第四十七話 夜襲
ガオの、たぐいまれなる職人技と、執念によって、ステルス機能と、移動速度を極限まで引き上げられたシエルの愛機、エアリアル・スカウト改。
それは、凍てつく夜陰に紛れ、帝国の心臓部であるアイゼンガルドの上空へ、もう一つの影のように、音もなく侵入を開始する。
機体表面には、周囲に漂うわずかな魔力さえも吸収して探知を無効化する、特殊な黒曜石のコーティングが施されている。
月明かりさえも、深く吸い込むような黒曜石の翼は、重苦しく垂れ込めた帝都の夜空の闇へ、完全に溶け込む。
ピピは、広大なコクピットの後方に設置された複数の情報端末を、鍵盤を叩くピアニストのような、驚異的な手つきで操作している。
帝都の空を、網の目のように隙間なく覆う、厳重な魔導警備網。
わずかな綻びを縫うように、絶え間なく変化する飛行ルートを、シエルへ指示し続けている。
ピピの細い指先は、膨大な情報を即座に処理するための、スーパーコンピュータの一部に組み込まれたように、カタカタと激しく動き続ける。
コンマ数秒の停滞さえも、死へ直結する極限の状況下において、仲間たちが進むべき唯一の細い道を示し続けている。
「このルートの磁気偏差と建物の反射を利用すれば、帝国の自動探知機に引っかかることはないわ。そのまま迷わず直進して、シエル! 高度をあと三百メートル下げて、あの古い寺院の影に隠れるように滑り込んで!」
ピピの声は、張り詰めた緊張感に支配されながらも、驚くほどの冷静さを保っていた。
その瞳は、モニターに映し出される無数の敵影と、一刻一秒を争う戦況の推移を冷徹なまでに捉えて離さない。
「了解だ。君の導きを信じてすべてを任せるよ!」
シエルは、呼吸を深く整え、鋼の操縦桿を壊れんばかりに握り締めた。
白い額には、じわりと冷や汗が滲み、機体を通じて肌に直接伝わってくる帝都特有の重苦しい魔力的圧力に、全身をかすかに震わせている。
ガオの、職人魂と超絶技巧により、マギアス輸送機としての運搬能力を維持したまま、徹底的な改造を施されたエアリアル・スカウト改。
巨大な船体が生み出す広大な後部スペースには、ルピナス・ツヴァイと共に、楓たちが静かに潜んでいた。
ルピナス・ツヴァイの巨躯は、エアリアル・スカウト改の激しい空戦機動によって、微動だにすることがないよう、機内の各所に設けられた専用のクランプによって、厳重な固定されている。
「葵、待ってて。今すぐあんたのところへ行って、この闇の中から必ず連れ出してあげるからね!」
楓は、窓の外に不気味にそびえ立つ、帝国の支配の象徴である、天空の塔の長く伸びた影を見つめた。
己の内に燃え盛る救出の決意を、さらに強く、鋭く、研ぎ澄ませていく。
高鳴る鼓動と緊張により、楓の体温はわずかに上昇している。
内側から溢れ出す情熱に呼応するように、機内の予備タンクに貯蔵された風の魔力が、かすかな共鳴音を立てている。
しかし、帝国の誇る世界最高峰の防空網は、楓たちの想像をはるかに絶する、執拗なまでの精密さと冷酷さをもって空を守り抜いていた。
突如として、耳を裂くような高い警告音が広い機内に鳴り響き、探知機が未知の強力な魔力反応を示したかと思うと、分厚い雲を切り裂いて現れた帝国軍の新型哨戒機のマギアスが、獲物の命を狙う猛禽類のごとく、エアリアル・スカウト改へと急速に牙を剥いて迫り来る。
完璧と思われたガオのステルス機能であったが、帝国が総力を挙げて独自に開発した、魔力の揺らぎさえも見逃さない超低周波探知システムの網に、瞬きする間だけその機影を捉えられてしまう。
「まずい、隠密モードの偽装が破られたわ! シエル、右へ緊急回避を、すぐに後ろから熱源誘導弾が来る!」
ピピの悲鳴に近い叫びが、魔導通信機越しに激しく響き渡る中、シエルも、奥歯を強く噛みしめ、機内の離れた作業ブースに陣取るガオに声を荒らげた。
