第五十一話 ヴァイス公爵の野望の末路
地下研究施設の最深部は、多くの魔導配線が血管のように張り巡らされ、世界の終わりを告げる不気味な振動を刻んでいる。
楓が到着する、わずか数分前、葵たちは帝国の支配者であり、すべての悲劇の元凶であるヴァイス・ヘルシャフト公爵と、逃げ場のない玉座の前で対峙していた。
冷たく張り詰めた空気の中、シエル、ピピ、ガオ、エルシェラが、それぞれ武器を構えて身構える。
葵の透き通った瞳は、ヴァイス公爵がまとう偽りの衣を剥ぎ取り、その醜い真実を的確に見抜いていた。
「あなたの真の目的は、救世などではなく、この世界、アストラル・クロノスそのものを滅ぼし、自らのエゴを満たすための苗床にすることだったんですね、ヴァイス公爵!」
「フハハハぁッ、その通りだ、桜庭アオイ。英知ある者よ、察しが良いな」
ヴァイス公爵は、狂気に満ちた高笑いを上げた。
おぞましい声は地下空間の隅々にまで反響し、聞く者の精神を削る不快な振動となって広がっていく。
「もはやこの世界は限界なのだ。一度すべてをリセットし、我に忠誠を誓う者たちだけが永遠の統治者として君臨する完璧な新世界を創造する……そのための唯一の鍵こそが、この最終兵器なのだよ!」
ヴァイス公爵の叫びと共に、起動スイッチを入れると、鎮座していた最終兵器は、獣のような唸りを上げて目覚めた。
空間全体を激しく震わせる、強烈な破壊の光を放ち始める。
世界中の広場に設置されたビジョンは、逃げ惑う多種多様な種族の人々が絶望とパニックの映像で埋め尽くされ、世界の終わりが秒読み段階へ突入したことを知らせていた。
その時、地下施設の換気シャフトの上部から、激しい爆炎と共に、傷だらけのルピナス・ツヴァイが重力に逆らうような勢いで戦場へ飛び込んできた。
楓は、ゼクスとの命を削る激戦を制し、愛機をボロボロに傷つけながらも、ただ一人の肉親を救うために地獄の底まで駆けつけた。
「葵っ! よかった。無事なんだよね! 今、助けに来たわよ」
楓は涙ぐみながらも、愛しい弟の姿を確認できたことに、心底からの安心の息を漏らした。
双子の再会の瞬間にも、破滅の秒読みは容赦なく進んでいく。
「姉さん、感動している暇はないよ。今はそれどころじゃないんだ!」
葵は、即座に姉への甘えを断ち切り、感情を削ぎ落とした戦略家の顔へ戻す。
この絶望的な戦況を逆転させる唯一の勝機を、鋭く提示する。
「兵器の暴走エネルギーを逆利用して、嘆きの森への転移ゲートを強制的に開く! でも、そのためにはシステムを完全に掌握し、エネルギーが臨界に達するまでの三十秒間、何があっても、誰にも邪魔をされてはならないんだ!」
「ふんッ、何を抜かすか小僧ども! 我の計画を、異世界のゴミ風情に邪魔させるなどと思うなよ!」
ヴァイス公爵は、獰猛な笑みを浮かべると、自ら専用の超大型マギアス、ヘルシャフト・ルーラーへと乗り込んだ。
漆黒の魔力を立ち昇らせ、双子の前に立ち塞がる。
それは、見る者を威圧する風格をまとい、周囲の空間そのものを歪めるほどの強大なユニットであり、立ち向かうにはあまりに絶望的な戦力差があった。
「シエル様、ピピ、ガオ、エルシェラ様! みんな、僕の指示に合わせて魔力をダイレクトにシステムへ流し込んで! 姉さん、お願いだ……僕は制御にすべての意識を集中させる。だから、ヴァイス公爵とあの化け物ユニットを、命懸けの三十秒間だけ、ここで足止めしてくれっ!」
「ふん、葵! 任せなさいよ。あんたが計算に集中できるように、あのヒゲ公爵の相手は、このあたしが引き受けてやるわ」
楓は迷いなく応え、傷だらけのルピナス・ツヴァイを、無理やり前進させる。
コックピット内には、火花が散り、コンソールには、エネルギー残量警告の赤ランプが、ピーピーと不吉な音を立てて点滅を始めた。
(これ以上あたしのプラナを削れば、魂そのものが枯れ果てて、もう二度とまともな精神では戻れないかもしれない。けど、葵の命と、この世界の未来を守るための、たった三十秒なんだ!)
