第四十九話 漆黒と紅蓮
巨大な換気シャフトの内部において、ルピナス・ツヴァイは、行く手を阻むように通路を埋め尽くす警備ロボットの群れを、凄まじい馬力による突進とプラナの魂の唸りだけで、次々とひれ伏せさせている。
そしてついに、宿敵ゼクスが操る漆黒のマギアス、シャドウ・ファントムの正面へと躍り出た。
楓の、情熱的な感情をそのまま宿した瞳は、これまでの過酷な旅路で培われた不屈の決意と、愛する弟を理不尽に奪われたことへの、抑えきれない憤怒の炎によって、メラメラと紅蓮の色に燃え盛る。
その熱量は、コックピットの温度を物理的に上昇させるほどに高まり、周囲の空気さえも陽炎のように歪む。
「どこまでも無意味な足掻きを続けるつもりかしら、桜庭カエデ。ヴァイス公爵様の偉大なる計画を邪魔しようとする愚かな者は、この私の手で、例外なくこの世界の塵として排除させてもらうわ!」
ゼクスは、感情の欠片さえも見当たらない冷徹な声で言い放つと、シャドウ・ファントムの両腕に装備された、帝国の最終兵器級武装、高密度・超高圧プラズマカッターを起動させた。
磁場によって強引に制御された超高温の光の刃は、意志を持つ水の如きしなやかさで伸び縮みし、物理法則を無視した変幻自在の軌道を描きながら、ルピナス・ツヴァイの急所に音もなく迫る。
その光の鞭が触れた壁や床は、抵抗を感じさせることすらなく、呼吸を忘れるほどの短い間に、ドロドロのマグマのように溶け落ちる。
触れれば最後、ルピナス・ツヴァイの堅牢な装甲でさえも、バターのように溶かし切る高出力だ。
楓は、肌を刺すような死の予感に突き動かされ、シエルが陽動で敵の注意を引いたその一瞬、直感のままに操縦桿を叩きつけるように操作して機体を捻り、間一髪で回避した。
「くッ、なんて速さなのよ! シエル、お願い! その圧倒的な機動力を活かして、ゼクスの注意をこちらへ惹きつける陽動を頼む!」
楓の焦りに満ちた鋭い叫びが、シャフト内に激しく響き渡る中、シエルは即座にエアリアル・スカウト改の魔導炉を全開出力へ引き上げる。
青白い魔力の光を尾のように引きながら、残像を残すほどの超高速移動でシャドウ・ファントムの背後へと回り込み、死角からの鋭い牽制を繰り出す。
その時、ピピの決死の復旧作業によって、シャフト内の魔導通信回線が奇跡的に繋がった。
激しいノイズ混じりではあるものの、地下深くに囚われているはずであろう葵の、切羽詰まった、確かな希望を感じさせる声が魔導スピーカーを通じて響き渡った。
「姉さん、聞こえていますか!? 僕は今、最終兵器の心臓部がある地下最深部の施設にいます! ヴァイス公爵は救世主などではなく、兵器を暴走させて世界を一度完全にリセットし、自分だけの帝国を築こうとしているんです! エルシェラ様の見た夢は、正夢になろうとしている! 姉さん、この狂った計画を止めるには、今すぐ姉さんと、ルピナス・ツヴァイのプラナ魔導炉の力が、この世界には必要なんです!」
葵が命懸けで伝えてきた、衝撃的な真実を聞いた。
一瞬の間、楓の胸の奥で燻っていた怒りは、一気に臨界点を超える。
爆発的なプラナとなって機体全体を激しく震わせ、周囲に散らばった鉄屑を、吹き飛ばした。
「やっぱりそうだったんだ! あたしたちの秘密をバラシ、帝国は最初から世界を救う気なんて一ミリもなくて、あたしたちをただの道具として騙していたんだな! ゼクス、あんたら、よくも私たちの、アストラル・クロノスの人たちの想いを、これまで利用してくれたわね!」
「くだらないおしゃべりは、もうそこまでにしましょうか」
ゼクスは、低く冷笑を漏らすと、その言葉とは裏腹に、楓の放つ異常なプラナのプレッシャーに対抗すべく、自身の魔力をさらなる高みへと増幅させる。
機体から禍々しい漆黒のオーラを立ち昇らせ、プラズマの出力を限界を超えて引き上げていく。
「ヴァイス公爵様が望まれるアストラル・クロノスの再生のため、そのための新しい秩序の誕生のため、ここであなたたちの小さな灯火は完全に消し去る……それが騎士としての私の唯一にして絶対の使命なのよ」
シャドウ・ファントムが、再び光る水の蛇のようにうねる殺気を放ち、楓の前に立ち塞がる。
楓は、溢れ出すプラナをすべて闘志に変えた。
背後で控える仲間たちに向けて、自らを囮にする断腸の思いで決死の決断を下す。
「シエル、ピピ、ガオ、エルシェラ様! ここはあたしが食い止める。みんなは先に葵のところへ行って! あいつには今、あなたたちの助けが絶対に必要だから!」
楓の直情的な仲間を想う無私な決断は、常に合理的な計算に基づいて行動するゼクスの冷徹なシミュレーションを、火花が散るその時に狂わせる。
計算外の熱量が、鉄壁の戦場を揺るがす。
「私と一対一で戦うというの? どこまでも愚かな選択ね。たった一人の力で何ができるというのかしら、どうせすぐに絶望して終わる結末なのに」
「愚かだって笑えばいいよ! でも、あたしがやらなきゃいけないの! 葵は、あたしのたった一人の大切な弟であり、世界でたった一人! 最高のパッセンジャーなんだから! あたしたち双子の絆を、あんたの氷みたいな冷たい理屈で舐めんじゃないわよッ!」
◆ ◆ ◆
エアリアル・スカウト改が、シエルの操縦によって警備ロボットの残骸をなぎ倒し、葵の待つ地下深くへと急行を開始する。
シエルは、楓を戦場に一人残していくことに、ほんの一瞬だけ、胸を締め付けられるような激しい躊躇を見せた。
「分かったよ、カエデ! 君の覚悟を信じて、僕たちは先に行く! アオイが待っている、必ず生きて合流するんだぞ。約束だからな!」
楓の瞳に宿る、何者にも屈しない烈炎のごとき決意を信じ、シエルは、愛機の出力を最大にして、闇の奥へと突き進んだ。
情熱と精密な科学兵器が激しく火花を散らす中、双子の運命と世界の存亡を懸けた最終決戦の第一幕が、今、地下研究施設への入り口で激しく火蓋を切った。
楓の、烈炎のごとく立ち上がるプラナは、ルピナス・ツヴァイの重厚な機体越しに、ゼクスの操るシャドウ・ファントムを不気味なほど鮮やかに、力強く照らし出す。
今、二機のマギアスは、互いの存在を消し去るべく、極限の激突を開始する。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ヴァイス公爵の狂気じみた真実が明らかになり、ついにゼクスとの激突を迎えた楓。
仲間たちを葵の元へ向かわせ、たった一人で強大な敵に立ち向かう決意をした彼女の瞳には、紅蓮の炎が宿ります。
双子の絆と、世界の命運を懸けた最終決戦の火蓋が切られました!
楓はゼクスの冷徹な理屈を打ち破り、葵の待つ場所へ辿り着くことができるのでしょうか。
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