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第九話 新たなライバル

 魔導帝国ゼルガディスの暗躍。


 のどもとに鋭い(やいば)を突きつけられたような不穏な火種がガレージの隅々で燻る(くすぶる)中、シュヴァルツ・アインツは公式リーグにおける運命の第二戦を迎えることとなった。


 刻一刻と背後に迫る帝国の影に対する、胃を焼くような重苦しい緊張感とは裏腹に、メインパイロットを務める楓の闘志は、衰えるどころかさらに激しく、白熱した炎となってその瞳の奥で燃え上がっている。


「次の相手はどんな奴なの? また前回の風使いみたいに、鼻もちならないスカしたイケメン貴公子が出てくるわけ?」


 楓は、愛機であるルピナス・ツヴァイの関節駆動部にオイルを差し、整備状況を鋭い目で見極めながら、傍らで端末を操作するピピへ向かって、期待と好戦的な色が混じった声を飛ばす。


 ピピは、視線を端末から外すことなく、淡々と、しかし詳細なデータをホログラムとして空間に投影しながら、氷のように冷ややかな声で応えた。


「いいえ、カエデ。次の対戦相手は、女性パイロットです。チーム・ブリザード。その名の通り、氷属性の魔導を極限まで高め、戦場を凍てつく墓標へと変える魔術師を擁する実力派のチーム。機体名はクリスタル・ドール。(かく)コアの位置は、これも背中ですが、前回戦ったウィンドファルコンとは内部構造が根本から異なりますわ」


「氷属性かあ。それって葵の得意な属性といっしょじゃん! なんだか、戦う前からちょっと親近感が湧いちゃうね!」


 楓は、楽観的に笑い飛ばしたが、横でその言葉を聞いていた葵は、眉間に深い縦皺を寄せて姉を強く窘める(たしなめる)


「だからといって、甘く見るわけにはいきませんよ、ねえさん。僕が徹夜でシミュレートし、冷静に分析し尽くした最新の戦闘データを見てください」


 葵は、自身の脳細胞をフル回転させて導き出した戦術案の一部を、楓の正面モニターへ転送した。


「彼女はフィールドそのものを瞬時に絶対零度(ぜったいれいど)へと凍結させ、相手の機動力を極限まで削ぎ落とす、自分が優位な防御特化の戦法を得意としています。僕たちのルピナス・ツヴァイは、変形機構が緻密(ちみつ)で複雑な分、駆動関節部を凍らされれば、それは即座に致命的な機能不全、死を意味する可能性がある」


「あー、もう、葵の細かい講釈はいいってば! じゃあさあ、ガチガチに凍らされて動けなくなる前に、一気にぶっ飛ばしちゃえばいいんでしょ!」


「はあぁ、もう、姉さんは。相変わらず考えなしに無茶苦茶なことばかり言うんだから……」


 葵は、またいつもの姉の熱血暴走が始まってしまったと諦め顔になり、天を仰いで深く、重いため息をついた。


◆ ◆ ◆


 決戦の当日、バトルアリーナには前回を遥かに凌ぐ(しのぐ)、立錐の余地もないほどの観客が詰めかけ、地鳴りのような熱狂的な怒号でドームを震わせている。


「さあ、全観客が注視する注目の第二戦! 破竹の勢いで勝ち上がる双星、シュヴァルツ・アインツ! 対するは、アリーナ全域を無慈悲に氷漬けにする氷の魔術師、レイラ・フロストだぁー!!」


 重厚なゲートから現れたクリスタル・ドールと呼ばれる機動魔装機(きどうまそうき)は、その名の通り、透き通るような白と水色を基調とした、繊細で女性的なシルエットを持つ、美術品のように美しい機体だった。


 パイロットであるレイラ・フロストは、冬の月光を思わせる銀髪を揺らすクールな女性で、感情の読めない無表情な瞳で静かに双子を射抜いている。


「バトル、スタート!」


 審判の開始合図が轟き(とどろき)渡ると同時に、レイラは淀みのない、流麗な所作で魔導詠唱を開始する。


 瞬時にアリーナの石畳が白く、鋭く凍りつき始め、周囲の空気は肌を切り裂くような、急激な死の冷気へと変貌していく。


 これこそがレイラの固有魔導技(こゆうまどうわざ)、アイス・パレス。


「うわっ、さむっ! 本当に足元からどんどん凍り始めたよ! 葵、これじゃ滑っちゃってまともに走れないじゃん!」


「姉さん、今の路面状況で、ニーラー形態での高速走行はあまりに危険です! 接地面積の広いマギアス形態を維持し、慎重に間合いを詰めてください!」


 楓は葵の指示に従い、即座に機体をマギアス形態へと変形させ、完全に凍りついた床を踏みしめて、地響きを立てて前進を開始する。


 対するクリスタル・ドールは、氷のフィールドを自らの庭のように優雅に滑走し、圧倒的な氷上の機動力を示していた。


「まともに動くことすら叶わないようね。不格好に足掻くのはおやめなさい。食らいなさいませ、わたくしの必殺、アイス・ランスを!」


 レイラは、氷の上を滑るように優雅に舞い、次々と巨大な氷の槍を空間に生成しては放ち、その度に一分の隙もない美しいポーズを決めるという、圧倒的な余裕を見せつける。


 氷のフィールドに完全に足を封じられ、防戦一方となったルピナス・ツヴァイは、回避もままならず、降り注ぐ無数の氷の槍をその重装甲で辛うじて受け止めていた。

 

