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隠れΩの辺境スローライフ飯 元宮廷料理人が拾った傷だらけの青年はαの皇帝陛下でした 美味しい手料理で胃袋を掴んだら溺愛されています  作者: 月夜 闇花


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第14話「暁の誓いと重なる手のひら」

 次に目を覚ましたとき、視界に飛び込んできたのは見慣れた木組みの天井だった。

 窓の隙間から、白々と明ける朝の光が差し込んでいる。

 レオはゆっくりとまばたきを繰り返し、自分がどこにいるのかを確認した。

 柔らかい麻布の感触と、沈み込むようなベッドの温もり。

 ここは、自分の食堂の奥にある小さな寝室だ。

 洞窟の冷たい土の上ではなく、清潔な毛布にくるまれている。

 身じろぎをすると、体の奥底で燃えていたあの不快な熱はすっかりと引き、代わりに心地よい気だるさだけが残っていた。

 顔を横に向けると、ベッドのすぐそばに木椅子を引き寄せ、そこに深く腰掛けたまま眠っているアレクの姿があった。

 長い足を持て余すように窮屈な姿勢で折り曲げ、腕を組んで目を閉じている。

 金糸の髪が乱れ、疲労の色が色濃く残る横顔だった。

 レオを洞窟の奥深くから抱きかかえて連れ帰り、一晩中こうして傍に付き添ってくれていたのだ。

 彼から漂う雨上がりの森のような香りが、部屋の隅々にまで満ちている。

 その香りを胸いっぱいに吸い込むと、失われていた体力が少しずつ戻ってくるような気がした。

 レオは毛布をそっと押し除け、音を立てないように上体を起こす。

 手を伸ばし、眠っている彼の頬にかかった髪を指先でそっと払いのけた。

 その微かな感触に反応し、アレクの長いまつ毛が震える。

 琥珀色の瞳がゆっくりと開き、レオの姿を捉えた。


「目が、覚めたか」


 かすれた低い声とともに、彼がすぐに身を乗り出してくる。

 大きな手がレオの額に触れ、熱が下がっていることを確認して、深く安堵の息を吐き出した。


「気分はどうだ。まだどこか痛むところはあるか」


「ううん、もう大丈夫。熱も完全に引いたみたいだ」


 レオが微笑んで答えると、アレクの表情がようやく柔らかくほころんだ。

 彼はベッドの縁に腰を下ろし、レオの手を取って両手で包み込む。

 少しごつごつとした剣だこのある指先が、レオの肌を愛おしむように撫でた。

 その温もりに触れながら、レオはふと窓の外へと視線を向ける。

 外の世界はまだ静まり返っているが、昨日の朝の記憶が鮮明に蘇ってきた。


「外にいた、銀色の騎士たちは」


 恐る恐る尋ねるレオに、アレクは視線を逸らすことなく真っ直ぐに答えた。


「隣の宿場町に待機するように命じた。彼らには、この村を俺の夏季の離宮として定めるという勅命を出してある」


 その突拍子もない言葉に、レオは目を丸くした。


「離宮って、こんな辺境の小さな食堂を」


「ああ。皇帝の居場所は、皇帝自身が決める。玉座が帝都になければならないという法はないからな」


 アレクの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

 それは、かつて彼を縛り付けていた重圧から解放された、本来の青年の顔だった。


「政務の書類は定期的に運ばせる。急ぎの案件以外は、ここで土を耕し、お前の作る食事を食べながら裁定を下すつもりだ。もちろん、お前が俺を追い出さない限りは、だが」


 いたずらっぽく片目を閉じる彼を見て、レオは思わず吹き出してしまった。

 皇帝の決断としてはあまりにも身勝手で、そして何よりも彼らしい選択だ。

 宮廷の貴族たちが顔を真っ赤にして怒る姿が目に浮かぶようだが、不思議と恐ろしさは感じなかった。

 この人が隣にいてくれるなら、どんな波風が立とうとも乗り越えていける。

 そう確信できるほど、二人の絆は深く結びついていた。


「追い出したりしないよ。ただ、畑の開墾と薪割りのノルマは増えるかもしれないけど」


 レオが冗談めかして言うと、アレクは声を出して笑った。

 その笑い声が、朝の静かな部屋に心地よく響き渡る。

 笑い終えた後、彼は真剣な眼差しに戻り、レオの指先に自分の指を深く絡めた。

 互いの手のひらが重なり合い、体温と脈拍が直接伝わってくる。


「レオ。俺は、お前の作る料理に救われ、お前の存在そのものに救われた。これからは、俺がお前を守る。皇帝としてではなく、ただのアレクとして」


 その誓いの言葉は、朝露のように澄み切っていた。

 レオの体から、甘く穏やかな果実の香りがふわりと立ち上り、アレクの香りと静かに混ざり合う。

 言葉以上の確かな繋がりが、そこにあった。

 レオは絡めた指先に力を込め、彼の目を見つめ返す。


「よろしく頼むよ、アレク。でも、食事の主導権は僕が握らせてもらうからね」


 窓から差し込む暁の光が、重なり合う二人の手を優しく照らし出していた。

 遠くで小鳥のさえずりが聞こえ始め、辺境の村に新しい朝が訪れる。

 もう、身分や過去のしがらみに怯える必要はない。

 二人の前には、ただ穏やかで光に満ちたスローライフの続きが、果てしなく広がっていた。

 厨房の方から、昨日仕込んでおいたスープの微かな香りが漂ってくる。

 新しい一日を始めるための、愛おしい日常の匂いだった。

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