77 一点突破
四角い部屋の中で、俺とハルクの激しい攻防が繰り広げられていた──。
「グルァァァッ!!」
不意に、ハルクがその場で独楽のように超高速で回転し始めた。
周囲に強烈な空気の幕が出来上がり、迂闊に近づくことすらできない。
聖斧スキル『ボルテックス・ブレイカー』。
それは単なる回転斬りではなかった。
超高速で振り回される巨大な魔導斧は、大気を強引に巻き込んで真空の竜巻を作り出した。
キィィィィィンと耳を劈く高音が響き、金属床がメリメリと剥がされ、一瞬で塵へと粉砕されていく。
「これに巻き込まれたら、即死は免れないぞ!!」
引きずり込まれそうになる猛烈な吸引圧に逆らい、俺は金属の床に魔剣を突き立てて身体を固定した。
だが、竜巻はその場に留まらない。
ハルクの狂乱の瞳が俺を捉えた瞬間、巨大な鉄の嵐が凄まじい地鳴りを立てて、こちらへと向かって突進を始めた。
「移動する竜巻って……まじかよ」
「依人!!」
背後からエリナの悲鳴のような声が聞こえる。
避けるスペースはない。
四角い大部屋の壁際まで追い詰められた俺の眼前に、すべてを破壊する死の渦が迫る。
(いや、見ろ。どれだけ完璧に見える技にも、因果の綻びは必ずある――!)
俺は右目の『観測者』の視力を極限まで絞り込んだ。
────
白黒の世界。
荒れ狂う竜巻はもう見えない。
代わりに視界を埋め尽くすのは、無数の黄金の糸。
その隙間に、一箇所だけ、激しくブレながらも回転の軸となっている魔力の中心点が見えた。
あそこだ。
あの一点だけは、遠心力と吸引圧が相殺し合って、無風地帯になっている。
「おおおおおッ!!」
俺は魔剣を引き抜き、限界突破した反応速度を以て、あえて自らその死の嵐の真ん中へと飛び込んだ。
ガガガガガガガガッ!!!
暴風の刃が俺の頬や肩をかすめ、肉が裂ける。
だが『蛮力の咆哮』の効果で、今の俺は痛覚を遮断されている。
尚且つ、即死でもしない限り、削れたHPは『生命の加護』で回復できる。
俺は吸い込まれる身体の軸を強引に制御し、魔剣の切っ先を、その『魔力の中心点』へと狂いなく突き立てた。
ズドォォォォンッ!!!
俺の放った刺突が、竜巻の核へと深く突き刺さる。
その瞬間、完璧に噛み合っていたハルクの回転運動のエネルギーが行き場を失い、内側から爆発するようにして強烈な衝撃波を放った。
爆風が四方に吹き荒れ、俺とハルクの巨体は、お互いに弾き飛ばされるようにして距離があいた。
床を大きく滑りながら、俺はなんとか足を踏みとどまらせる。
完全に防ぎきった。
ハルクの放った絶大なる大技を、俺は真正面から打ち破ってみせたのだ。
「ガァァァッ!!」
体勢を崩したハルクが、なおも反射的に魔導斧を振り下ろすが、俺はその刃を魔剣の腹で強引に弾き飛ばした。
ガギィィンッ!
部屋中に金属の悲鳴が響き渡る。
ハルクの身体が大きくのけ反る。
痛覚を持たない怪物が、初めてその体勢を大きく崩した瞬間だった。
「グルルルッ!」
ハルクはのけ反りながらも、隙を埋めるべく無詠唱で至近距離からの上級火属性魔法を放とうとする。
その口元に集まる破壊のエネルギー。
「させないわ!」
後方から、エリナが残った全ての魔力を込めた風の弾丸をハルクの顔面へと着弾させた。
爆発的な風圧がハルクの頭部を激しく揺らし、巨大な火球の弾道が天井へと大きく逸れる。
ズドォォン!と天井の配管が爆発し、激しい火花が降り注いだ。
「ナイスだ、エリナ!」
俺は火花の雨を突っ切り、ハルクの懐へと完全に潜り込んだ。




