第十五話 葵の焦燥、ピピとの距離
帝国軍副官ゼクスをしりぞけ、報酬として得られた最高純度のエーテル結晶と古代技術のデータディスクは、シュヴァルツ・アインツに計り知れない恩恵をもたらした。
広大なガレージ内には、勝利の余韻などどこへやら、ガレージには魔導溶接の火花が飛び散り、重々しい金属音が響き渡っていた。
技術主任のガオは、早速ルピナス・ツヴァイの抜本的な修理と、帝国から奪取した未知の技術を応用した、新型防御システムの開発に没頭していた。
特に、ガオが注目したのはコアレス駆動機の情報から得られたエーテルエネルギー流体装甲の理論であり、これをルピナス・ツヴァイの装甲材へと無理やり落とし込もうとしている。
それは、右腕と左腕の装甲密度を、双子から供給されるプラナの量に応じて瞬時に変化させ、物理的な衝撃をいなす適応型防御システムだった。
近接格闘戦において、シャドウ・ファントムの刃に切り裂かれ、敗北の淵まで追い詰められたあの経験を糧にした、ガオ渾身のチューニングが唸りを上げる。
「これなら、どんなに鋭利な一撃が飛んできたって、あたいのルピナス・ツヴァイは、笑って耐え切ってみせるわよ!」
ガオは、太い腕と明晰な頭脳をフル回転させながら、興奮気味にサブモニターへ複雑な数式をたたき込み、神業に近い速度で調整を続けていく。
ひたいから流れる汗と、真っ黑な機械油にまみれた彼女の顔は、かつてないほどの充実感と、最高峰の機体を造り上げようとする技術者としての誇りに満ち溢れていた。
◆ ◆ ◆
一方、葵はガレージの静かな一角で、ピピと共に、帝国のデータディスクの深層解析と、今後の戦略会議に明け暮れていた。
ディスクには、古代兵器に関する断片的な、しかし極めて重要な記録が遺されており、それはこの世界の正史には決して記されていない、恐ろしい歴史 of 闇に触れる内容だ。
二人は、目の前に浮かび上がる膨大な情報のホログラムを前に、食事の時間さえ惜しんで、熱を帯びた議論を戦わせ続ける。
葵は、解析された不気味な文字列を指し示し、自らの推測をピピへと淡々と、しかし鋭く伝えた。
「ピピさん、この記述を見てください。古代兵器は元々、世界の理を乱すエーテル反応を検知し、そのバランスを強制的に保つための監視システムとして設計されていたようです。しかし、その自律防衛機構が、何者かの手によって外部から意図的に暴走させられた形跡がある」
ピピが、蒼い瞳を不安げに揺らしながら、葵の真剣な横顔をじっと見つめて問いかける。
「何者かって……それはやはり、魔導帝国ゼルガディスを指しているのかしら? アオイ」
「可能性は極めて高いでしょう。公爵の背後にいる帝国は、眠れる古代兵器を無理やり覚醒させ、その絶大な武力で世界を再定義しようとしているのかも知れません」
葵の頭脳は、戦術、帝国の陰謀、そして帰還へのプレッシャーで常にオーバーヒート寸前だった。
葵は、この異世界で自分たちを信じ、命を預けてくれている仲間の未来、誠意を尽くしてくれるエルシェラの期待、唯一無二の肉親である姉の命を、自身の背中にすべて背負い続けている。
葵の表情は、以前にも増して峻厳なものとなり、最近では年相応の柔らかな笑顔を見せることすら、殆どなくなっていた。
ピピは、そんな張り詰めた糸のような葵の様子を傍らで見ていて、胸を締め付けられるような想いで声をかける。
「アオイ、少しだけでも目を閉じて休んだ方がいいんじゃないかしら? 顔色がひどく悪いわよ」
「いえ、大丈夫です。今は一秒でも早く、敵よりも多くの情報を集め、優位に立つ必要がありますから」
葵の感情を削ぎ落としたような、そっけない返答に、ピピは小さく唇を噛み、寂しそうな表情を浮かべて俯いた。
彼女は、共に戦い抜く中で、葵という少年の持つ真っ直ぐな強さに、強く惹かれ始めていた。
しかし葵の心は、常に現実の攻略と、姉である楓の安全、および故郷への帰還という、逃げ場のない目的で埋め尽くされている。
「アオイは本当に、お姉さん思いなのね」
「姉さんとは、幼い頃からサーキットで互いの背中を見て育ってきましたから。後先考えずに突っ走る姉さんを、僕が後ろから支えなければならないんです。それに、ピピさんにも多大な苦労をかけている。精度の高い情報収集、本当に心から感謝しています」
不意に投げかけられた、葵からの素直な感謝の言葉。
ピピは驚いて、頬をイチゴのように真っ赤に染め、動揺を隠すように俯いた。
葵は、その様子に気づいているのか、あるいはあえて無視しているのか、相変わらずクールな表情を崩さぬまま、次のデータへと視線を戻す。
二人の間に漂う、甘酸っぱくも、どこかもどかしい空気感を、少し離れた場所から、楓が微笑ましそうに見守っていた。
楓は、隣で書類を確認していたエルシェラの元へこっそりと近づくと、悪戯っぽく耳打ちをする。
「あーあ、私の弟は本当に鈍いなぁ。ピピさん、あんなに顔に出てんのに、完全に葵のこと好きじゃん」
エルシェラも、二人を見つめ、静かに頷いて応えた。
「若者たちが育む淡い恋愛模様も、この過酷な世界における、数少ない、あるいは何より美しい救いの一つですわね」
楓は愉快そうに笑いつつ、葵に向ける視線には、姉としての慈しみだけではない、どこか複雑な色が混じっていた。
この、異世界という極限状況において、葵の冷徹なまでの冷静さとその存在は、楓自身の正気を繋ぎ止めるための、最後の一本の鋼鉄のワイヤーでもあった。
葵の内に渦巻く焦燥と、ピピとの間に横たわる、手を伸ばせば届きそうで届かない微妙な距離感。
チームは、次なる死闘に向けて着々と準備を進めてはいたが、それぞれの胸中には、形を変えた様々な想いが激しく渦巻いている。
魔導帝国の冷たいかげは、すぐ足元まで忍び寄っており、この束の間の休息も、まもなく終焉を迎えようとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ゼクスとの激闘を経て、チーム・シュヴァルツ・アインツは着実に進化を遂げています。
ガオが作り上げる新型防御システム、そして帝国の闇を暴こうと必死に解析を続ける葵とピピ。
しかし、故郷への帰還と仲間を守る責任を一身に背負う葵の心は、限界を超えた焦燥に蝕まれ始めていました。
そんな葵を案じるピピの想いと、二人の間に流れるもどかしい空気。
束の間の休息の中、帝国の影はすぐ足元まで忍び寄っています……。
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次回もお楽しみに!




