望の色を隠せない楓の隣へ、葵が静かに歩み寄る。
彼は言葉よりも先に、彼女の肩を大きな手で力強く掴むと、そのままグイッと上向きに引き上げた。
「姉さん、顔を上げてください。確かに先は長い。でもゼロだった数字が確実に動き出したんです。今はただ、目の前の一戦一戦を確実に勝ち抜いていくしか、僕たちの帰る道はないんですから」
葵の赤い瞳の奥には、どんな絶望に直面しても決して折れることのない、氷のような冷静さと知的な闘志が宿る。
◆ ◆ ◆
数刻後、ガレージでの喧騒を抜けたシュヴァルツ・アインツは、次なる戦いの舞台となる情報の精査に追われている。
ピピが眼鏡のブリッジを指先でクイッと押し上げ、慣れた手付きで情報端末を中空へと走らせた。
「感傷に浸る時間は終わりです。次のバトルは公式リーグへの本登録を賭けた、文字通り運命の予選マッチなのですから。次の対戦相手は新進気鋭のチーム、ウィンドファルコン。風属性の魔導技術を応用した超高速機動を得意とする難敵よ。主力機、エアリアル・ストライカーのコアは、機体背部の大型ブースターの死角にあると推測されるわ。葵、貴方の冷静な分析が勝機を左右することになります。頼めるかしら?」
「了解しましたピピさん。ガオさん、機体の駆動系を最終調整値まで追い込んでください。一撃離脱に賭けます」
楓は投影された鳥の翼のような優美な機体のホログラムを、獲物を狙う鷹のような鋭い視線で凝視し、不敵な笑みを浮かべた。
「超高速機動だって? いいじゃない、あたしたちが最も得意とする土俵だよ! 面白くなってきたじゃん!」
「カエデ、甘く見ないほうがいいわ。パイロットのシエルは、若くして風の魔術師の名を欲しいままにする天才よ。彼は魔力を物理的な真空の刃へと変貌させ、標的を切り刻む。その予測不能な軌道には最大限の警戒が必要よ」
「空中戦を仕掛けてくるてわけね。でもこっちには、どんな地形でも最高速を叩き出せるニーラー形態があるもん。空を飛んでようが関係ない! 追いついて引きずり下ろしてやるだけよ」
葵は、愛機への絶対の信頼を剥き出しにする姉の横顔を見て、静かに笑った。
「ガオさん。僕の設計した新たな慣性制御プログラムに合わせて、機体の重心バランスをミリ単位で再調整してもらえますか? 空中での安定性と変形直後のレスポンスを飛躍的に高めたいんです」
「がってん承知だよ、葵。あんな空飛ぶヒラヒラ野郎の動きにも、完全に対応できるキレを叩き込んでやるからな! 任せておきな、あたいが最高の機体に仕上げてあげるわよ!」
◆ ◆ ◆
そして訪れた、公式リーグ予選当日。
バトルの舞台は、先日の非公式アリーナとは比較にならないほど広大な、自由都市最大のマギアス・バトルアリーナだ。
中央に威風堂々と立ち上がる赤と青の巨躯、ルピナス・ツヴァイの姿が、巨大モニターへと鮮烈に映し出される。
「すごい。これが公式リーグの舞台。ねぇ葵、見てよ、この人の数!」
「現代のグランプリレースをも凌駕する熱狂ですね。姉さん、この視線のすべてが僕たちのバトルを、僕たちのいきざまをジャッジしていると思ってください」
観客たちの好奇と懐疑が入り混じった視線を浴びる中、けたたましい魔導実況が響き渡った。
「さあ始まりました! 公式リーグ予選マッチ! 資金難のどん底から這い上がってきた不屈の双星、シュヴァルツ・アインツ! 対するは、風を操る蒼穹の貴公子シエル率いる、チーム・ウィンドファルコンだぁー!!」
対面の巨大な防壁ゲートが重々しく開き、一羽の巨鳥を思わせる流線型の機体、エアリアル・ストライカーが姿を現した。
そのパイロット、シエル・ヴァンクールは、まばゆい金髪に翠眼を持つ、エルフの血を引く優雅な美青年だ。
彼は、コクピットから外部モニターを通し、観客席に向けて鼻につくほど優雅に手を振ってみせる。
楓は、操縦桿を握りしめ、その透かした態度をモニター越しに猛烈に睨みつける。
「くそっ! あいつを見ていると、無性に腹が立ってくるんだけど!」
「姉さん落ち着いてください。機体周囲に高密度の風のエーテルを纏っています。目に見えない刃には細心の注意を。まずはマギアス形態でどっしりと構えて、相手の出方を伺いましょう」
「はいはい、葵くん。了解でぇーす!」
楓は少しだけ投げやりな返事をしながらも、操縦桿を握る手には機体の関節が悲鳴を上げるほどの力を込めていた。
◆ ◆ ◆
「バトル、スタート!」
開始の合図が轟き、大地が震動した。
エアリアル・ストライカーは、重力の束縛を嘲笑うような加速で、一気に蒼穹へと舞い上がる。
その軌道はまさに一条の閃光だ。
楓は即座に反応し、ルピナス・ツヴァイをニーラー形態へと鮮やかに変形させると、バトルアリーナの砂塵を巻き上げて疾駆した。
「速いっ! けどスピード勝負であたしたちに勝てると思ったら大間違いよ!」
しかし、シエルの機体は常に頭上の有利な高度をたもち、ルピナス・ツヴァイの死角から死の急降下を狙っている。
「データ通りに動いてください、姉さん! 相手は一定の高度を維持しながら、こちらのプラナ供給の揺らぎを狙っています!」
「分かってるってば! あんなヒラヒラ飛んでいるだけじゃ、あたしにはさわれもしないわよ!」
空中で華麗に機体を翻転させたシエルの機体から、外部スピーカーを通じて澄ました声が響いた。
「ふんっ。地上を醜く這いずることしかできぬ欠陥機が。我が麗しき至高の風、その刃を受けて塵へと還るがいい。エアリアル・ニードル!」
エアリアル・ストライカーの両翼から、大気を真空へと変質させた無数の不可視の刃が、雨のごとき密度で降り注いだ。
楓は、ニーラー形態の驚異的な回頭性能を活かし、ほんの髪の毛一本分、見極めるのが一瞬でも遅れれば死ぬという、極限のタイミングで死の雨を回避し続ける。
だが回避しきれない鋭い突風が、メタリックブルーの装甲を無残に掠め、火花が散った。
「きゃっ!? 今、見えなかった……」
「ダメージは軽微です! ですがこのままではジリ貧だ。姉さん、一度距離を取ってからマギアス形態へ移行、迎撃態勢を整えてください!」
葵の冷静沈着なナビゲーションに従い、楓は猛スピードで走行しながら、滑らかに機体を人型のマギアス形態へと変形させた。
「アイアン・ブルの時のように、敵の鼻先へ飛び込むチャンスを待つわよ! その澄ましたツラ、絶対にこの拳でぶっ飛ばしてやるんだから!」
熱血をたぎらせる姉と、その熱量を勝利へと昇華させる冷静な弟。
異世界の公式リーグという過酷にして華やかなる戦いの幕が、今、激しく切り落とされた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
シュヴァルツ・アインツの公式リーグへの挑戦が始まりました。
強敵を前に、葵の計算と楓の熱さがどうぶつかっていくのか。
二人の絆と成長を、これからも全力で描いていきます。
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次回もお楽しみに!




