86 勇者の敗北
クロニカが、収集した情報を淡々と語る。
「王国の辺境守備隊が、国境付近の緩衝地帯で帝国の精鋭部隊に遭遇、衝突したようですわ。……その結果は、王国の完全な壊滅。生き残った者は、ほぼゼロに近いと聞いておりますの」
「壊滅……?王国側の勇者は、そこにはいなかったのか?」
上体を起こして話を聞いていたベネディクトが怪訝そうに顔をしかめる。
しかし、クロニカが告げた続きの言葉は、俺たちの想像を遥かに超える不穏なものだった。
「いいえ。前線に実戦配備されていた勇者たちが複数名、その防衛戦に投入されていたそうですわ」
「勇者が投入されていて、負けたのか!?」
俺は思わず身を乗り出した。
「……ご存じないかしら?この世界に来たばかりの依人さんには、馴染みのない名前かもしれませんわね。その勇者パーティの名は【スターライト】、召喚されて二年足らずでありながら、その実力は折り紙付き。国民からの期待も厚い、王国の英雄たちです」
「けれど……不可解なのです。その、負け方が」
クロニカは声音を一段と低くし、言葉を紡ぐ。
「生還した数少ない斥候の報告によると……投入された勇者たちは、何一つ抵抗できずに惨敗したそうですわ。というのも、彼らはスキルを完全に封じられ、無力化された状態で首を刎ねられたとか。……奇妙なことに、現場に居合わせた他の騎士たちの方が、まだ勇者より遥かに戦えていたくらいですのよ」
「……腕輪の機能が、封じられた……」
なぜそう思ったかはわからないが、俺は咄嗟にそう結論付けていた。
その言葉に、クロニカは目を丸くした。
「ええ、そうですわね。まだそう結論付けるには早すぎますけれど……私も、全く同じ見立てをしておりましたの」
俺にはどうすることも出来なかった、あの隷属の腕輪。
それが、帝国の何らかの力によって、完全に無効化されたというのだ。
この世界において最強の兵器として君臨するはずの勇者を、まるでただの案山子のように無力化してみせた帝国の不気味な影。
「帝国が、勇者に対抗するための何かを実戦投入してきたのは間違いございませんわ。王国側の上層部も、今はこの情報をもみ消すのに必死ですわ」
クロニカの報告を聞きながら、俺の脳内は激しく回転していた。
恐ろしい事態だ。
(勇者の力を封じる技術。もし、それが事実なら……)
絶望的なデッドロックを打破するための、微かな、だが決定的な前兆が、世界の勢力図が塗り替わるほどの巨大な嵐と共に、すぐそこまで迫ってきているのを感じていた。
────
クロニカがもたらした辺境守備隊及び勇者パーティ【スターライト】壊滅の報を受け、俺たちはさらに具体的な情報を集めるべく動いた。
後日、テリオットさんの家の地下。
隠蔽魔術によって完全に守られたセーフハウスの自室で、俺たちは街から回収してきた情報紙やメモを机の上に広げる。
全員が、その机をぐるりと取り囲むように集まった。
「本当なら、実際に陥落した辺境まで出向いて現地調査するのが手っ取り早いんだろうけどな」
俺が口火を切ると、ベネディクトが腕を組んで後に続いた。
「いや、敵の正体も武器もわからない以上、迂闊に動くのは自殺行為だ。今は出来る範囲で情報収集するにこしたことはねぇだろう」
「ええ、その判断は賢明ですわ。――それから一つ、不幸中の幸いというべき情報がございますの」
クロニカが冷徹な瞳のまま、少しだけ声音を和らげる。
「今回の国境での大事件のせいで、王国上層部も魔導院も完全にパニック状態になっておりますわ。
……ふふ、そのおかげで、私たちが魔導院に潜入した件については現状、緊急性なしとして完全に後回しにされているようですの」
「当面は王国の追手が来る心配をなさる必要はございませんわ。少しは、肩の荷がおりますでしょう?」
「そいつは助かるな。王国が本腰を上げて俺たちを捜索するとなると、休まる暇もねぇところだった」
ベネディクトが安堵の息を吐く。ひとまずは、目の前の謎に集中できそうだ。




