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第二話 ここは何処だ!?

深い眠りの底から意識を浮上させ、楓が最初に感じたのは、肺に流れ込む異様に濃密な空気の重みだった。


 鼻腔を突くのは、冷たい薬品のようでありながら、どこか古びた機械の油が混ざり合った、独特で異質な匂い。


 ゆっくりと重いまぶたを押し上げると、そこは見慣れた日本の病院の、清潔な天井などではない。


 無骨に切り出された冷たい石材が幾重にも積み上げられた、広大なガレージの天井が、どこまでも高くそびえ立っていた。


 高い(はり)からは、子供の頃に読んだ古い絵本に描かれていた、真鍮(しんちゅう)製のランプに似た不思議な照明が吊るされている。


 それは電気の輝きとは明らかに異なる、生命の脈動を感じさせる淡く青白い光を、静止した空気の中に静かに放っている。


 全身を走る言いようのないだるさを振り払い、楓は掠れた声で最愛の弟の名を呼んだ。


「葵? ねぇ、葵?」


 隣を見ると、楓と同じように冷たい石畳の床の上で、葵がゆっくりと目を開けるところだった。


 常に冷静沈着を絵に描いたような彼の整った顔立ちには、今まで一度も見せたことのない、明らかな困惑と深い混乱の色が隠しきれずに浮かんでいる。


 二人は弾かれたように同時に飛び起き、自分の身体を隅々まで触って感触を確かめた。


 速度を競う世界の頂点を目指す二人は、混乱の中でもお互いの無事を確認して、少しだけ安堵の息を漏らす。


「姉さん、無事ですか。……ここは、一体どこなんだ!」


 鏡合わせのように似通った顔立ちの二人は、お互いの姿を、生きていることを噛みしめるように、穴が開くほど見つめ合った。


 だが、その立ち姿は、異世界の淡い光の中でも際対して鮮烈だ。


 姉の桜庭楓。


 快活さを象徴するようなショートボブの赤い髪を揺らし、意志の強さを物語るブルーの瞳で周囲を警戒している。


 身長は百六十三センチ。


 身体にぴったり合うレーシングスーツ越しでも見て取れるそのボディは、十五歳にしてはしなやかで、女性へと成長している最中の瑞々しい魅力を放っている。


(見る者の想像力をかき立てるような、命の輝きにあふれた魅力を放っており……というのが、楓本人の抱く理想である)


 自分の直感を信じ抜く、熱血でイケイケゴーゴーな性格をそのまま形にしたような、眩しいほどの生命力をあふれさせていた。


 対照的に、弟の桜庭葵。


 静かな夜の海を思わせる青い髪を、肩にかかるほどの長さに切り揃えている。


 IQ二百八十を超える驚異的な知性と情熱を秘めた赤い瞳が、周囲の状況を冷静に読み取り続ける。


 身長は百七十五センチ。


 姉の無茶苦茶な走りが引き起こす、殺人的な重力に耐え抜くために鍛え上げられた身体は、無駄のない細マッチョなスタイルを誇っている。


 二卵性の双子とはいえ、楓とよく似た端正な顔立ちは、冷静沈着な振る舞いと相まって、知的なイケメン……いわゆるチケメンとしてのオーラを静かに放っていた。


 そんな二人のすぐ傍らには、過酷な激戦を終えたばかりの愛機、レーシングニーラーが止められている。


  不思議なことに、激闘の痕跡である小傷一つない完璧な状態で、そのメタリックな輝きだけが、唯一の現実味を帯びていた。


「ニーラーも一緒みたいだね。葵」


「どうやら、僕たちはマシンごと、何処かの世界……いえ、異界のような場所に呼び寄せられたと考えるのが妥当なようです。大気の状態が僕たちのいた世界とは、根本から異なっていますね」


 葵が、雲を眼下に見下ろすほどの、高い窓の外を見て分析していた、その時だ。


「桜庭カエデ様、桜庭アオイ様。聞こえますか? ようやくお目覚めですね、異界の双星たちよ。私はエルシェラ・フォン・エルシュタイン。このチーム、シュヴァルツ・アインツのオーナーであり監督を務める者です」


 楓が目を丸くして葵を振り返り、ボソッと呟く。


「て、テレパシー? 頭の中に直接、声が!」


「落ち着いて、姉さん。僕たちの世界の科学では証明できない、魔術的な手段のようです」


 エルシェラは、この世界アストラル・クロノスが直面している絶望的な状況を静かに語り始めた。


 滅亡の危機に瀕した国々の再興。


 崩壊寸前となった弱小チームの再建。


 それらを成し遂げるため、彼女の持つ(いにしえ)の転移リングが、異界から救世主となり得る双子を呼び寄せたのだと告げられる。


(まっ、マジかぁあ? 何で、あたしが!? 何で、僕が!?)


