第十四話 勝利の代償
嵐のような激闘が終わり、広大なアリーナには、鼓膜が痛くなるほどの沈黙が戻っていた。
漆黒の暗殺機、シャドウ・ファントムを打ち破ったルピナス・ツヴァイは、ボロボロの痛々しい姿ながらも、勝利を祝うように装甲から鈍い銀の光を放っている。
コックピットの中で、ホッとした気持ちと不安を感じていた楓は、隣の弟へと顔を向けた。
「勝ったんだよね? 私たち……葵?」
楓の問い掛けに対し、葵はモニターの数値を見つめながら、努めて冷静な声で報告する。
「ええ。しかし、無傷ではありません。左腕の装甲は完全にはがれ落ち、右腕のブレードも壊れています」
その時、沈黙を保っていたシャドウ・ファントムの重いハッチが開き、パイロットであるゼクス自身が姿を現した。
彼女は無表情のまま、地上から双子の機体を静かに見上げていた。
楓と葵もまた、ルピナス・ツヴァイからアリーナの冷たい床へと降り立った。
同時に、控え室で見守っていたエルシェラ、ガオ、ピピの三人も、弾かれたように彼らの元へと駆け寄る。
「見事な連携でした。あなた方の勝利を認めます」
ゼクスは、感情の動きが一切読み取れない声で負けを認めると、駆け寄ったエルシェラに向かって、金属製の箱を投げ渡した。
「これは、ヴァイス公爵様からの報酬です」
ゼクスは冷ややかな視線を、不思議そうな表情を浮かべる双子へゆっくりと移す。
「そして、敗者として、あなた方に一つ情報を提供します」
「情報ってナニよ?」
隠しきれない不満をたっぷり込めた口調で、楓がゼクスを射抜くように睨みつけながら尋ねた。
「あなた方の秘密は、我々帝国の最高機密として守られることになりました。ただし、条件があります。今後、帝国がおこなう秘密の作戦を、無条件で受け入れてもらいます」
楓と葵は、その言葉の意味を瞬きする間に理解し、互いに顔を見合わせた。
それは、自由を奪われ、帝国の影の手先として動き出すことを意味している。
「そんなの……」
楓が思わず反論しようとしたが、葵がそれを制す。
「分かりました。ただし、僕たちの目的はあくまで元の世界へ帰ることです。その目的を邪魔しない範囲でなら、協力します」
秘密がバレて、世界中から追われる身になるよりは、遥かにマシな選択だからだ。
「賢明な判断です。異世界から来られた者よ」
ゼクスは初めて微かな笑みを口元に浮かべ、満足そうに深く頷いた。
「あなた方に連絡が入るかもしれません。それまで、腕を磨いておくことです」
ゼクスはそう言い残すと、漆黒の機体、シャドウ・ファントムを輸送車両に乗せ、アリーナを去っていった。
彼女の細い背中には、恐ろしいほどの力と、すべてを思い通りに動かしているような、冷たい自信が漂っているように、葵には見えた。
錆びた鉄の味のような複雑な思いを胸に、シュヴァルツ・アインツの面々は、ガレージへと戻ることにした。
◆ ◆ ◆
数時間が過ぎ、ガレージに戻った一行は、エルシェラの号令に、すぐに手に入れた報酬の調査を始めた。
ガオが金属製の箱を受け取り、そのロックを解除して押し開けると、まばゆい光がガレージを埋め尽くした。
「うおッ! なんだこりゃ、資料本でしか見たことねぇ、最高純度のエーテル結晶じゃねーか!」
ガオは興奮を抑えきれず、結晶の塊を抱え上げると、職人としての本能のままに、歓喜の声を張り上げた。
「これだけあれば、ルピナス・ツヴァイのプラナ魔導炉とブースターをさらに強化できるゼ! これで重くなっても怖くねえ! ……って、待てよ。エルシェラ、アオイ、まずは転移リングに使うエーテルエネルギーを確保するのが先か?」
エルシェラは重く頷き、ガオの目の前で転移リングの操作盤を動かした。
「その通りよ、ガオ。この結晶の六割は、帰還をするためのエネルギーに溜めることが最優先です。残りの四割を、ルピナス・ツヴァイの修理と、緊急の強化に使いましょう。戦闘力が上がれば、次の依頼でさらに多くの報酬を得られるかもしれませんから」
