第十二話 それぞれの想い
帝国からの、実質的な最後通告とも言える挑戦状は、チーム、シュヴァルツ・アインツの若き肩に、かつてないほど重く、逃れようのない重みを持ってのしかかる。
行政庁舎での緊迫した話し合いを終え、ガレージへと戻った一行を待ち受けていたのは、狂気すら感じさせる最終調整の時間だった。
これまでの勝利を祝うような明るい空気はどこにもない。
全員が石像のように表情を硬く強張らせ、無言のまま作業を続けている。
ただ機械の作動音と、焦りを煽る火花だけが散っていた。
「相手は帝国直属、影の騎士団の副官。軍事機密という厚い壁に邪魔され、役立つデータがほとんど存在しない。だから……僕たちの世界の分析方法を、この世界の魔法理論の限界まで叩き込むしかないんです」
葵が険しい、迷いのない眼差しで言うと、重苦しい空気を振り払うようにガオへ深く頭を下げた。
「おう、あたいに任せておきな! ありったけの最高級の材料と、あたいの魂を根こそぎブチ込んでやるわ。ルピナス・ツヴァイを、どんな不条理も跳ね返す無敵のマギアスに仕上げてやるぜッ!」
ガオの豪快な返答がガレージに響き渡るが、決戦前夜特有の張り詰めた空気が、冷たい霧となって漂い続けている。
楓は、いつものように仮想空間での戦闘訓練に打ち込んでいた。
だが、そのルピナス・ツヴァイの動きはどこかぎこちなく、焦りが動きの端々に鋭いトゲとなって現れている。
「姉さん、一旦機体を止めてください。感情に任せてプラナを使い果たすのは、最悪の愚策だ。今は静かに目を閉じて、自分の中の熱をコントロールすることだけに集中するんだ」
葵の声を受け、楓は仮想空間の装置を停止させた。重いヘルメットを脱ぎ捨て、汗ばんだ顔で葵に視線を向ける。
「わかってるよ、理屈ではね。でも、どうしても不安なんだよ。もし負けたら、葵やみんなにどれだけの迷惑がかかるか。あたしたちの秘密がバレたら、すべてが終わっちゃう。だから……どうしても手が震えちゃうんだよ」
葵は、静かに楓の元へと歩み寄った。
震えている肩に優しく、確かな信頼を込めて、そっと手添える。
「大丈夫ですよ、ねえさん。僕たちは二人で一つ、双星のパイロットです。技術のガオさんや情報のピピさん、導き手のエルシェラ様だっている。僕たちは決して一人じゃない。胸を張って、僕たちの全てをぶつけましょう」
その光景を、ピピは少し離れた場所から見つめている。
彼女の瞳には、血の繋がりを超えた双子の強い絆に対する純粋な憧れと、葵という少年に対する、言葉にできない微かな熱を帯びた想いが入り混じっていた。
「あなたたちを見ていると、本当に不思議な気持ちになるわ。言葉を超えた絆、本当に、心から通じ合っているのね。私にできることなら、どんな危険を冒してでも、二人を守り抜きたいって思えるの」
楓は、ピピの繊細な羽を傷つけないよう、細心の注意をはらいながら、その細い肩に気さくに腕を回し、肩を組んだ。
「いつも情報収集をありがとうね! ピピさん。ピピさんだって、大切なシュヴァルツ・アインツの仲間じゃない。明日も特等席で、あたしたちの勝利をしっかり見届けてよね!」
◆ ◆ ◆
夜も更け、ガレージの片隅にある大きなお風呂からは、真っ白な湯気が立ち上っていた。
ガオが人知れず過酷な採掘場から持ち帰った、高いエネルギーを持つ熱魔石を湯船に沈めることで、この場所では常に温かなお湯が供給されている。
楓は、ガオやピピ、エルシェラと共に、広々とした湯船に身を浸していた。
「はぁ~、生き返るわぁ。このお風呂、マジで最高! この魔石のおかげで、体中のプラナがみるみる回復していくのが分かるよ。戦いの前の不安なんて、このお風呂に全部溶かして流しちゃおう!」
「明日はあたいが仕上げた最高傑作、ルピナス・ツヴァイを見せつけてやらなきゃな。負けたら承知しないわよ。カエデ、あたいの魂に応える最高のバトルを見せなさいよ!」
ガオが、濡れた長い髪をかき上げながら、お風呂場に響き渡るような声で豪快に笑う。
「アオイのあの冷静な分析力には、本当に心の底から驚かされているの。私のような専門家でも、彼の柔軟な発想には追いつけない。だから……彼をもっと近くで、支えてあげたいって思うのよ」
ピピはぽつりと本音を口にし、その頬を、湯船の石が放つ赤い光よりも濃く染めていた。
「あはは! 葵は昔からああいう性格なの。データと数字、効率の鬼って感じ? でもね、本当は、誰よりも優しくて不器用な奴なんだよ。ピピさんみたいな人がいてくれて、葵もきっと救われてると思うなぁ」
やがて女性たちが浴室をあとにすると、今度は葵が一人でお風呂へと足を踏み入れた。
葵は静まり返った浴室で、一人静かに湯船に身を任せる。
天井へと立ち上る湯気を見つめながら、明日の戦術を幾通りも頭の中で組み立てては、壊していた。
帝国軍の女性副官、ゼクス。
一体どんな機体で、どんな理不尽を仕掛けてくるのか。
データが存在しない以上、姉の爆発的な直感と、自分の現場での分析にすべてがかかっている。
ピピさんやガオさん、エルシェラ様、僕たちは決して一人で戦っているわけではない。
だからこそ、みんなの中で誰よりも冷静でいなければ、仲間を守ることはできない。
(しっかりしろ、桜庭葵!)
◆ ◆ ◆
葵が決意を新たに湯船から上がり、ガレージへ戻ると、そこには最終調整を終えた、ルピナス・ツヴァイが月明かりの下で佇んでいた。
ガオの神業によって磨き上げられた装甲は、右の赤と左の青という左右で違うカラーリングをより鮮明に、圧倒的な存在感として刻み込んでいる。
楓は、迫りくる緊張を胸の奥へ押し殺すように長く息を吐き、愛機を見上げて静かにつぶやいた。
「いよいよ明日だな……葵。だから……この戦い、絶対に勝とうね」
「ええ。僕たちにとって、人生で最も過酷な、本当の戦いです。切羽詰まった状況ですが、必ず勝ちましょう。二人で、元の世界へ戻るために。自分たちの絆の力を、帝国に見せつけてやるんです」
双子は言葉少なに、しかし固くお互いに頷き合い、来るべき運命の決戦に向けて、深い眠りについた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
帝国の影が迫る中、シュヴァルツ・アインツの面々はそれぞれの想いを胸に、ルピナス・ツヴァイとの最終調整に挑みました。
ガオの魂が込められた機体、ピピの支え、そして葵と楓、双子の絆。
全てを懸けて挑む明日という日は、彼らにとってこれまでにない過酷な「運命の分かれ道」となりそうです。
逃げ場のない二週間を乗り越え、いよいよ始まる帝国との激突。
果たして、二人の連携は絶対零度の壁を打ち破れるのか……? ぜひ、その結末を見届けてください!
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次回もお楽しみに!




