第十三話 漆黒の刺客
決戦の朝、チーム・シュヴァルツ・アインツを乗せた大型輸送機は、帝国が厳重に管理する、地図にも載っていない不気味なアリーナへと向かった。
エルフ国のゲートから特別な大型転移装置を通り、移動した先は帝国の首都近郊。
冷たいコンクリートと魔法の金属でできた、無骨な軍事用の演習場だった。
これまでの華やかな公式リーグとはまったく違い、観客席には一人も人影がない。代わりに帝国の重武装兵たちが不気味に並び、肌を刺すような威圧感で辺り一帯を支配している。
「本当に、お客さんも入れない、文字通りの処刑場ってわけね」
周囲を威圧するように囲む帝国の警備兵たちを睨み返し、楓がハンドルのグリップを、指が白くなるほど強く握りしめてつぶやいた。
「ええ。これはあくまで帝国側による、お二人の能力を測るための実力調査に過ぎません。ですが、もしここで負ければ、待っているのは死よりも過酷な運命でしょう」
通信機から響くエルシェラの声にも、隠しきれない不安と、最悪の事態を覚悟したような震えがまじる。
◆ ◆ ◆
控え室の冷たい沈黙の中、ルピナス・ツヴァイはガオの手によって、最終調整を完璧に終え、獲物を待つ飢えた獣の静けさで佇んでいる。
ガオが寝るまも惜しんで叩き上げた強化装甲は、鈍い銀の光を放ち、以前よりも遥かに頑丈な風格を機体に与えている。
「アオイ、直前のスキャンでも相手の核コア位置はいまだに不明よ。戦闘中の魔力の流れから、物理的な弱点を探るしかないわ!」
ピピが血の気の引いた指先で情報端末を操作し、葵のメインモニターへ解析データを映しながら、余裕のない必死な声で報告を伝えてくる。
「了解しました。姉さん、今回はいつもの数倍慎重に動いてください。相手はゼクス。間違いなく、戦うことだけを目的に作られた、感情を持たない本物の軍人です」
葵が極めて冷静な、しかし冷徹な判断力を込めた声で、隣に座る姉へと最後の指示を出す。
「分かってるって! あたしたちだって、命懸けで修羅場を潜り抜けてきた、誇り高きレーサーだよ。あんな人形みたいな女に、自分たちの居場所を奪わせたりしない!」
楓が、喉の奥から絞り出すような決意を口にすると同時に、感情の欠片もない機械の声が、凍りついたアリーナに響き渡った。
『これより、帝国軍特殊部隊とチーム・シュヴァルツ・アインツによる、非公式バトルを開始する。両機、戦場へ入場せよ』
ルピナス・ツヴァイが重い足音で大地を震わせながら入場すると、正面のゲートからは、漆黒の装甲を纏った小型の機動魔装騎が、音もなく滑り出してきた。
機体名はシャドウ・ファントム。
その姿は、これまでのどの機体とも全く違い、悪夢がそのまま形になったような、不気味さを備えている。
「……あれは、本当にマギアスなの? 葵、心臓が痛いよ。嫌な予感が止まらない」
楓が本能的な恐怖で喉を鳴らし、葵に確認を求めた、その時だ。
『バトル、スタート!』
開始の合図が轟くと同時に、シャドウ・ファントムは物理法則を無視したような滑らかな動きで、瞬時にルピナス・ツヴァイの懐……敵の吐息さえも肌に感じるほどの距離まで踏み込んでくる。
これこそがゼクスの操る極限の機動、シャドウ・ダンス。
その動きは捉えどころのない死神の影で、最新鋭のレーダーにも、双子の視覚にも、実体のない残像すら残さない。
楓は直感的にルピナス・ツヴァイをニーラー形態に変形させ、爆発的な加速で距離を取ろうとする。
だが、漆黒の機体は黒い霧の飛行能力で、、しつこく背後を食らいついてくる。
「速すぎる!? 今までの相手とは次元が違いすぎるよ! クソッ、どこを狙えばいいのよ!」
相手の漆黒の機体からは、一切の迷いがない、刺すような殺意が放たれていた。
見えない斬撃が、ルピナス・ツヴァイの装甲を無慈悲に、正確に引き裂いていく。
赤い右腕の装甲が深く削られ、激しい火花と共に、耳障りな警告音が狭いコックピット内に鳴り響いた。
「きゃあ!? 葵、右腕の反応が消えかけてる!」
「ダメージは軽微です、ガオさんの補強が耐えています! 相手は超高速の格闘戦が主体だ。だから……姉さん、今は無理に攻めず、守りに全神経を集中させてください!」
楓は必死の形相で、本来は守りの武器を持たない機体を翻して耐える。
だが、シャドウ・ファントムの猛攻は激しく、止まることを知らない。
漆黒の機体はアリーナを踊るように駆け巡り、装甲の継ぎ目を的確に狙って、冷酷にその身を削ぎ落としていく。
「このままじゃ追い詰められちゃうよ! 葵、何か手はないの!?」
