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第四十四話 情報収集と潜伏

 帝国の冷徹な支配者であるヴァイス公爵(こうしゃく)を前にして、葵はあえて、その場での無意味な抵抗を捨て去った。


「協力しましょう」という言葉を、感情を一切押し殺した静かな声で口にすることで、葵は生き延びて、内部情報を掴み取るために、従うふりを演じ始める。


 女騎士ゼクスは、葵の身の安全を形だけは保障しながら、帝国の心臓部とも呼べる最重要の研究施設へ、貴重な実験動物を運ぶように彼を連行する。


 そこは、古代兵器の残骸や最新の魔導技術を詰め込んだ巨大な装置が、墓標のように所狭しと並んでいる、広大で不気味な地下空間だった。


 部屋の壁という壁には、目には見えないが、強力な防壁が何重にも張り巡らされ、外部とのあらゆる通信が絶望的なまでに遮断されている。


 その場所は、光の届かない深い海の底に作られた鋼鉄の監獄のように、耳鳴りがするほどの無機質な静寂に支配されていた。


◆ ◆ ◆


 葵は、鼻を突く冷たい機械油の匂いと、循環システムが吐き出す乾いた風を感じながら、施設の中を隅々まで観察して、心を研ぎ澄ませていた。


 研究者としての顔を完璧に演じることで、帝国側を巧みに欺きつつ、裏では監視の目を盗んでスパイとしての活動を、静かに開始する。


 葵の脳内では、ヴァイス公爵が語った世界の崩壊という言葉の嘘と真実が、鋭いメスで切り分けられ、冷静に分析を続けている。


 ヴァイス公爵の真の狙いが、世界の救済ではなく、リセットという名の破壊にあると確信した今、葵にとってこの施設は、帝国という巨像を内側から崩壊させるための、巨大な実験場に他ならなかった。


 葵は、与えられた端末や機材の僅かな隙を突き、この巨大な施設の弱点を、獲物を狙う蛇のように、音も立てずに探り始める。


◆ ◆ ◆


 一方、葵との突然の別れを経て、シエルの領地へ逃げ延びられた楓たちは、葵の無事を心から祈りながらも、彼を救い出すための新たな作戦を懸命に練り上げていた。


 エルフ国の最果てに位置するシエルの領地は、古代より伝わる広大な結界によって守られた、静かな森の隠れ家であった。


 そこは、恐ろしい帝国の追っ手であっても、たやすく立ち入ることのできない、このアストラル・クロノスにおいても数少ない安全な場所の一つだった。


「葵のこと、絶対にあたしが助け出してみせる! あんな冷たくて暗い場所に、いつまでも一人にしておくなんて絶対に嫌だよ!」


 楓は、強い決意をその瞳に宿して、自分の(こぶし)を白くなるほどにぎゅっと強く握りしめた。


 心の底では、たった一人で敵地に取り残された葵への心配が消えることはなかった。


 救出という希望だけが、彼女の胸の内で激しい炎となり、メラメラと燃え続けている。


「シエル、帝国の施設がどこにあるか、まだ分からないの!? 一刻も早く、葵のところへ駆けつけたいのに!」


「帝国は情報統制が恐ろしく厳しくて、施設の正確な場所まではまだ特定できていないんだ。すまない、僕の力不足で時間がかかってしまっている」


 シエルは、自分自身の不甲斐なさに悔しさを滲ませ、目の前の高度な情報端末を見つめていたが、その端正な顔立ちには隠しきれない焦りの色が浮かんでいた。


 葵を救い出すため、微かでも確かな手がかりを、彼は網の目のように張り巡らされた情報網から、必死にたぐり寄せようとしている。


「でも、葵ならきっと何か信号を送ってくるはずよ。ピピさん、葵が身に着けているリングとのデータリンクを全力で探して!」


 ピピは、葵の指に輝く転移リングから放たれるはずの、極めて微弱な信号を、祈るような気持ちで必死に探知しようと試みる。


 しかし、ゼクスの強固な防御壁と施設の分厚いシールドが壁となり、端末の画面にはエラーを示す赤い文字が虚しく並ぶばかりの状況が続く。


「くッ、信号が全然届かないわ! これじゃあアオイの居場所がわからない。でも、アオイなら絶対に諦めてないはず。お願い、頑張って、アオイ!」


 ピピは、唇を痛いほどに噛みしめながら、複雑なコードが並ぶ情報端末と格闘を続けていた。


 その潤んだ瞳には、葵の知性を心から信頼する強い意志が宿っており、彼女もまた、自分にできる唯一の戦いを精一杯続けていた。


 ガレージの奥深くでは、整備士であるガオが、激戦で無残に傷ついたルピナス・ツヴァイの修理と、シエルの愛機であるエアリアル・スカウトの強化に汗を流し、一心不乱に取り組んでいる。


「アオイがいないぶんまで、あたいらがしっかり支えないとな! カエデが一人でも、ルピナス・ツヴァイの持つプラナ魔導炉(まどうろ)の出力を、最大限に引き出せるよう、この制御系をガッチリと調整してやるぜ!」


 ガオの頼もしい声が、静まり返ったガレージの中に力強く響き渡ると、沈んでいた空気は一変し、チーム全体に反撃のための熱い活力が再び蘇り始める。


 ガオが振るうハンマーの音やスパナの金属音は、もう一度立ち上がろうとする、彼らの鼓動そのものだった。


◆ ◆ ◆


 離れ離れになった双子と仲間たちであったが、それぞれの置かれた場所で、彼らは、決して希望を捨てることなく、アストラル・クロノスの命運を懸けた戦いにその身を投じていた。


 彼らの心には、葵が必ず自分たちの行くべき道を示してくれるという、揺るぎない絆の炎が静かに灯っている。


 決して消えることのない信頼と愛情こそが、帝国という名の巨大な悪に立ち向かうための、史上最大の武器だった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


偽りの恭順を誓い、帝国の深淵で孤独な情報収集を始めた葵。

一方、楓たちは葵の無事を信じ、再会を期して反撃の準備を進めます。

物理的には遠く引き裂かれてしまった二人ですが、彼らを繋ぐ絆はより一層強固なものとなっていました。

それぞれが新たな道を切り拓こうとする中、次なる展開はどのような局面を迎えるのでしょうか。


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次回もお楽しみに!

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