第十話 新たな力
公式リーグにおいて、並み居る強豪を退け、破竹の二連勝を飾ったシュヴァルツ・アインツの名は、今やアストラル・クロノスのバトル界隈で、一躍無視できない台風の目として語り草になっている。
薄暗いガレージでは、激闘の残り香である熱気をその重厚な装甲にわずかに残したまま、ルピナス・ツヴァイは巨躯を休め、深い沈黙の中に佇んでいる。
今回の勝利報酬として得られたのは、凍てつくチーム・ブリザードの精髄とも言える氷属性の高度な魔導技術情報。
そして、チームの活動を維持するために、これまでには考えられなかったほどのまとまった資金だった。
ガオは大きな体を弾ませるようにして愛機を見上げ、次なる強化案の構想を、少女のように目を輝かせながら語り始める。
「へっへーッ! こいつはたまんないわね! これだけの技術があれば、ルピナス・ツヴァイの装甲冷却系を大幅に強化して、氷の魔術出力の限界をさらに引き上げられるわよ!」
ピピも心からの称賛を込め、葵の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。
「アオイ、今回の連携、素晴らしかったわ。あなたの緻密な戦術と私の解析能力が、完璧な歯車として噛み合った証拠ね」
「いえ。それはピピさんが提供してくれた索敵データが正確だったからです。それに……姉さんの土壇場での、あの野性的な直感があったからこそ勝利を掴めたんだと思っています」
葵は謙遜しながらも、常に戦いの中で張り詰めていた表情をふっと緩め、穏やかな微笑みを返した。
二人の間に流れる空気には、死線を共に潜り抜けてきた者同士の、静かな親密さが漂っている。
それを見逃すはずもない楓は、ニヤリと子供みたいに、少しだけ意地の悪いお姉ちゃんの顔を浮かべると、弟の肩を肘でこづいた。
「葵もやるじゃん! 真面目な仕事の話ばっかりしてないでさ。ねぇ、この連勝のご褒美に、次はピピさんとデートにでも行ってきたら? 二人きりで、さぁ!」
葵は茶化されたわずかな時間に、いつもの真顔を取り繕ったが、その耳の付け根が瞬く間に赤く染まっていくのを、楓は決して見逃さなかった。
ピピもまた、顔の熱を隠すようにして慌てて手元の情報端末へと視線を落としたが、早鐘を打つ心臓の音を悟られないよう、必死に呼吸をコントロールしていた。
「姉さん、今は仕事の総括中ですよ。不必要な私情や感情の揺れは、戦闘時の演算速度を低下させ、生存効率を致命的に下げますから」
必死に論理武装して取り繕う葵の声は、冷静さを装いつつも、隠しきれない動揺でわずかに上ずっている。
そんな休息の中、オーナーであるエルシェラが静かに歩み寄り、双子に声をかけた。
「お二人とも、お聞きなさい。最近、帝国の動きが尋常ではないほど活発化しています。特に、あなた方の個人情報を重点的に、執拗に集めているようです」
彼女の深く穏やかな瞳には、慈愛と見過ごすことのできない、深淵のような懸念の色が浮かんでいる。
「やっぱり。本格的に狙われてるんだね、あたしたち」
楓の瞳が獲物を捕らえる野獣のように鋭く光り、先ほどまでのふざけた表情はすぐに消え、戦士のそれへと変貌した。
「ええ。ですが、決して心配しないで。私たちも手をこまねいているわけではありません。独自の情報網をさらに強化し、ガレージ周辺の警備も最高レベルにまで引き上げました」
ピピが眼鏡のブリッジを指先でクイッと押し上げ、最新の広域魔導波解析結果をモニターに映し出しながら、報告を続ける。
「先日検出された暗号パターンは、帝国内部で共有されている重要パイロット情報を探るものと酷似しているわ。帝国は、ルピナス・ツヴァイの動力の核……アオイが独自に再構築した、あのプラナ魔導炉技術を狙っている可能性が高いの」
ピピの声には、大切な居場所と仲間を絶対に守り抜くという、揺るぎない決意が込められている。
「ガレージの外周に展開している魔力バリアも、出力を通常時の三倍に上げ、遠距離からの光学偵察や魔導スキャンを完全に遮断できるように組み直しておいたわ」
