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第四十五話 命を賭けたメッセージ

 帝都の管理下に置かれた研究施設という名の、逃げ場のない鉄の牢獄。


 葵は。その中で二十四時間、自分を監視し続ける者たちの鋭い目を巧みに欺きながら、心の最奥に灯る希望の残り火を絶やすことなく守り続けていた。


 与えられた古代技術の解析という任務を、あたかも心酔した研究者であるように完璧にこなすふりをしている。


 施設の深部でうごめく古代兵器の真の恐ろしさとヴァイス公爵(こうしゃく)がその裏に隠し持つ本当の野望を、自らの優れた知力によって一枚ずつ剥ぎ取るように洗い出していた。


 葵の研ぎ澄まされた頭脳は、モニターに映る無機質な数値データだけでなく、背後を通る研究者たちがふとした瞬間に漏らす会話の断片や、巨大な実験装置が動く際に上げるわずかな床の震えさえも、反撃への鍵として一秒の休みもなく処理し続けている。


(この最終兵器が放つ不気味な出力波形は、何らかの事故による暴走の結果じゃない。ヴァイス公爵は最初から、救世主という耳当たりの良い仮面を被りながら、この世界を根本から作り替えるために全てを一度滅ぼすという狂った計画を仕組んでいたんだ。この最悪の真実を一刻も早く姉さんたちの元へ届けなければ、全てが手遅れになってしまう)


 絶望的な状況の中、葵の監視役を務めていたゼクスが施設内の離れた場所にある通信室へと、緊急の報告のために移動した。


 これまで張り詰めていた警戒の糸がほんの一瞬だけ、奇跡のように緩む千載一遇の好機が訪れる。


 葵は、この瞬きする間の隙を決して見逃すことはなかった。


 自らの手にある転移リングを震える指先でそっとなぞると、極秘に解析してきた古代兵器の制御コードと公爵が目指す世界の終わりを示唆するデータを、自らのプラナを絞り出して限界まで小さく圧縮し、小さな回路の中へと滑り込ませる。


 それを超低周波の特殊なプラナ信号に変換し、帝国の誇る強固な防壁のわずかな隙間をすり抜けて、遥か遠くにいる仲間たちの元へ届くことを祈り、暗闇の外界へと向けて微かな希望の粒を解き放つ。


 届く保証などはどこにもなく、もし見つかればその場で命を落としかねない、命を懸けた一か八かの大博打だった。


 その消え入りそうな信号こそが、今の葵に残された最後にして最強の反撃の矢だった。


◆ ◆ ◆


 一方、深い森に囲まれたシエルの領地にある隠れ家。


 葵との突然の別れを経てここに逃げ延びた楓たちは、窓の外に広がる静かな夜の闇を見つめながら、葵の無事を祈ると同時に彼を救い出すための術を必死に模索し続けている。


 ピピは充血した目を何度もこすりながら、慣れないエルフ国の魔導端末と自らの情報端末を複雑に接続し、徹夜で画面から流れる無数の文字列とにらめっこを続けていた。


 その表情には隠しきれない疲労と焦燥が滲んでいる。


 重苦しい絶望が部屋の隅々にまで立ち込め、沈黙が支配していた。


 その時、それまで静まり返っていた無機質な端末が、今まで一度も見せたことのない奇妙で小さい波形を捉える。


 その小さく弱い信号は、規則正しく反応を始めた。


「これは、アオイからのプラナ信号だわ! ものすごく小さくて今にも消えてしまいそうだけど、この独特のプラナの揺らぎは間違いなくアオイが発信している波長よ!」


 ピピの叫び声は安堵と興奮のあまり激しくかすれていたが、その一言は冷たい沈黙に支配されていたガレージの空気を一気に震わせる。


 彼らの心に眠っていた闘志を呼び覚ます、雷鳴のような響きを持っていた。


 楓は弾かれたように椅子から立ち上がると、ピピの肩をガシリと力一杯つかんだ。


 期待と不安が複雑に混ざり合って激しく揺れ動く瞳を画面に向けた。


「解析はできるの? ねえ、ピピさん。葵は無事なの!? あいつ今どこで、どんな目に遭っているのか分かるの?」


「今やってみるから、少しだけ待って! でも、ノイズがひどくてデータがバラバラに砕けてる……読み取れるのは……『……ヴァイ……ス……救世……は……嘘……』『……世界……再……構築……の……ため……すべ……てを……消去……』……?」