葵もまた、エルシェラの冷静な判断に深くうなずく。
「ありがとうございます、エルシェラ様。僕たちは帰還することが第一の目標です。この結晶は、僕たちの命綱になります」
一方、ピピは結晶と一緒に収められていた黒いデータディスクを自分の情報端末につなぎ、深層部分のデータを調べ始めた。
解析の文字がモニターを埋め尽くすにつれて、彼女の顔からは次第に血の気が引き、険しい表情へと変わっていく。
「信じられない……このディスクには、古代の文明の兵器開発に関するデータと、マギアス技術の核心が含まれているわ。特に、コアレス駆動の理論に関する情報は、私たちが進めていた研究を遥かに超えているわ」
エルシェラは腕を組み、深刻な顔でモニターを見つめた。
「帝国は、この技術を元にシャドウ・ファントムを作ったのね。ルピナス・ツヴァイをテストに使い、その力を確かめた。このデータは確かに貴重だけど、同時に私たちに帝国の底知れない力を見せつけるためのデモンストレーションだったのでしょうね」
勝利の代償はあまりに重く、この世界の常識を覆すほどの脅威がチームに突きつけられていた。
◆ ◆ ◆
作業の合間、楓は深く傷ついて沈黙するルピナス・ツヴァイの横に座り込み、弟に不安を漏らした。
楓の表情には、勝利の喜びよりも、誰かに利用されることへの強い拒否感が滲み出している。
「葵、あれで良かったの? 秘密を守るためには仕方がなかったんだよね? でも私たちが、まさか帝国の手先として、この異世界で戦うことになるかもしれないなんて……」
葵は静かに姉の隣に腰を下ろし、感情を抑えた瞳で状況を整理する。
「はい、姉さん、今は生き延びることが一番大事です。僕たちが帝国の依頼を受け入れたのは、時間を稼ぐためと、情報を集めるためです。ヴァイス公爵は、僕たちの秘密を知りながら、それをあえてバラさなかった。これは脅しであると同時に、僕たちの価値を認めたということ。この状況を利用して、帝国の本当の目的を探る必要があります」
葵の言葉には、冷徹な作戦家としての顔が宿っている。
その時、エルシェラが転移リングの画面を開くと、そこにはエネルギーの貯まった量が増えている表示と、新しい技術情報が追加されていた。
「これだけのエネルギーがあれば、帰るための準備が少し早まるかもしれません。でも、同時に帝国という巨大な敵の駒にされかかっています。情報を集めることと機体の強化、どちらも急がなくてはいけません。この報酬は、お二人を縛るための鎖でもあるのですから」
ピピは心配そうに呟き、データの解析を続けながらも、葵への信頼と、事態の深刻さの間で激しく揺れていた。
それぞれの持ち場についたシュヴァルツ・アインツのメンバーは、誰からともなく再び作業に没頭し始める。
勝利の余韻に浸る暇さえあたえられず、二人の異世界での戦いは、もはやスポーツとしてのバトルリーグを超え、国同士の巨大な陰謀の渦の中へと深く、深く巻き込まれていく。
元の世界への帰還という希望は、まだ遠い……それは、帝国という巨大な迷路へ、自分たちが足を踏み入れたことを意味していた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
激闘の果てに掴んだ勝利。しかし、その代償はあまりに重く、シュヴァルツ・アインツは帝国という巨大な迷路の入り口へと立たされてしまいました。
楓が抱く利用されることへの拒否感と、葵が胸に刻む帰還への冷徹な意志。
二人の前には「帝国の手先」という新たな運命が立ちはだかります。
勝利の余韻に浸る間もなく、彼らはリーグ戦という枠組みを完全に超え、この世界の深淵へと足を踏み入れてしまいました……。
続きが気になる方は、ぜひ「ブックマーク」や「評価」での応援をいただけると嬉しいです!
次回もお楽しみに!




