80 希望の扉
俺は、入ってきたときの扉に近づいた。
見た目は周囲の壁と同化していてわからないが、明らかに扉であることは科学者が去り際に証明している。
「ベネディクト、行くわよ」
途中、クロニカが何とか立ち上がろうとしているベネディクトにそっと肩を貸し、俺たちの元へと合流していた。
俺たちの行く手を阻むのは、科学者が逃げ際に閉めていった、特別実験室を仕切る巨大な鋼鉄の隔壁。
「開閉できる、ということはこの扉には魔術が組み込まれているはずなんだ」
ひんやりとした鋼鉄の扉に触れる。
正直、できる確証はどこにもない。
そもそも俺は、このスキルをまだ使いこなせている自身がない。
だが、エリナやクロニカ、そして救出された大勢の人々が、俺の後ろで固唾をのんで見守っている。
(やるしかない……!)
奥歯を噛み締め、右目の『観測者』の出力を強引に引き上げた。
────
視界が急速に色を失い、白黒の反転世界へと切り替わる。
それと同時に、目の前の鋼鉄の隔壁の真の姿が浮かび上がってきた。
扉の表面を、のたうち回る蛇のように複雑に覆い尽くす防壁結界の魔力光。
その圧倒的な情報量に一瞬めまいがするものの、怯まずにその奥――システムの深部へと意識の焦点を絞り込んだ。
(開閉のスイッチとなる因果は……ここか)
見えた。
複雑に絡み合う魔力の中に、この扉の開閉を司る、太い一本の因果の糸。
現在は、『閉』の状態に確定している。
だが、そのすぐ横に、未確定のまま宙ぶらりんになっているもう一本の太い糸があった。
あれが、『開』の因果に違いない。
俺は、ただひたすらにそれを『開』に繋ぎなおすように意識を集中する。
(このスキルが通用するのかはわからない。が──)
ドクン、ドクンと、右目の奥が破裂しそうなほど熱く脈打つ。
痛みと恐怖で、ドギマギする精神を必死に抑え込み、イメージを研ぎ澄ませた。
やることは単純だ。
現在結ばれている『閉』の因果を強引に解き、宙を漂う『開』の因果を、力任せに結びつける。
いや、違う。
縫い合わせる、イメージだ。
「……『因果の縫合』!!」
祈るような叫びとともに、二つの因果を脳内で一気に縫合した。
パキィィィィンッ!!!
空間そのものがへし折れたかのような、極めて高い結晶の割れる音が脳内に響き渡る。
それと同時に、右目から熱い一筋の血がツゥと流れ落ちた。
激烈な負荷に視界が真っ赤に染まる。
しかし、俺の執念は世界に届き、法則を書き換えることに成功したようだ。
ズズズ、ズズズズズ……ッ!!
壁と同化していた鋼鉄の扉が、静かに動き始めた。
扉の魔術回路が浮き上がり、鮮やかな緑色の光を帯びる。
五メートルを超える巨扉が、地鳴りのような駆動音を立てて左右へと滑るように開放されていった。
「やった!開いたわ!」
後ろで、歓声が聞こえる。
「……大したものね」
「これで……やっと、ここから出られる!」
フェイがエルフィの隣で、嬉しそうに羽をパタパタと震わせた。
救出されたスラムの人々やピクシー族の間にも、一気に希望の光が広がっていくのがわかる。
「これで先に進めるわ!」
エリナが駆け寄ってきて、俺の顔を覗き込む。
右目の血を見て一瞬顔を曇らせたが、俺が「大丈夫だ」と無理に微笑むと、小さく頷いた。
「ああ、道は開けた。さあ、みんなでここを脱出するぞ!」




