96偽物の力
灰白の谷の深部へと続く、険しく暗い岩肌の道を突き進む。
王国の追っ手を撒くことには成功したものの、安息の時間は長くは続かなかった。
「いるわね……」
「迂回できる道もない、このまま突き進もう」
前方に不審な気配があったが、俺たちはそのまま歩みを止めることなく進んだ。
「そこまでだ、王国の狗ども……!」
谷の急な曲がり角を抜けた瞬間、前方からぬうっと現れたのは、帝国の重装歩兵で構成された小隊だった。
先ほど倒したアルマの部隊とは別の、谷の奥を警戒巡回していた別動隊だろう。
「チッ、前も後ろも敵だらけかよ!」
ベネディクトが退屈しのぎとばかりに前に出ようとした、その時だ。
「――待ちたまえ。こやつらはただの兵士ではない」
帝国兵の先頭に立つ小隊長らしき男が、ニヤリと歪んだ酷薄な笑みを浮かべる。
その手に握られていたのは、先ほどのアルマのものと同じ、銀色の小瓶――深銀の触媒だった。
「深銀よ!我らに力を与えたまえ!」
男が瓶を容赦なく握り潰すと同時に、銀色のバグエネルギーが爆発的に拡散。
兵士たちの武器や鎧に深銀がまとわりつき、彼らのステータスが跳ね上がっていく。
「恐れていた通りですわね。あの力は、帝国の部隊長クラスには標準装備されているようですわ」
クロニカが短剣を構え、冷ややかな視線で低く呟く。
「ハッ、これが例のイカサマか!」
ベネディクトが深く踏み込む素振りを見せる。
急上昇した敵の敏捷値によって、銀色の刃が凄まじい速度でベネディクトの隙を突いて迫る。
俺の視界には、小隊長が放った技『深銀の剣脈』によるスキルが放たれているのが見える。
(まずい、このままではベネディクトに直撃する──)
心配をよそに、ベネディクトはニヤリと笑みを浮かべる。
「何も攻撃するだけが脳じゃないんでね。『金剛・剛体』!」
敵の目前で急停止したベネディクトが、指を組んだ手を前に突き出し、防御技を放つ。
銀色の刃が、ベネディクトの体表に展開された金剛の如き気功の壁に阻まれ、激しい火花を散らす。
「その程度か?」
(深銀のスキルは威力が高まっているはずなのに、さすがだな……)
だが、その背後では、深銀を纏った他の帝国兵たちが、狂乱しながらも静かに武器を構えていた。
「依人さん、あちらの雑魚兵士どもはわたくしたちにお任せあそばせ!」
「ああ、そっちは普通に攻撃が通るはずだ。任せた!」
クロニカが両手に短剣を握り直し、影のように地を滑る。
「グゥ……お前たち、かかれー!」
部隊長が号令を上げ、背後にいた雑魚兵士が一斉にベネディクト目掛けて攻撃を繰り出す。
──かのように思えた。
「──ッ!?」
「体が……動かない……」
兵士たちが戸惑いの声をあげる。
「ふふ、影縫い、成功ですわ」
見ると、兵士たちの影に手裏剣のようなものが突き刺さっている。
いつの間にか、クロニカが手を回していたらしい。
「いくわ、みんな避けて!」
高台に陣取ったエリナが、杖を掲げ、その先端に紅蓮の光が広がっていく。
影縫いによって足を止められた兵士たちが、引きつった顔で頭上を仰ぎ見る。
「ひっ……!?」
「――『フレアバースト』!」
瞬間、俺は無意識のうちにエリナの杖先から放たれる黄金の糸を、相手の兵士へと結びつける。
エリナの凛とした詠唱と共に、極大の火球が空間を切り裂いて着弾した。
ズドォォォォォンッッ!!!
激しい爆風と熱波が谷底を吹き荒れ、影縫いで逃げ場を失っていた雑魚兵たちが、悲鳴をあげる暇もなく紅蓮の炎の中に飲み込まれていく。
「ぐああぁぁぁッ!」
一瞬にして壊滅する雑魚兵たち。
「なっ……我が小隊が……一瞬で……ッ!?」
小隊長は信じられないものを見る目で、高台のエリナと、悠然と前衛に立つベネディクトを見回す。
部下を全員失い、背背を岩壁に追い詰められた絶望。
だが、その男の瞳から正気が失われ、代わりに底なしの狂気が濁った銀色の光となって溢れ出し始めた。
「おのれ……おのれぇぇぇ王国の狗どもがぁぁぁッ!!」
狂乱の叫びと共に、小隊長は銀色に蠢く長剣を凄まじい速度で振り抜いた。
目標は前線のベネディクトではなく――高台から直前に『フレアバースト』を放ったエリナだ。
――キュイィィン!
「しまっ……私を狙う気……!?」
エリナがハッと息を呑む。
小隊長が放ったのは、深銀のバグによって歪められた『深銀の剣脈』の波状攻撃。
一本や二本ではない。
空間の縫い目をズタズタに引き裂きながら、十数条もの不気味な銀色の刃が、弧を描く蛇のように高台のエリナへ向かって一斉に飛び散ったのだ。
しかも、直前に極大魔法を放ったばかりのエリナでは、『魔力障壁』の展開もコンマ一秒間に合わない――!