 控え室でピピが厳しい視線をモニターに向け、フィールドの魔力濃度を細かく観察しながら苦々しく呟く。


「自分に圧倒的に有利なフィールドを作り出したわね。冷徹に計算された、完璧な戦術だわ」


 降り注ぐ衝撃に機体が悲鳴を上げる中、葵の脳細胞は、超高速でフル回転を続けている。


「あの氷は、魔力で大気の水分を使い、強制的に生成されています。ならば理屈は簡単だ。物理的に溶かすには……姉さん! 機体右側のプラナ魔導炉(まどうろ)の出力を限界までブーストしてください! 機体表面から、溜め込んだ熱を一気に放出します!」


 楓は葵の指示どおり、右側の熱エネルギー変換回路を全開にし、プラナを叩き込んだ。


 瞬きをする間すら惜しいほどの、わずかな時間で、メタリックレッドに彩られた右半身が強烈な熱を帯びて真っ赤に熱し、周囲の氷をジュウジュウと激しい音を立てて溶かし始める。


 みるみるうちに自慢のフィールドが、水溜まりへと変わっていく光景に、レイラが驚愕に満ちた声を上げた。


「えっ、なに!? 機体出力を無理やり熱変換しているというの!?」


 ルピナス・ツヴァイは、氷が溶けて足場が確保されたわずかな隙を見逃さず、爆発的な踏み込みを開始する。


「そこを狙うんだろ! 葵!」


 楓は、溢れ出しそうなプラナのすべてを右腕に込め、クリスタル・ドールの華奢(きゃしゃ)な装甲へ向けて、渾身の重い一撃を叩き込む。


紅蓮一閃(ぐれんいっせん)、クリムゾン・スラッシュ!!」


 しかし、クリスタル・ドールは、一撃のコンマ数秒前に自機の装甲をさらに分厚い氷で幾重にも凍らせ、鋼鉄を遥かに凌ぐ硬度を獲得していた。


 カキンッ!! 高い衝撃音がアリーナに響き渡り、楓の必殺の(こぶし)は、無情にもその透明な壁に弾き返される。


「無駄ですわ。わたくしのクリスタル・ドールは、このコールド・アーマーによってダイヤモンドすら凌ぐ硬度を得ていますのよ!」


 渾身の一撃をかるがると無効化され、楓のフラストレーションは限界まで沸騰し、その表情を悔しさに歪ませる。


「くっそー、か、硬すぎだよ! 葵、どうなってんのよ!」


「予想どおりの展開です。完全な防御特化機ですね。姉さん、無闇な攻めは一旦やめてください。僕が死角(しかく)から(かく)コアの位置を特定します。ピピさん、詳細の分析中に何か気づいた点は?」


「ええ、アオイ。過去の戦闘記録もすべて照合しましたが、彼女は、防御に転じる際、本能的に背中を晒さないよう、極端な回旋運動を行う傾向があるわ。弱点である核コアは、間違いなく背中の装甲の直下にあるはずよ」


 ガオが、葵とピピの通信に割り込み、豪快な声を響かせた。


「おう、待たせたな! 前回のバトルで手に入れた風の魔導炉の解析は完璧に完了だ! いつでも実戦投入できるわよ。あたいが組み直したルピナス・ツヴァイだ! 真の力、見せてやりなあー」


「よし! 姉さん、次の一手で全てを決めます。僕が風の魔力をインストールします。プラナ魔導炉に全力を注ぎ込み、旋風を巻き起こして相手の視界を完全に塞ぎます。そのわずかなすきに、姉さんもプラナ魔導炉を同調させた最大の一撃を叩き込んでください!」


 葵は、エルシェラの持つ転移リングを通じて、解析したばかりの未知の風の魔力データを、プラナ魔導炉にインストールを済ませ、無理やり発動させる。


 ぶっつけ本番の、文字どおり命がけの賭けだったが、葵は迷わず膨大なプラナを、プラナ魔導炉へと注ぎ込んだ。


「視界を奪い、空間を支配するんだっ! 大嵐破砕(だいらんはさい)、サイクロン・ブラスト!!」


 アリーナの中央に、突如として局地的な大旋風が荒れ狂い、クリスタル・ドールを逃げ場のない風の檻の中に閉じ込める。


「きゃーッ!? なんなの、この暴風は! まったくモニターが使えないじゃないのっ!」


 レイラは、突然の風に視界を完全に奪われ、パニックに陥りながらも、必死に機体背面へと氷の盾を作り出し、コアを守ろうとする。


「今だ、姉さん! ニーラー形態に変形、風の勢いを利用して、理論上の最大加速(さいだいかそく)を!」


 楓は、躊躇なくニーラー形態に変形し、葵が巻き起こした猛烈な旋風の渦の中へと、真っ向から突っ込んでいく。


 敵機の直前で、ルピナス・ツヴァイを再びマギアス形態へと回帰させると、溜まりに溜まった憤怒のすべてを乗せ、プラナを風のデータがインストールされたプラナ魔導炉へ限界まで流し込んだ。