 ピピが震える声で読み上げる虫食いの言葉を、楓たちは息を呑んで繋ぎ合わせていく。


「救世主は嘘」……「全てを消去」……。


 不吉なキーワードが並ぶたびに、部屋の温度が少しずつ下がっていくような錯覚に陥る。


「待てよッ、再構築ってことは一度更地にするってことか!? 『全てを消去』って、まさか!」


 ガオが声を震わせると、シエルがその先を震える声で継いだ。


「ヴァイス公爵は、このアストラル・クロノスという世界そのものを意図的に滅ぼそうとしている……!? 暴走を止めるフリをして、最終兵器を自らの手で起爆させるつもりなんだ!」


 ピピの必死な解析作業は、そこで突如として終わりを告げる。


 葵から届いていた微弱な信号は再び帝国の魔導セキュリティの分厚い壁に阻まれ、深い沈黙の淵へと消え去った。


「葵ッ! おい、返事をしてよ、葵ッ!」


 楓は唇を血がにじむほど強く噛みしめ、自らの無力さを呪うような激しい怒りと弟を助け出せない無念さに、胸の内を煮え滾る熱い感情で満たしていた。


 ピピは溢れそうになる涙を手の甲で力強く拭き去ると、手元に残されたわずかな情報の断片に全神経を集中させる。


「信号は途絶えちゃったけど、信じられないくらい価値のある情報が手に入ったわ。アオイは無事。そして彼は今この瞬間も、たった一人で帝国という巨大な敵と戦い続けている!」


 葵が命を懸けて届けたその決死の情報によって、シュヴァルツ・アインツの面々はヴァイス公爵がその胸の内に描き続けてきた陰謀を知り、その残酷な真実を、ついに白日の下に晒すことになる。


 ヴァイス公爵は暴走を止めるために立ち上がった救世主などではなく、最終兵器を自らの手で暴走させることによって世界を一度完全に無に帰し、自らの理想と新たな秩序を築こうとする破滅の狂信者だった。


「ヴァイス公爵の暴走を何としても止めなければ、この世界に穏やかな明日は二度とやってこない。たった一人の身勝手な欲望のために数えきれないほどの人々の命と未来を、奪わせるわけにはいかないんだ!」


 シエルは毅然とした面持ちで貴族としての誇りと世界を守る騎士としての強い使命感をその瞳に宿し、静かに鋼のような硬い決意を口にした。


「でも、どうやって助けに行くの!? 葵は帝国のど真ん中、鉄壁の守りに守られた場所に捕まっているんだよ?」


 楓が焦りから声を荒らげたその時、ピピが葵の残したデータの最深部から、複雑な暗号によって隠されていた秘密の座標情報を見つけ出す。


「この場所は、帝都の中心にある天空の塔の真下よ! 間違いなく、ここにアオイが閉じ込められて無理やり何かをさせられている場所があるはずよ!」


「よし、僕のほうで帝都アイゼンガルドへの最短かつ敵の裏をかく潜入ルートをすぐに洗い出してみせる。アオイを必ず助け出し、公爵の野望をその根源から粉々に打ち砕く。それこそが、僕たちシュヴァルツ・アインツに残された、唯一にして進むべき正義の道だッ!」


 シエルの力強い宣言を背に受け、チームは葵からのメッセージという暗闇の中に差し込んだ一筋の希望の光を胸に抱いた。


 次なる決戦に向けて持てる力の全てを注ぎ込んだ極秘の準備を加速させる。


 楓の瞳には離れていても決して切れることのない葵への揺るぎない信頼と、何があっても必ず彼を救い出すという激しい炎の決意がメラメラと宿っている。


 反撃の狼煙は今、静かに、どこまでも熱く、帝国の闇を照らすように上がり始めようとしていた。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


死の危険を顧みず、命を削って届けられた葵からのメッセージ。

そこには、ヴァイス公爵の恐るべき真の野望が記されていました。

決死の覚悟で繋がれた絆が、シュヴァルツ・アインツを再び突き動かします。

葵を救い出し、帝国の狂気からこの世界を守り抜くため、彼らは帝都アイゼンガルドという巨大な敵地へ挑む覚悟を決めました。


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次回もお楽しみに!

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