「ガオさん、一呼吸の間でいい! 魔導炉の安全リミッターを外して、出力を無理やり極限まで引き上げてくれ!」
シエルの必死な懇願を聞いたガオは、手元の遠隔操作端末を通じて、機体後方にあるエアリアル・スカウト改の心臓部……その複雑な術式へ、即座に介入する。
事前に施しておいた緊急用バイパスを全開にし、回路が焼き切れんばかりの負荷を承知の上で、魔導炉の出力を一気に爆発させた。
巨大な機体は、心臓の鼓動を打つような激しい振動と共に、重力を利用して急降下を開始する。
追撃しようとする帝国の哨戒機を、その電光石火とも言える凄まじい加速と、意志を持った稲妻のような身のこなしによって、瞬く間に遥か後方へ置き去りにする。
夜空に一閃の青白い火花だけを残して消えた謎の機影を、帝国の熟練パイロットたちは、もはや捉えることすらできない。
彼らは、ただ虚空を見つめ、唖然とホバリングをすることしかできないでいた。
◆ ◆ ◆
シエルは、胸を撫で下ろして安堵のため息を「はぁ〜」と深く漏らしたが、その胸の中では今もなお激しい鼓動が鳴り響き続けている。
「なんとか振り切ったみたいだな、ピピ。良し! 本当に心臓が止まるかと思ったよ」
操縦桿を握る掌は、汗でぐっしょりと濡れ、わずかに震えていた。
「やるじゃないか! ガオさん。僕たちのこの命は、本当に、その職人魂の腕にかかっているんだぞ!」
ガオは、いつものように強気で得意げな笑みを返した。
「へッ、これくらいあたいにかかりゃあ、あくびをしながらでも朝飯前だってなッ!」
だが、魔導通信の声には、過酷な魔力制御に伴う激しい疲労が色濃く滲んでいた。
エアリアル・スカウト改は、執拗な追手を完全にまいて、帝都の死角へと滑り込む。
天空の塔のすぐ近くにひっそりと佇む、忘れ去られた古い魔導遺跡の廃墟へと吸い込まれるように着陸を果たす。
そこは風化した巨大な石柱が幾重にも立ち並び、人目につかない絶好の隠れ場所だった。
◆ ◆ ◆
楓は、機体が完全停止するや否や、すぐさまルピナス・ツヴァイの厳重な固定を解除し、迅速に出撃の準備を整える。
ピピが情報を伝えると、みんなも集まり、情報端末に表示された最新の立体座標をじっと見つめる。
「アオイは、間違いなくこのすぐ足元に囚われているはず。あの塔の地下深くに張り巡らされた極秘の研究施設……そこが私たちの目指すべき戦場だわ。でも、ここから先は今までとは比べものにならないほど、帝国は最強戦力を固めているみたいよ!」
そこには、敵の魔導防衛兵器がびっしりと配置されている、施設の最奥に続く映像が映し出されていた。
楓とチーム、シュヴァルツ・アインツの仲間たちは、葵の救出と、この世界の未来のすべてを懸けた、正真正銘の最後の決戦に挑むため、最終的な装備点検を静かに開始した。
彼らの背後には、不気味な紫色の魔力を放ち、天を突くようにそびえ立つ天空の塔が、すべてを拒絶するように冷たく沈黙を守り、立ちはだかっている。
楓の内に秘められた烈火のごときプラナが、ルピナス・ツヴァイの重厚な機体越しに、帝都の闇を鮮やかに切り裂き、赤々と力強く立ち上り始めた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
帝都アイゼンガルドへ潜入したシュヴァルツ・アインツ。
ピピのナビゲートとガオの改造が光るエアリアル・スカウト改で、帝国の魔導網と哨戒機を鮮やかに振り切りました。
ついに到達した「天空の塔」。
その地下深く、囚われの葵を救い出すための戦いが、いよいよ幕を開けます!
続きが気になる方は、ぜひ「ブックマーク」や「評価」での応援をお願いします。
皆さんの応援が何よりの励みです!
次回もお楽しみに!




