第五十話 決着
巨大な換気シャフトという閉鎖された静寂の檻は、ルピナス・ツヴァイとシャドウ・ファントム、相反する信念を宿した二機の巨人が激突する戦場と化した。
飛び散る火花と、耳を裂く金属の摩擦音により、閉鎖空間は地獄のような様相を呈している。
ゼクスは、氷のように研ぎ澄まされた冷徹な表情を崩さず、マギアスの挙動における一切の無駄を削ぎ落とした。
完璧な防御の合間に予測不能な魔力弾と、水の如くしなやかにうねりながら装甲を焼き切るプラズマカッターの連撃を織り交ぜ、じわじわと楓を追い詰めていく。
「あなたたちは、ヴァイス公爵様が描かれる壮大で清廉な計画を理解することさえできない、この世界の平穏を脅かすだけの無秩序な異物でしかないのよ! 不確かな未来を振りまく存在は、ここで等しく排除されるべきだわ!」
ゼクスの鋭い叫びと共に、放たれたプラズマの刃は、意志を持つ蛇のように、ルピナス・ツヴァイの視界から呼吸を止めるほど短い間に消失した。
物理法則を無視した、滑らかな機動で楓の背後へスルリと回り込み、無防備な背中を貫こうと、猛烈な熱量を伴って迫る。
その動きは、帝国の最新魔導演算によって導き出された必勝の計算に基づいたものだ。
本来ならば抗う術など存在しないはずの完璧なる死の舞踏。
楓は、その一撃を神速で回避し続ける。
「無秩序なんかじゃないッ! これは、あんたらの冷たい計算じゃ測ることのできない、明日を信じる心の力よ! 葵とあたしが積み重ねてきた本物の絆の前では、そんな理屈、塵ほどの価値もありはしないんだからぁぁああ!」
楓はゼクスを睨み、腹の底から魂を震わせるうなり声を上げる。
彼女の内に秘められた激しい情熱のすべてを、プラナへ変えて溢れ出させた。
それに呼応するように、ルピナス・ツヴァイが手にする高振動ブレードが、まばゆい深紅の光を放ち変質を開始する。
溢れ出した膨大なプラナが、高振動ブレードの刃を灼熱の紅へ塗り潰していく。
大気を焼くジリジリとした振動は、やがて視覚さえも焼くほどの激しい炎の揺らめきとなり、冷たいシャフトの空気を一気に沸騰させる。
それは、絶望を焼き払う最高位の業火の剣、フレイム・エッジへと、姿を変えていた。
ゼクスの操る最高の水雷の刃に対抗し得る、楓の魂そのものが形を成した、最高の炎の剣だった。
逃げ場のないシャフトの闇を切り裂き、ゼクスの計算を真っ向から否定するように、超高速の刺突を繰り出していく。
ゼクスは、脳内に展開された魔導演算の軌道予測によって、その一撃を紙一重で回避し、即座に致命的な反撃の刃を突き返す。
楓は、その攻撃を論理的な分析ではなく、長年のレース経験で培われた野生的な直感だけで、未来を見通しているように鮮やかに回避してみせる。
サーキットの極限状態で、死線を潜り抜けてきたレーサーとしての天賦の才。
それが、この異世界アストラル・クロノスの戦場においても、魔導演算という冷たい知性を凌駕するほどの圧倒的な輝きを放つ。
「なにっ……!? 私の演算回路が導き出した最適解を、ことごとく外してくるというの!? あり得ない、私の完璧な計算が、こんな感情任せの動きに狂わされるなんて!」
ゼクスの瞳に、初めて隠しきれない焦燥の色が滲んだ。
完璧な秩序を信奉する彼女にとって、楓の振るう直感的で予測不能な奔放な機動は、理解を超えた最大の脅威となり、心を激しく揺らぶらせた。
「葵は、いつだってあたしの無茶を笑いながら、あたしに足りないところをその賢さで支えてくれた! 怖くて足が止まりそうな時、いつだって背中を押してくれたのは、あいつの言葉だった! だから今度は、あたしが守る番なの! あいつが信じて託してくれたこの力で、あんたの冷たい理屈を、その凍りついた世界ごと、全部ぶち壊してやる! たとえこの場所がどれほど深く暗くても、あたしたちの魂は、生まれた時からずっと一つに繋がっているんだからぁぁああ!」
