84 解けない術式
お世辞にも全快したとは言えない面々での宴は夜中まで続いた。
正直、俺もベネディクトもまだまだ怪我人だ。
その痛みを紛らわせるかのように、俺たちは一心に酒を喉へと流し込んだ。
「こちら、置いておきますわね」
ふと夜風に当たっていると、クロニカがそっけない態度で小さな布袋をテーブルに置いた。
夜風といっても、ここはテリオットさんの家の中なので、窓から外の暗がりを眺めているだけだ。
俺たちが普段寝床にしている地下では気分がでないからと、テリオットさんが一階部分を宴会用に開けてくれたのだ。
現在は防音結界を施してくれているため、騒ぎが外に漏れる心配はない。
「……何だ、それ」
「……脱出する前に、床に転がっておりましたものを回収しておきましたの。あなたなら、何か使い道が思い浮かぶのではないかしら、と思いまして」
布袋の紐を解き、中身を逆さにする。
コロン、と乾いた音を立てて転がり出てきたのは、黒い金属の破片だった。
ハルクの首に嵌められていた隷属の腕輪の残骸。
「そういえば、確かに何かの役に立つかもしれないな。ありがとう」
あのときの極限状態ではそこまで頭が回らなかった。
これを調べれば、腕輪を解除する手がかりになるかもしれない。
「いいえ。本当に役に立たなさそうなものでしたら、捨ててしまって一向に構いませんわ」
クロニカはそう言い残し、どこかへ行ってしまった。
俺は深く息を吐き出し、酔っぱらってふらつく視界でそれを眺める。
ハルクが死に際に残した、あの穏やかな言葉が耳の奥で蘇る。
彼の死を無駄にしないためにも、俺は立ち止まるわけにはいかない。
「……『観測者』」
呟きと共に、右目に意識を集中させる。
視界が急速に色を失い、白黒の反転世界へと切り替わる。
因果の糸は……見えない。
もう、この残骸にはなんの効力も残っていないということだろう。
「んー……スキルを発動すれば何か変わるかもな?一応やってみるか……『因果の強奪』」
試してみるが、当然のように何も起こらない。
「じゃあ……『因果の縫合』ならどうだ……?」
やはり、何も起こらない。
ただ、鑑定結果のテキストだけが浮かび上がる。
【名称:隷属の腕輪(呪物)】
【状態: 破損】
【詳細: 王都グランゼルド・王立魔導院が管理する拘束具。対象者の魔力回路に介入し、その自由意志を剥奪する。】
「捨てていい、っていってもなぁ」
何かの手がかりになりそうな予感は捨てきれない。
ひとまず魔法鞄にしまっておこうとした、その時だった。
「やあ。ちょっと、ここいいかい?」
いつの間にか俺の様子を観察していたらしいテリオットさんが、静かに声をかけてきた。
「ええ、どうぞ」
彼は、向かいの空いている椅子に腰を下ろした。
「聞いたよ。その腕輪の持ち主は……不幸ではあったが、最後は幸せだったんじゃないかな」
「幸せ、ですか?」
「ああ。最後に自分の意志で笑って、君に感謝して消えられたんだろう?……その腕輪はね、長く嵌められていると、魂の形そのものが書き換えられてしまうんだ。最後には、どう足掻いても二度と元の人間には戻らない。だから、最後は人間として逝くことができて、よかったと思うよ」
「そう、ですね……」
まったく、魂の形まで書き換えて殺戮兵器にしてしまうなんて、魔導院はどこまで非人道的なものを作れば気が済むんだ。
俺が胸の内で黒い怒りを燃やしていると、テリオットさんがじっとこちらの目を見つめてきた。