楓は、心の中で気合いを入れ直し、ヘルシャフト・ルーラーを操るヴァイス公爵に吠えた。
「来なよッ! ひげ公爵。チーム、シュバルツ・アインツ、桜庭楓、全力で相手をしてやるよぉー!」
「ふんッ、目障りな小娘が。その小さな命ごと、ここで消え失せろ!」
ヴァイス公爵の機体から、触れるものすべてをドロドロに融解させる、高密度の魔力弾が放たれた。
楓は、呼吸を止めるほど短い間に、フレイム・エッジの炎を機体全体に纏わせ、真っ赤な閃光となってその軌道を強引に逸らす。
ドゴンッ! と鼓膜を震わせる爆音と共に、周囲の壁が吹き飛ぶ。
奥歯が砕けるほどに歯を食いしばり、楓は魂の根源から無理やりプラナを引き出す。
視界が歪むほどの激痛に耐え、ルピナス・ツヴァイのフレイム・エッジが砕け散っても、楓は死の恐怖を燃料に変えて立ち塞がる。
「無駄な抵抗だ、愚かな娘よ! 我が絶対的な力の輝きの前では、風に吹かれる塵に等しいわ!」
ヴァイス公爵が、勝利を確信して醜く笑った。
その言葉を遮るように、葵の凛とした声が、魔導無線に響き渡った。
「塵なんかじゃない! これは、僕たちが絶望の果てに掴み取った、明日へ繋がる最高の力だ! 姉さん、三秒前! 出し惜しみはなしだ。全エネルギーを攻撃に回して! 僕がデータリンクを介して、姉さんのリングに直接氷のプラナを流し込む! 二人で一緒に、必ず元の世界へ帰るんだぁあー!」
ヘルシャフト・ルーラーが、かつてゼクスが見せた絶技をはるかに凌ぐ終わりの魔術攻撃を放とうと、その大口を開けた。
「今だ、いけぇぇッ、姉さぁぁああん!!」
葵のプラナが急速に絶対零度の冷気を帯び、楓の心に熱く突き刺さる。
楓は、葵から流れ込んでくるエネルギーを、自ら炎の炉の中で激しくプラナ融合をさせる。
灼熱の赤と極寒の白、二つの相反する力が混ざり合う。
二人のプラナは、荒れ狂う大河のごとき巨大な勢いとなり、ヴァイス公爵に向けて魂の一撃を解き放つ。
「これが私たち双星の、魂を賭けた全力だあぁぁああッ! くらえぇぇぇッ!双星炎氷撃、ツインズ・フレイム・ブリザアァァアアドッ!!」
それは、漆黒の闇を飲み込む光の柱となり、ヴァイス公爵が放つ魔力の塊を正面から押し返し、ねじ伏せていく。
二人の魂を極限まで燃やした紅白の輝きは、ヴァイス公爵の絶対的な力を無残に切り裂き、その勢いのまま、巨大な核コアへ真っ直ぐに突き刺さる。
ヴァイス公爵は、自らの力が霧散していくことに驚き、その顔を絶望と屈辱で、醜く歪ませた。
「ば、馬鹿なっ……あり得ん! 我の……神の如き我の力が、こんな取るに足らない異世界人どもに……!!」
葵の誘導によって臨界を超えたエネルギーは、ヴァイス公爵の足元で空間を強引にねじ切り、暗黒の次元の裂け目を生じさせた。
逃げ場を失ったヘルシャフト・ルーラーは、爆発の火柱と共に、断末魔の叫びを上げる。
次元の裂け目は、ヴァイス公爵を乗せたまま、暗黒の底へ引きずり込んでいく。
ヘルシャフト・ルーラーの存在を残さず飲み込むと、この世界、アストラル・クロノスから気配ごと消し去り、音もなく完全に裂け目を閉じた。
最深部を揺るがした激闘の余波が、静かに引いていく。
制御を失いかけていた最終兵器の暴走エネルギーは、葵の精密な戦略通りに、すべて転送回路へと吸収され、嘆きの森の座標に一気に流し込まれ始めた。
「やった! やったわよ。カエデ、アオイ! 見て、嘆きの森のゲートが起動し、元の世界へと続く、転移ゲートが開いたわよ!」
ピピが、歓喜の声を上げて叫ぶ中、傷だらけで火花を散らし、煙を上げるルピナス・ツヴァイと、シエルのエアリアル・スカウト改は、残された最後の力を振り絞る。
強大なエネルギーの余波により現れた空間の裂け目へ、シエルのエアリアル・スカウト改は、葵を残し、一筋の希望の光となって一気に飛び込んだ。
楓は、ボロボロのルピナス・ツヴァイのコックピットを開き、モニター越しではなく、自分の目で葵を見つめる。
目からは、止めどなく大粒の涙が溢れだした。
「葵……無事で良かった。生きていてくれて、本当に良かった。信じていたよ!」
「姉さん……再会出来たのは嬉しいけど、急いでみんなを追いますよ!」
葵を、優しくルピナス・ツヴァイの手で掴み、楓も空間の裂け目へ、シエルのエアリアル・スカウト改を追うように一気に飛び込んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
すべての悲劇の元凶であるヴァイス公爵との対決。
絶体絶命の窮地の中、駆けつけた楓と、冷静な葵の戦略が完璧に噛み合いました。
二人の魂を込めた「双星炎氷撃」が、ヴァイス公爵の野望を粉砕し、アストラル・クロノスの運命を切り拓きました!
ついに開かれた、元の世界への帰還ゲート。
傷ついたシュヴァルツ・アインツの面々は、最後の力を振り絞り、希望の光へ飛び込みました。
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