第18話「玉座の誓いと永遠の晩餐」
厨房に足を踏み入れると、レオはすぐさま夕食の支度に取り掛かった。
竈の火を勢いよく燃え立たせ、厚手の鉄板を火にかける。
今日の献立は、アレクがこの家で初めて口にし、二人の距離を近づけるきっかけとなったあの料理だ。
裏庭で採れた新鮮な葉野菜を冷たい水で洗い、布巾で丁寧に水気を拭き取る。
パンの木からもぎ取ってきた丸いパンは、少しだけ火のそばに置いて温め直し、表面の香ばしさを引き出しておく。
まな板の上に、昨日仕入れておいた特上のひき肉の塊を乗せた。
赤身と白い脂身が美しい層を成すその肉を、両手でしっかりとこねていく。
手のひらの熱で脂が少しずつ溶け出し、滑らかな質感へと変わっていった。
そこに、岩塩と砕いた香草をたっぷりと練り込み、分厚い円形に整える。
熱した鉄板に肉を乗せると、派手な音とともに濃厚な脂の匂いが厨房いっぱいに弾け飛んだ。
ジュウジュウと肉が焼ける音を背中で聞きながら、レオはもう一つの準備に取り掛かる。
深層の迷宮で黄金の生き物から譲り受けた、あのチーズのような欠片だ。
小鍋に入れ、ごく弱火でゆっくりと熱を加えていく。
次第に欠片は輪郭を崩し、とろりとした黄金色の液体へと姿を変えた。
蜂蜜のような甘い香りと、熟成された深い塩気が混ざり合い、これまでに嗅いだことのない官能的な匂いが立ち上る。
アレクは食卓の椅子に腰を下ろしたまま、その一連の動作から目を離そうとしなかった。
彼から漂う森のような香りが、料理の匂いと見事に調和し、部屋の空気を満たしていく。
肉を裏返し、表面がカリッと焼き上がったところで、小鍋の黄金のソースを上からたっぷりと回しかけた。
肉の熱でソースがさらに溶け、鉄板の上にこぼれ落ちて香ばしく焦げる。
丸いパンを半分に切り、新鮮な野菜、厚い肉、そして滴る黄金のソースを挟み込んだ。
二つの特製ハンバーガーを木皿に乗せ、アレクの待つ食卓へと運ぶ。
「できたよ。離宮の十日目を祝う、最高の晩餐だ」
レオが向かいの席に座ると、アレクは目を輝かせてその分厚い料理を両手で持ち上げた。
指先に肉汁と黄金のソースがこぼれるのも構わず、大きく口を開けてかぶりつく。
弾力のあるパン、瑞々しい野菜の食感の後、肉の強烈な旨味と黄金のソースの甘塩っぱさが一気に口の中を支配した。
アレクの動きがピタリと止まる。
彼は目を閉じ、ゆっくりと咀嚼を繰り返しながら、その複雑で深い味わいを全身で受け止めているようだった。
飲み込んだ後、彼は深く長い息を吐き出した。
「……信じられない。俺がこれまで食べてきたどんな宮廷料理も、これの足元にも及ばない」
彼が目を開け、琥珀色の瞳で真っ直ぐにレオを見つめた。
「お前は、本当に魔法使いなのかもしれないな。俺の体も、心も、すべてをお前の料理が満たしていく」
その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりもレオの胸を強く打ち抜いた。
レオも自分の皿のハンバーガーを手に取り、一口かじる。
肉の力強さを、黄金のソースが優しく包み込み、美しい調和を生み出していた。
それはまるで、互いを補い合い、高め合う二人の関係そのもののようだった。
同じものを食べ、同じ味を共有することで、二人の間にあるフェロモンの結びつきはさらに強固なものへと変わっていく。
アレクの森の香りが、レオの果実の香りを引き立て、レオの香りがアレクの冷たい孤独を溶かしていく。
もう、どちらがαでどちらがΩなのか、そんな境目すら曖昧になるほどの深い融合だった。
アレクは食事を終えると、指先の汚れを布巾で拭い、ゆっくりと立ち上がった。
食卓を回り込み、レオの隣へと歩み寄ってくる。
彼は片膝をつき、レオの膝の上に置かれていた両手を自分の手で包み込んだ。
見上げる琥珀色の瞳には、皇帝としての威厳ではなく、一人の伴侶としての揺るぎない覚悟が宿っていた。
「レオ。俺は皇帝として、この国を豊かにする義務がある。だが、俺という一人の人間の中心にあるのは、帝都の玉座ではなく、この小さな食堂だ」
彼の手が、レオの指先に絡みつく。
熱を帯びた吐息が、レオの手の甲を優しく撫でた。
「お前が俺の帰る場所だ。これから先、何十年経っても、俺はお前の作る料理を食べ、お前と共に土を耕し、お前と同じ香りに包まれて眠りたい。俺の生涯の伴侶として、これからも隣にいてくれないか」
静かで、重みのある誓いだった。
レオの瞳から、こらえきれずに涙がこぼれ落ちる。
身分を隠し、体質を偽り、逃げるようにして生きてきた自分が、こんなにも真っ直ぐに愛を向けられている。
レオは涙で視界をにじませながら、何度も何度も深くうなずいた。
「もちろん。僕の料理でよければ、一生作り続けるよ。君の居場所は、僕がずっと守ってみせる」
アレクの顔がほころび、彼は立ち上がってレオの体を強く抱きしめた。
逞しい腕に包まれながら、レオは彼の首元に顔を埋める。
窓の外では、夕日が辺境の森を燃えるようなオレンジ色に染め上げていた。
遠くで虫たちが鳴き始め、夜の帳が静かに下りようとしている。
だが、二人の心の中には、決して消えることのない温かな光が灯っていた。
身分も、過去の傷も、すべてを溶かし尽くす永遠の晩餐の余韻の中で、二人は新しい明日へと力強く歩み出していた。




