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隠れΩの辺境スローライフ飯 元宮廷料理人が拾った傷だらけの青年はαの皇帝陛下でした 美味しい手料理で胃袋を掴んだら溺愛されています  作者: 月夜 闇花


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第16話「木漏れ日の午後と穏やかな距離」

 昼を過ぎると、夏の強い日差しは森の木々に遮られ、裏庭には心地よい木漏れ日が落ちていた。

 風が吹き抜けるたびに木の葉が擦れ合い、柔らかな緑の匂いを運んでくる。

 レオは麦わら帽子を深く被り、畑の隅にしゃがみ込んで背丈の伸びた雑草を素手で引き抜いていた。

 少し離れた場所では、アレクが新しい畝を作るために土を掘り返している。

 午前中のうちに山積みだった政務の書類をすべて片付けた彼は、宣言通りに農作業へと精を出していた。

 彼がクワを振り下ろすたびに、力強い腕の筋肉が汗を弾いて光る。

 土を深くえぐり、柔らかく反転させるその動作は、初めてこの村に来た時のような不器用さは微塵もなくなっていた。

 むしろ、持って生まれた卓越した身体能力が農作業に最適化され、村の熟練の農民すら凌駕する速度で畑が耕されていく。

 レオは手元の草をむしりながら、その淀みない動きをつい目で追ってしまっていた。

 彼の大きな背中が動き、汗の匂いとともに微かなαの香りが風に乗って漂ってくる。

 威圧感のない、雨上がりの土と森の木々が混ざり合ったような落ち着いた香りだ。

 その匂いを嗅ぐだけで、レオの心臓は心地よいリズムを刻み始める。

 自分がΩであることを隠し、誰の影にも怯えながら生きてきた日々が、まるで遠い前世の出来事のように感じられた。


「少し休もうか。冷たいお茶を持ってきたよ」


 レオが立ち上がり、前掛けで手の泥を拭いながら声をかけると、アレクはクワの動きをピタリと止めた。

 額の汗を手の甲で拭い、大きく息を吐き出してこちらへ歩み寄ってくる。

 二人は畑の端にある大きな樫の木の根元に腰を下ろした。

 太い幹に背中を預けると、ひんやりとした樹皮の感触が火照った体を冷ましてくれる。

 レオは籠から水筒を取り出し、木製の杯にたっぷりと注いでアレクに手渡した。

 洞窟の奥に生える薄荷の葉を冷水で抽出した、清涼感のある飲み物だ。

 アレクは杯を受け取ると、一気に喉の奥へと流し込んだ。

 喉仏が大きく上下し、冷たい水滴が顎のラインを伝って日焼けした首筋へと滑り落ちる。


「生き返る。この葉の香りは、頭の中の熱をきれいに取り去ってくれるな」


 アレクは空になった杯をレオに返し、深く息をついた。

 彼が隣に座っているだけで、互いの肩から伝わる熱が交じり合う。

 アレクから発せられる香りが、レオの体から自然と漏れ出す甘い果実のような香りを包み込み、木漏れ日の下で美しい調和を生み出していた。

 レオも自分の杯に茶を注ぎ、ゆっくりと口をつける。

 口の中に広がる爽やかな香りの奥に、隣に座る彼の匂いが混ざり込み、胸の奥が甘く締め付けられた。


「帝都の夏は、こんなふうに風を感じることはなかった」


 不意に、アレクが遠くの空を見つめながら口を開いた。

 その横顔には、過去の記憶をなぞるような静かな影が落ちている。


「石造りの城は熱を溜め込み、誰もが冷たい顔をして権力争いに明け暮れていた。俺はずっと、自分がどこにいるべきなのかわからなかったんだ」


 彼は視線を落とし、無骨な自分の手のひらをじっと見つめた。

 剣を握るために作られたその手は、今や土にまみれ、野菜を育てるための手へと変わりつつある。


「でも、ここには土があり、風があり、お前がいる。俺は初めて、ここが自分の居場所だと思えたんだ」


 アレクの言葉は、飾り気のない真実だった。

 レオは杯を握る手に力を込め、彼のその言葉を心の中に深く刻み込む。

 皇帝という重すぎる冠を被らされた彼が、ただ一人の青年として息ができる場所。

 それが自分の隣であるという事実が、レオに計り知れない勇気を与えてくれていた。

 レオは杯を横の草の上に置き、アレクの手のひらに自分の手をそっと重ねた。


「ここはもう、君の場所だよ。誰にも奪わせたりしない」


 レオの言葉に、アレクはゆっくりと顔を向けた。

 琥珀色の瞳の奥に、深い愛情の色が揺れている。

 彼はレオの重ねた手を裏返し、その指の間に自分の指をゆっくりと絡ませてきた。

 硬い剣だこの感触と、力強い体温が直接伝わってくる。

 アレクは絡めた手を自分の顔に引き寄せ、レオの指先にそっと唇を落とした。

 柔らかな口づけの感触に、レオの顔が一気に熱を持つ。


「お前がそう言ってくれるなら、俺はどんな敵が来ようともこの場所を守り抜いてみせる」


 誓うように紡がれたその声は、木漏れ日の静寂の中に深く溶け込んでいった。

 風が通り抜け、二人の周りの草花が小さく揺れる。

 絡み合う指先から伝わる互いの鼓動が、同じリズムを刻み始めていた。

 アレクの広い肩にそっと頭を預けると、彼はレオの髪を撫でるように自分の頬を寄せた。

 辺境の短い夏は、ただ穏やかに、そして確かな熱を伴って過ぎていこうとしていた。

 二人の間に横たわっていた身分や体質という見えない壁は、もうどこにも存在しなかった。

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