第十一話 挑戦状
公式リーグにおいて鮮烈な二連勝を飾った、あの熱狂と興奮の余韻が冷めやらぬ中、シュヴァルツ・アインツに届いたのは、次なる公式戦への招待状ではなかった。
それは、公式リーグ運営委員会からの直々の呼び出しという、なにか不吉な予感を隠し持った、重苦しい影を纏う通達だった。
呼び出しの場所は、エルフ国の中心都市シルヴァリアにそびえ立つ、荘厳なる行政庁舎。
葵と楓は、オーナーであるエルシェラと共に、静まり返った廊下を固める重武装の衛兵たちの視線を潜り抜け、その深部へと足を踏み入れた。
庁舎内部は、きらびやかで幻想的な装飾に彩られていて、この国の心臓部そのものだ。
楓は、周囲の衛兵たちを野獣のような鋭い眼光で睨みつけ、警戒の色をあらわにしながら、隣を歩くエルシェラへ小声で尋ねる。
「いったい何の用なわけ? まさか、これまでの賞金の支払いが遅れてるとか、そんな下らない理由じゃないよね?」
エルシェラは前を見据えたまま、静かに、しかし重みのある声で応えた。
柔らかな表情の裏側には、研ぎ澄まされたナイフのような緊張感が走っており、それが楓の肌をもピリピリと震わせる。
「恐らく、あなた方の正体について厳しく問い詰めるためでしょう。最近のあまりに鮮烈すぎる快進撃、そしてルピナス・ツヴァイに搭載された技術が、この世界の常識を越えすぎていますわ。未知の力は常に恐怖と疑念……あるいは排除するための対象になる。ですが、心配は無用です。私が全てを堂々と、はっきりと言い返しますわ」
◆ ◆ ◆
行政庁舎の最奥、幾重もの魔法の守りを抜けた先に待っていたのは、巨大な石造りの円卓会議室だった。
魔法の金属で作られた重厚な扉が閉じられると、そこは外部との接触が完全に絶たれた、密閉された審理の場へと変わる。
そこには、エルフ国の上層部を司る、年老いた樹木のような長老たちが座っており、その中心には、先日戦ったばかりのシエル・ヴァンクールの姿もみえる。
円卓の末席には、その場の空気を一変させる異様な存在感を放つ人物が一人、静かに腰を下ろしていた。
隠密装甲服に身を包み、周囲の熱を奪い去る、絶対零度の冷たさを漂わせる、一人の女性士官。
その胸には、不吉で鋭い翼の剣のマークが、夜の闇よりも深く刻まれている。
「桜庭・カエデ、桜庭・アオイ。あなた方の存在は、あまりに突然すぎる。大昔の遺物の壊れ残りとも、あるいは異世界の禁じられた力とも取れる、この世界の理屈を乱す異常な機体を操る。我々は、その真実を此処で知る必要があるのだ」
エルフの長老が、罪人に判決を下すように重々しい声で告げる。
エルシェラは一歩前に出ると、一歩も引かぬ態度で反論した。
「彼らは私の遠い親戚、ハーフエルフの子孫ですわ。法律、および魔法に関するすべての審査を既にパスしているはずですが?」
「その提出された書類自体が、我々の想像も及かぬ高度な術式によって偽造されている可能性は、絶対にないとは言い切れぬのではないか?」
長老の疑り深い言葉が響き渡ったその時、これまで石像のように沈黙を守っていた漆黒の女性士官が、突然口を開いた。
彼女は無表情のまま、高度な秘匿魔導である念話を起動させ、双子とエルシェラの鼓膜へ直接、心まで凍りつくような残酷な囁きを送り込んだ。
「ですが、エルフ連合の上層部には、ハーフエルフの私を快く思わない、古い慣習に縛られた者たちがおおぜいおります。彼らが本気で牙を剥き、調査網を広げてくれば、いずれは偽造も見破られるかもしれません」
楓が、獲物を睨む野獣のような鋭い視線を女性士官に向けて、低く、押し殺した声でつぶやく。
「あんた一体何者なわけ?」
「魔導帝国ゼルガディス。皇帝直属部隊、影の騎士団、副官の私、ゼクスと申しますわ」