楓は、魂を削る叫びを上げると、自身の中に眠る全てのプラナを無理やりプラナ魔導炉へ注ぎ込む。
機体が上げる悲鳴さえも無視して、全エネルギーを右腕のフレイム・エッジの一点に集中させる。
シャフト内の空気が轟音と共に紅蓮の炎に包まれるなか、追い詰められたゼクスは、機体の隠し武装シャドウ・バインドを展開して束縛を試みる。
その武装が起動するまでのわずかコンマ数秒という、機械的には無視できるほどのほんの一瞬を、楓のレーサーとしての本能は、決して見逃さなかった。
機体の限界を超えた加速を強行し、コーナーの最速ラインを攻めるように最短距離で、ゼクスの懐へと踏み込む。
距離を詰め切ると、勝利を確信した鋭い眼光で、漆黒のマギアスを射抜く。
「くらえぇぇぇッ! 紅蓮閃光プロミネンス・ストライクだぁぁああっ! ゼクス、あんたの氷みたいな冷たい計画ごと、ここで全部焼き尽くしてみせる!」
限界まで輝きを増したフレイム・エッジが、シャドウ・ファントムの機体を瞬く間にズバッ、ズバズバズバズバッと、星を描くように五回連続で振り抜いた。
深部に位置する魔力制御回路を微塵も残さず、完璧に粉砕する。
一瞬、禍々しい光を放ったあとは、シャドウ・ファントムが重々しい音を立てて沈黙し、地上へと落下していった。
激しく地上にたたきつけられた機体の中で、飛び出した衝撃吸収バルーンに守られたゼクスは、自身の敗北を悟り、諦念の混じった冷たい笑みを唇の端に浮かべ、その動きを完全に止めた。
息も絶え絶えになっていた楓が、熱を帯びたフレイム・エッジをゆっくりと下ろす。
勝利の代償としてボロボロに傷つき、外装の各所から火花を散らす愛機のコクピットで、静止したゼクスへ魔導無線を通じて問いかける。
「どうして……どうしてあたしたちにこんな酷い嘘を重ねてきたの? このままヴァイス公爵の思い通りにさせたら、このアストラル・クロノス、全てがなくなっちゃうかも知れないんだよ?」
その掠れた声には、敵を討ち果たしたと言うよりも、短い間でも、アストラル・クロノスと言う同じ世界を生きていた者として、分かち合えなかったことへの、深い悲しみを滲ませた。
長い沈黙のあと、魔導通信機の向こうから、ゼクスのか細く今にも消え入りそうな、震える声が楓の耳に届いた。
「私はただ、確かな世界の秩序を信じたかった……崩れゆくこの星を、完璧な形で戻したかっただけなのよ……あなたたちの持つ、予測も制御もできない無秩序な力が、何よりも怖かったのよ……」
それが、完璧な秩序を求めることでしか自分を保てなかった、孤独な女騎士、副官ゼクスが抱えていた剥き出しの本音だ。
彼女にとって双子の存在は、救いではなく世界の安定を脅かす、歪みにしか見えていなかった。
楓は、それ以上何も答えることはせず、ただ一度だけ、沈黙を守り続けるシャドウ・ファントムの残骸を振り返った。
◆ ◆ ◆
シャフトでの激闘から、わずかな時間が過ぎた。
楓は、傷ついたルピナス・ツヴァイを震わせ、さらに地下深くへ続く暗い通路を突き進んでいく。
立ちこめる熱気と、焦げ臭い匂いを背後に残し、姉の意識はただ一点、大切な弟が待つ場所へ向けた。
姉弟を繋ぐ強い絆は、今まさに世界の運命を決める最後の試練の時を、静かに迎えようとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
死闘の末、宿敵ゼクスを退けた楓。
彼女の直感と絆が生んだ「紅蓮閃光」は、冷徹な計算さえも焼き尽くしました。
戦いの中で明かされたゼクスの孤独と、それでも譲れない楓の想い。
激しい衝突を経て、姉はついに弟が待つ地下最深部へ向かいます。
アストラル・クロノスの運命を懸けた、最後の戦いがすぐそこに迫っています!
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