 流石は双子! 同じ事を同時に思い、感じていた。


◆◆◆


 重厚な石の扉がゆっくりと開き、三人の女性が室内へと姿を現した。


 先頭を行くのは、虎を思わせるしなやかな筋肉を持つ獣人族の女性、ガオ・タイガー。


 その後ろには、大きな翼を背中に折り畳んでいる鳥人族の女性、ピピ・コカトリスが、知的な眼鏡の奥から双子に視線を送っている。


 中心に立つのは、長く尖った耳を持つハーフエルフの女性、エルシェラと紹介された。


 彼女の右手の薬指には、何故なのか? 不思議に目をひかれる、銀色のリングが()られていた。


 葵は、自分の右指にいつの間にか嵌められていた銀色のリングを鋭い目で見つめる。


 エルシェラのリングに似ているデザインに気付き、冷静に尋ね返す。


「このリングは何ですか? 何で僕たちにも、エルシェラ様と似たリングが嵌められているのでしょう?」


「そのリングは、あなたがたが元の世界へ戻るための、唯一にして絶対の希望なのです。ですが、リングを再び動かすには膨大なエネルギーが必要です。この世界に眠る結晶から採取するか、あるいは機動魔装機(きどうまそうき)、マギアスによる公式バトルで勝利を重ね、その報酬として得るしか道はないのです」


「プラナ? プラナ()? 一体、それはなんなのですか?」


 葵が、冷静に問い返すと、エルシェラは慈しむように頷き、その瞳を真っ着くに合わせる。


「それは、別世界から選ばれた方にしか宿らない、純粋なる生命の力。楽しい、嬉しい、悲しい、怒り……あなたが生きているからこそあふれ出す感情の力そのものです」


「感情が力になる? エルシェラ様、失礼ですがそれはあまりに非科学的だ! 僕たちは魔力を持たない。感情だけで機械を動かすための、論理的な裏付けが今の説明では足りません」


 葵の赤い瞳が、冷静に彼女を射抜く。


 エルシェラは静かに、だが確信を持って応えた。


「そのリングこそが、あなたの知性を力へと繋ぐ唯一の架け橋なのです。古のプラナ炉は、感情という名の不確定な波形を、純粋なエネルギーへと変換し、増幅する仕組みを持っています。あなたの持つ知識が深ければ深いほど、炉はあなたの認識をそのまま物理法則へと書き換えるでしょう」


「変換と、増幅……つまり、リングが僕たちの生体信号を読み取り、プラナ炉がそれを疑似動力として出力する。面白い。得体の知れない神頼みならお断りですが、僕の知性が武器になるというのなら、話は別だ!」


 まだ未知への懸念は拭えない……だが、自分の理論がこの世界の理を御するための設計図になり得るなら、挑戦する価値はあると葵は考えた。


「この未知のエネルギー……僕の理論で、制御できるかもしれない。いえ、してみせます。それが可能なら、この世界は僕たちにとって巨大な実験場だぁぁーっ!」


 楓も、嵌めされていた銀色のリングに目を輝かせ、テーブルに身を乗り出して食いついた。


「ねぇねぇ、バトルってどんなバトルなのさ? バトルに勝てばいいんでしょ! あたしたちは元の世界に戻れるんだよね!」


 腕を組んだガオが、野性味あふれる笑みを浮かべて応える。


「アリーナでのタイマンガチンコバトルだよ。勝てば敗者から何か二つ、奪うことができるのさ。それが報酬であると同時に、お前らが元の世界に帰るための、エネルギー源になるのよ」


 ピピが情報端末を操作しながら、クールに補足した。


「最大限の注意を払っておりますが、最悪パイロットの命を落とすこともあり得る、厳しい世界です。事前の情報収集と分析が、生と死を分けることになるわ」


 彼女の視線が葵とぶつかった時、そこに微かな期待が煌めいた。


 楓は、自分たちの帰る道が、目の前の戦いの中にあることを、野生の直感で確信する。


「分かったわ! やるしかないでしょ! とことんやってやろうじゃない! まずはこのボロチームを、あたしたちが、この世界一まで押し上げてみせるわよ! なっ、葵!」


「はぁ、相変わらず無計画ですね、姉さんは。でも、このニーラーを古の秘宝プラナ炉と融合させて改造し、僕たちでも魔法が使えるように、最強のマギアスに仕立て上げてみせる。それが僕の最初の仕事になりそうです」


 葵がピピと視線を交わし、知的な微笑を浮かべる。


「情報の連携、頼めますか? ピピさん」


「ええ、もちろん。腕のいい技術者との共同作業は、望むところよ」


 熱血な姉を、冷静な弟が支える。


「あたしたちは最強の桜庭ツインズなのよ! やれないことなんて、一つだってありはしないわ!」


 次元の壁を越え、異世界に降り立った双子。


 彼らの新たなる戦いの日々が、今、魂を震わせる叫びと共に幕を開けた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

双子の絆と成長、これからも全力で描いていきます。


続きが気になる方は、ぜひ「ブックマーク」や「評価」での応援をいただけると嬉しいです!

次回もお楽しみに!


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