ゼクスと名乗った女性士官は、双子の魂さえも射抜くような、氷の視線を送った。
「あなた方シュヴァルツ・アインツに対し、帝国は正式に、それも非公式のバトルを申し込みますわ」
会議室は、蜂の巣をつついたように騒然となった。
エルシェラは、平静を装いつつもわずかに声を震わせながら尋ねる。
「なぜ、公式リーグの最中に、そのような無茶な申し出をされるのでしょう?」
「あなた方の持つ技術、それとその理不尽なまでの強さ。帝国としては、これを黙って見ているわけには参りません。これは、あなた方の実力が我が帝国の基準に達しているかをはかるための、最終テストでもありますわ」
葵が、心の内側の動揺を必死に押し殺した態度で、ゼクスに問いかけた。
「もし、僕たちがその挑戦を真っ向から断ったとしたら?」
「あなた方の致命的な秘密……異世界から不法に転移してきたこと。あるいは身分証を偽造した件。拒否すれば、即座に世界中へ公表することになりますわ。あっ、これは念話と言う魔法です。エルフ国の方々には聞こえている部分と聞こえていない部分がありますので、ご心配無く」
葵の端正な表情が、わずかな合間、時が止まったように固まった。
この世界の住人が、誰一人として知り得ないはずの秘密を、ゼクスが正確無比に突き刺した。
楓もまた、脳内に直接響いたその不吉な囁きを聞き、思わず息を呑んで立ち尽くす。
エルシェラは、二人を守れなかった情けなさに、口を真一文字にしてゼクスを睨んだ。
秘密が暴かれれば、元の世界に戻るために積み上げてきたすべての努力が、一気に崩れて、バラバラになってしまう。
絶体絶命の窮地だが、楓は心の動揺を強い精神力ですぐに振り払った。
彼女の青い瞳には、絶望や恐怖ではなく、太陽よりも熱い闘志が宿る。
楓は、隣で呼吸を乱している葵の手を、痛いほどの力で強く握りしめた。
「受けます。あんたたちの下らない挑戦状、あたしたちシュヴァルツ・アインツが、正面から受けて立ちます!」
「姉さん!」
葵は、目を見開いて楓を見上げたが、その手の力強い温かさと、どこまでも真っ直ぐな瞳を見て、すぐに自分の冷静さを取り戻す。
葵は思っていた。
弱みを握られた今、ここで立ち止まっても明日へと続く道はひらけないと。
「賢明な判断です。では、バトルは二週間後。帝国の直接管理下にある指定アリーナで行いますわ。相応の準備を忘れないよう」
ゼクスは冷たく、勝利を確信した薄い笑みをわずかに浮かべると、影に溶け込むような足取りで部屋を後にした。
その背中を見送る葵の瞳は、これまでにないほど鋭く、静かに研ぎ澄まされていく。
相手は自分と同じ、あるいは自分を上回るほどに感情を見せない、氷のような冷たさを纏う使い手。
ならば、その絶対零度の壁をさらに低い温度で凍らせて砕くか。
あるいはすべてを蒸発させるほどの熱量で貫くしかない。
双子とエルシェラは、生存確率の極めて低い危険な戦いに向けて、固い決意をその胸に深く刻み込んだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
公式の舞台を飛び越え、ついに帝国の刺客・ゼクスから直接手渡された「挑戦状」
しかも、双子の最大の秘密が握られているという、あまりに過酷な条件での開戦となってしまいました。
エルシェラの守りさえもすり抜けるゼクスの冷徹な念話、そして楓が葵の手を握りしめ、逃げ場のない戦いを受け入れた決意。
二週間という短い準備期間の中で、シュヴァルツ・アインツは果たしてこの絶対零度の壁を打ち破れるのでしょうか?
続きが気になる方は、ぜひ「ブックマーク」や「評価」での応援をいただけると嬉しいです!
次回もお楽しみに!