「ピピさん、情報収集を続けてください! 相手の核コアは、一体どこにあるんですか!?」
ピピもまた、かつてない壁に突き当たり、そのきれいな顔を絶望に近い焦りに歪ませている。
「それが、分からないのよ! どの部分を調べても、全身の装甲の厚みや魔力反応が均一すぎて、核となる反応がどこにも見当たらない……!」
通信機から聞こえるエルシェラの声が、震え上がったように驚きに満ちた。
「核コア反応がない? まさか、機体そのものに魔力を分散させる古代の技術だと言うのですか。帝国は、世界を滅ぼす禁断の力にまで手を……!」
エルシェラの必死な声を聞いたその時、楓の心の奥底にある、プロの勝負師としての不屈の闘志に火がついた。
「核コアがないなら、機体ごと粉々に砕いて動けなくするしかない! 葵、あたしたちに難しい作戦なんて必要ないよね!」
「ええ。僕たちの直感と……互いを信じる力に、すべてを賭けましょう!」
二人は鏡合わせのように強く頷き、同時に唯一無二の行動を開始する。
楓はルピナス・ツヴァイのプラナ魔導炉にすべてのプラナを注ぎ込み、エネルギーを赤い右腕に極限まで集中させ、拳を固める。
同時に葵は、左半身のプラナ魔導炉にプラナを流し込み、防御の切り札を叫んだ。
「やられるものかッ!! 出ろ!……最大氷壁、アイス・ウォールッ!!」
葵の渾身の叫びと共に、周囲の空気が一瞬で凍りつき、巨大な氷の壁がゼクスの目前に突き出る。
シャドウ・ファントムは、楓の斬撃を影のような身のこなしで紙一重でかわし、冷酷なカウンターをルピナス・ツヴァイの喉元へと向けた。
その殺意の刃が届く直前、葵が展開した絶対零度の障壁が、ゼクスの視界を遮るように、何枚も何枚も出現した。
「なにっ! 盾も持たぬ機体が、なぜこれほどの防御術式を……!?」
相手の機体が、戦慄いたように一瞬、動きを止めた。
その時、葵の氷の冷気と、楓が練り上げた熱気が至近距離で衝突し、制御不能なエネルギーの爆発が巻き起こった。
「くらえぇぇぇッ! 今だよぉぉぉお!」
空気を震わせる楓の叫びが響き、ニーラー形態に変形させた。
激しい火花と爆発の衝撃の中、楓はニーラー形態から、バネが跳ねるような勢いで強引にマギアス形態へと変形させる。
下から突き上げるような変形加速のすべてを右拳に乗せ、楓は死角からシャドウ・ファントムの懐へ弾丸のように潜り込んだ。
常に感情を殺していたゼクスの声が、今、初めて屈辱に震えて歪んだ。
体勢を完全に崩したシャドウ・ファントムに対し、楓は全エネルギーを右拳に集中させる。
唸りを上げる熱き一撃が、シャドウ・ファントムの頭部を正確に捉え、下から力任せにカチ上げた。
「もらったぁぁーーッ!! 熱火一撃、ファイヤー・アッパァァアアアッ!!」
凄まじい衝撃により、ルピナス・ツヴァイの巨体も一瞬宙に浮き上がる。
パキィィィィン!! という金属の砕ける悲鳴と共に、シャドウ・ファントムのメインモニターが粉々に粉砕され、機体は糸の切れた人形のように機能を停止する。
頭部を破壊されたシャドウ・ファントムは、その場に崩れ落ちるように膝をつき、二度と動くことはなかった。
◆ ◆ ◆
キィーーンと耳鳴りがするほどの静寂。
アリーナには勝利を告げる機械的なアナウンスだけが、虚しく響き渡る。
『勝負あり。勝者、シュヴァルツ・アインツ!』
双子は、ボロボロになり煙を上げるルピナス・ツヴァイの中で、互いの無事を確認するように深い安堵の息を漏らした。
「勝ったね、葵。だから……次も、絶対に負けないからね」
「ええ、姉さん。チームの仲間がいれば、帝国の影なんて怖くはありません。最後まで、この道を進み続けましょう」
二人はついに、帝国の誇る最強の刺客を打ち破った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
追い詰められた状況からの大逆転。
楓の闘志がルピナス・ツヴァイに火を灯し、葵の冷徹な分析がその炎をコントロールする――まさに二人の「魂」が共鳴したバトルでした。
核を持たぬシャドウ・ファントムという未知の強敵を打ち破ったことで、双子の絆は確固たるものになりましたが、敵の懐深くに踏み込んだことで、彼らは帝国の底知れぬ闇に触れてしまったようです。
シュヴァルツ・アインツの進む先に、さらなる試練が待ち受けています。
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次回もお楽しみに!