 そのわずかな合間、風の魔力によって具現化した武器……それは、唸りを上げながら超高速回転する巨大なドリルだった。


 予想だにしなかった、あまりに凶悪な武装の出現に、楓は満面の、そして最高に好戦的な笑顔を浮かべた。


 楓は、旋風を切り裂きながらクリスタル・ドールの背後に回り込み、その巨大なドリルを容赦なく突き立てる。


「くらえええッ! 大嵐烈穿(だいらんれっせん)、ストーム・ドリルーーッ!!」


 楓の叫びと共に、放たれた巨大なドリルは、レイラの展開した分厚い氷の防御を、脆い飴細工のように粉砕し、最深部に隠されていた核コアを、躊躇いなく貫いた。


 青い光を激しく放っていた核コアが、断末魔のような破砕音を立てて砕け散る。


 クリスタル・ドールはすべての光を失い、ゆっくりと、確実にその巨体を跪かせ、完全停止した。


「勝負ありだぁ! 勝者、シュヴァルツ・アインツ!!」


 アリーナを支配していた静寂は、次のわずかな合間に、爆発的な熱狂へ塗り替えられた。


 鳴り止まない喝采と、シュヴァルツ・アインツの名を叫ぶ大歓声が、ドームの天井が突き抜けるように響き渡る。


 楓は、熱を帯びたコクピットの中で、しばらくの間、操縦桿(そうじゅうかん)を握ったまま動けずにいた。


 全身を駆け巡るアドレナリンと、勝利の昂揚感が、激しい動悸となって胸の奥を叩いている。


「……やったッ。やったよ、葵! あたしたち、また勝ったんだよ!」


 楓は、弾けるような笑顔で隣の葵を振り返った。


 その瞳には涙など微塵もなく、ただ勝利を掴み取った誇らしさと、獲物を仕留めたばかりの野獣のような、鋭い生命力の輝きを宿していた。


 葵は、オーバーヒート寸前だったプラナ魔導炉の数値を静かに見届け、深く、長く、溜め込んでいた息を吐き出す。


 その指先は、今なお微かに震えている。


「……ええ。無茶苦茶な賭けでしたが、姉さんの直感と、ガオさんの技術が、僕の計算を土壇場で超えてくれました」


 葵は、乱れた青い髪の隙間から、赤い瞳を楓に向ける。


 そこには、いつもの冷徹さだけではない、姉に対する確かな信頼と、勝利の喜びが静かに灯っていた。


 ルピナス・ツヴァイが、勝利を誇示するようにその巨大なマギアスの腕を高く掲げると、観客のボルテージは最高潮に達する。


 砕け散った氷の破片が、アリーナの照明を反射し、ダイヤモンドダストのように美しく舞い落ち、その中を、赤と青の装甲を纏った機体が悠然と歩みを進める。


 花道へと向かう途中、楓はモニター越しに、停止したクリスタル・ドールの傍らに立つレイラ・フロストの姿を捉えた。


 レイラが、静かに自分たちを見送っている。


 敗北の屈辱に震えるのではなく、その瞳には、未知の力を目の当たりにした驚きと、清々しい敬意の色が混じっているように、楓には見えた。


「レイラ・フロスト……つよかったね。次は、もっと凄い氷をぶつけてきそうだよ」


 楓が独り言のように呟くと、葵も短く頷いた。


 アリーナの熱狂的な雑踏を背に、重厚なゲートを潜り抜けた瞬間、ようやく二人だけの、そしてチームだけの、かりそめの静寂が戻ってきた。


◆ ◆ ◆


 薄暗い通路を抜け、ようやく辿り着いた自分たちの控え室。


 戻った双子は、エルシェラから勝利の報酬を受け取ると同時に、レイラ・フロストという誇り高き新たなライバルの存在を、その胸に刻み込んだ。


 だが、その歓喜の影で、帝国の魔手はさらに深く、色濃く二人の日常へと忍び寄っていた。


 ルピナス・ツヴァイの赤と青の装甲が、次なる嵐の到来を予感させるように、ガレージの暗闇で静かに、その闘志を鋭く輝かせていた。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


氷の魔術師レイラ・フロストとの激闘、いかがでしたか? 葵の計算とガオの技術、そして楓の熱い直感が合わさったとき、ルピナス・ツヴァイはさらなる進化を遂げました。

強敵を退け、名実ともにスターダムへと駆け上がるシュヴァルツ・アインツ。

しかし、その裏で忍び寄る帝国の魔手はさらに色濃く……。


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次回もお楽しみに!


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