隙のないピピの献身的な言葉を聞き、楓と葵は、この世界の住人であるチーム全員が、自分たちのために命を懸けてくれていることに、深い感謝の念を抱かずにはいられなかった。
「あたしたちが強くなって目だてば目だつほど、敵が増えるってことかッ。上等じゃん! ここで怖がって足踏みしていても、元の世界には一生戻れないものね。やるしかないでしょ、葵!」
楓の鮮やかな赤髪が、溢れ出す熱意に激しく揺れ、その瞳には迷いや不安の影は一片も存在していない。
その純摯な闘志は、常に複雑な思考の海に沈みがちな葵の心に、勇気と光を与える。
葵も姉の瞳を見つめ返し、強く頷いた。
「そうですね。僕たちは、この世界に来た本当の目的を一分たりとも忘れてはいけません。国の再興とチームの建て直しを達成し、帰還するためのエネルギーを貯めて……僕たちのいた、元の世界へと戻らなければならない」
葵は自らの端末を操作し、戦略チャートを描き出す。
その指先は、もはや恐怖に震えてはいなかった。
「帝国の技術がどんなに優れていようと、それは僕たちの目標達成のための貴重なサンプルデータに過ぎない。姉さんの直感と僕の分析を合わせれば、どんな壁だって必ず乗り越えられます」
楓と葵は、互いのてのひらを合わせるようにして、改めて心の中で勝利を誓い合う。
二人の誓いは、ガレージを満たす機械油と魔力の熱気の中に、力強く響き渡った。
◆ ◆ ◆
しかし、彼らの預かり知らぬところで、帝国軍の最高権力者であるヴァイス公爵は、すでに残酷な次の一手を冷徹に打ち出そうとしていた。
帝都アイゼンガルドの最深部、石造りの極秘会議室で、ヴァイス公爵は、玉座の巨大な椅子に深く腰掛け、口元に冷酷な笑みを浮かべている。
「次のバトル、お前が直々に出ろ」
ヴァイス公爵の絶対的な命令を受け、背後に控えていた一人の女性士官が機械的な動作で頭を下げた。
彼女の名はゼクス。帝国最強の特殊部隊、影の騎士団の副官であり、彼が最も信頼を寄せる戦いと暗殺のプロフェッショナルだ。
彼女が纏う青い軍制服は、わずかな魔力のオーラを常時放っており、その実力が常人の域を遥かに逸脱していることを、無言のまま示していた。
「承知いたしました、ヴァイス公爵様。私が出陣すれば、あの幸運なだけの弱小チームの物語も、ここで終演を迎えるでしょう」
ゼクスの声は低く、感情の起伏が完璧に削ぎ落とされており、人間らしい温かみは微塵も感じられない。
「彼らが秘匿している双星の不明な技術は、必ずや我が帝国の手に収めてみせます。熱い感情や直感などという不確定要素に頼る未熟なパイロットと、データのみを妄信するオペレーターの薄っぺらな連携など……私の完全なる全方位分析の前では、無に等しい」
アリーナの喧騒すらも冷笑するようなゼクスの瞳の奥には、任務完遂のためなら如何なる犠牲も厭わない、死を呼ぶ絶対零度の炎が揺らめいている。
女性士官は無表情のままヴァイス公爵に鮮やかな敬礼を送ると、影に溶け込むような足取りで部屋を後にした。
「所詮は時代に取り残された古の遺物にすぎん。だが、その不完全な力こそが、この世界を終焉へと導くための最良の土台となれ……桜庭の双子よ」
◆ ◆ ◆
一方、運命の歯車が狂い始めたとも知らず、双子と仲間たちは、次なる試練に向けて着々と準備を進めている。
彼らの眼前に迫りつつある敵が、これまでの対戦相手とは比較にならないほど冷徹で、死を呼ぶ帝国の刃であることを、彼らはまだ知る由もなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
並み居る強豪を退け、着実に強さを増していく「ルピナス・ツヴァイ」
その性能を引き出す葵の判断と楓の直感が噛み合ったとき、シュヴァルツ・アインツは確かな進化を遂げました。
しかし、その輝きは同時に、帝国という巨大な組織の注意を決定的に引き寄せてしまいます。
迫りくる最強の刺客・ゼクスの影……嵐の前の静けさが、今は何より不気味です。
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次回もお楽しみに!




