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第三十六話 新たな希望

 シエルが命懸けで持ち帰った伯爵の悪徳を暴く決定的な証拠の数々は、エルフ国の上層部である長老会に凄まじい激震をもたらした。


 それまでの、薄氷の上に成り立っていた平穏を一瞬にして木端微塵に砕き散らす衝撃だった。


 かつて高潔な愛国者を装い、強硬派の急先鋒として尊敬を集めていたグラハム・レッドウッド伯爵は、その地位と名誉を根底から剥ぎ取られた。


 私邸の地下深くで帝国と密通していた罪により即刻逮捕されるという、あまりにも無惨な転落を遂げる。


 グラハム・レッドウッド伯爵の失脚は、エルフ国内に巣食っていた帝国寄りの勢力を一気に沈黙させた。


 代わって穏健派の旗頭であるシエルや、偏見に晒され続けてきたハーフエルフ族の叡智(えいち)、エルシェラたちの影響力がかつてないほどに増大するという、正義の勝利を象徴する劇的な転換点となった。


◆ ◆ ◆


「君たちがこの腐敗した連鎖を断ち切ってくれたおかげで、エルフ国は滅びの淵で踏みとどまることができた。この御恩、一生忘れることはないだろう。心から感謝する」


 シエルは晴れやかな朝の光が差し込むガレージで、双子に向かって敬意を込め、ふかぶかと頭を下げて感謝の言葉を述べる。


 その揺るぎない真剣な眼差しを受けた葵と楓も、自分たちの成し遂げたことの重みを再確認して気を引き締めた。


「感謝すべきは、グラハム・レッドウッド伯爵が管理していた遺跡の隠し情報からも極めて重要なデータが復元できたことだ。そこには、数千年前から沈黙し続けている、元の世界へと繋がる可能性がある古代のゲートが存在しているとの記述があったんだ」


 シエルの言葉がガレージに響いた時、双子の瞳には、これまで心の奥底で燻り続けていた故郷への帰還という切実な希望の光が激しく宿り、再び熱い情熱となって胸の内で燃え上がる。


 今度こそ、あの懐かしい世界へ帰るための道筋を掴み取る。


 その固い決意が、極限の戦いを潜り抜けてきた二人の心を再び一つにし、新たな冒険への活力を爆発させていく。


 葵は即座にピピを呼び寄せ、回収されたデータディスクに刻まれた新たな遺跡の情報の詳細な分析を開始する。


 二人の卓越した頭脳は、迷路のような情報の中から勝利へと続く最短の道筋を凄まじい速度で弾き出していった。


「遺跡の場所は確定したわ。けれど、そこは凶暴な魔獣たちが無限に増殖し生息しているという禁忌の領域、嘆きの森(なげきのもり)の最奥深くだわ。アオイ」


 ピピの透き通った声がわずかに震えていることに、葵は気づいた。


 画像の中に広がる森の光景は、陽の光を拒絶するような不気味な暗緑色に染まり、危険な死の雰囲気を漂わせている。


「シエル様、この嘆きの森を越えて遺跡まで到達するために、案内をお願いできますか? 僕たちだけでは、その森の深淵を読み解くことは難しい」


 葵の真摯な頼みを聞いたシエルは、不安を振り払うかのように力強く胸を叩いて頷いた。


 その端正な表情には、単なる協力者としての立場を超えた、生死を共にする仲間としての深い信頼と覚悟が静かに宿っていた。


「もちろんだ。僕もこの(つるぎ)にかけて、君たちと共に同行しよう。この美しき世界とエルフの未来は、他ならぬ僕たち自身の手で守り抜かなければならないのだから」


 チームは次なる冒険に向けて、一刻の予期もなく準備を進めた。


 エルシェラは新たな死地へ向かう一行を、春の月明かりのように穏やかな静謐を宿した眼差しで見守っている。


 ガオの手によってさらなる強化改修が施されたルピナス・ツヴァイは、唸りを上げ重低音を響かせながら、鋼の機体をさらに研ぎ澄ませていく。


 楓は来るべき嘆きの森での実戦を想定し、仮想空間での戦闘訓練に没頭していた。


 滴る汗を拭うことも忘れ、まだ見ぬ強敵との遭遇に武者震いにも似た高揚感をその身に纏わせている。


「今度はどんな魔獣って奴が飛び出してくるのか、今から楽しみで仕方ないよ! ねっ、葵!」


 楓は未知の惑星へ遠足にでも行くような無邪気な好奇心で目を輝かせる。


 その明るさがチーム内の緊張を程よく和らげていく。


 微笑んでいるみんなを見て、さらに楓は気合いを入れ、空中に(こぶし)を突き上げて叫ぶ。


「くらえぇぇぇッ! 双星雷氷連撃そうせいらいひょうれんげき、ツインズ・サンダー・ブリザァーード!!」


 葵は呆れたように肩をすくめ、冷静な口調で釘を刺す。


「ねえさん、魔獣はどんな生物なのか不明なのですよ! それに、何度も言いますが、僕たちはまだ雷の魔導炉を獲得していません。打てない技の名前を叫んで自分を鼓舞するのは、効率が悪すぎますよ!」


「分かってるよ、葵! でも、それくらい気合が入ってるってこと! つい、新しい必殺技でも考えたくなっちゃうくらいの気分なのよ!」


 双子とチームは新たな希望を胸に嘆きの森へ旅立つ準備を整える。


 だが、彼らが歓喜に沸くその影で、帝国の魔手はさらに底知れぬ深さで忍び寄っていた。


◆ ◆ ◆


 同じ時刻、冷徹な秩序が支配する帝国の首都アイゼンガルド。


 ヴァイス公爵(こうしゃく)は、自身の協力者であったはずのグラハム・レッドウッド伯爵が転落したという報告を耳にしながらも、動揺するどころか、むしろ待ち望んでいた余興が始まったかのような冷徹な笑みを浮かべていた。


「ふん、実に面白い。奴らがあがき、強くなればなるほど、絶望の果てに完成する計画はより美しく、残酷な輝きを放つことになる。次の段階の準備を直ちに開始しろ。今度は、奴らが隠し持っている未知の古代技術、および異世界からの転移者であるという衝撃的な事実をなッ!」


 ヴァイス公爵は、影の落ちる高い椅子に深く身を沈めた。


 仮面の下で愉悦に満ちた声を低く呟かせ、その冷酷な瞳には、この世界を滅ぼすことすら些細なこととして(いと)わない狂気の光が妖しく宿っていた。


 ヴァイス公爵の言葉は、逆らうことの許されない絶対的な支配の命令となり、ゼクスに伝えられた。


 漆黒の装甲服に包まれた彼女は、その冷徹な意志を遂行するために、無機質な静寂を纏ったまま深く首を垂れた。


 双子とチームは束の間の勝利の余韻を終え、次なる戦場、およびアストラル・クロノスの全ての命運を賭けた、後戻りのできない暗闘へ再びその足を踏み入れていった。




最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


グラハム伯爵の失脚により、エルフ国に希望の光が差し込みました。

葵たちが手に入れたデータから、彼らの運命を大きく揺るがす新たな目的地が判明します。

待ち受ける試練の先には。


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次回もお楽しみに!

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