74 戦線の崩壊
(このままじゃ全滅する。早いところ奴のスキルを強奪して無力化しないと──!)
「ターゲット補足……『因果の強奪』!」
白黒に反転した視界の向こう、狙うは『斧聖技Lv1』。
本当は根こそぎいきたいところだが、以前の勇者戦での苦戦が脳裏をよぎる。
一つずつ確実にいく。
因果の糸を掴んだ。引き抜く――そう確信した、次の瞬間だった。
「――っ!?な、んだこれ……っ!?」
手応えが、あまりにもおかしい。
想像と違うものを引っ張るような感覚。
例えるなら、鉄の塊だと思って持ち上げたら、発砲スチロール製のとても軽いものだった時のような。
おかしいどころか、俺が掴んだ因果の糸を逆流して、不純物が右目へと直接流れ込んでくる。
「ガ、あぁぁぁぁぁぁッ!!!」
脳ミソに直接、沸騰した油を流し込まれたような激痛。
視界が一瞬で真っ赤に染まる。
右目からポタポタと熱い血が流れ落ち、俺は右目を押さえつけた。
【警告:対象の因果は壊れています。強奪を強制的に中止します】
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!改造、人間だからか……中身が、めちゃくちゃに作り変えられているというわけか……!」
いつもなら通用する必勝の手段が、完全に封じられた瞬間だった。
「グルルルル……」
ハルクの口から、獣のような唸り声が漏れる。
血管の青い光が一段を眩くなり、その口元に禍々しい紅蓮の炎が収束し始めた。
「――無詠唱の上級火属性魔法……!エリナ、来るぞ!!」
俺の叫びと同時に、ハルクの口からすべてを焼き尽くす広範囲の劫火が放たれた。
上級魔法『プロミネンス・バースト』。
「そんなこと、絶対にさせない!!吹き荒べ、万物を拒絶する極大の障壁――『エアロ・ディビジョン』!」
エリナが必死の形相で杖を突き出す。
先ほど習得した上級風属性魔法が炸裂し、部屋の中に強大な真空の壁を作り出した。
ハルクの放った炎の奔流が、エリナの作った風の障壁と正面から激突する。
炎は酸素を奪われ、気圧の壁に押し潰されるようにして、激しい水蒸気を上げながら相殺された。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
魔法を打ち消したエリナがその場にガクリと膝をつく。
エリナの魔力値250に対し、ハルクの魔力値は420。
その差を埋めるべく、エリナのほうは大量のMPを消費したはずだった。
「オラァァァッ!!」
立ち込める白い水蒸気の幕を切り裂き、ベネディクトが最後の力を振り絞って跳躍した。
ハルクの側頭部へ向けて、渾身の闘気を込めた拳を叩き込む。
かつてコロシアムで何度もハルクのガードを崩した、彼の一番得意な角度。
だが、ハルクは視線すら向けず、斧を持たないほうの左手でベネディクトの拳を正面からガシリと受け止めた。
「な……っ!?」
「グルルルル……」
ハルクの唸り声が響く。
奴の圧倒的筋力の前では、ベネディクトの拳など、赤子の悪あがきに過ぎなかった。
ハルクはベネディクトの拳を掴んだまま、その巨体を軽々と持ち上げ、床へと全力で叩きつけた。
ドガァァァンッ!!!
床の石が完全にひしゃげ、ベネディクトの口から大量の鮮血が吐き出される。
容赦のない追撃として、ハルクの巨大な金属ブーツがベネディクトの体を力任せに蹴飛ばした。
バキキィッ!と嫌な骨折音が部屋中に響き渡る。
「ベネディクトーーーッ!!」
「イヤアァァァァァァァ!!」
俺の横で、フェイが頭を抱える。
壁に激突して転がったベネディクトはピクリとも動かなくなり、そのステータスのHPバーは一気に瀕死の赤色へと叩き落とされた。
前衛の要であるベネディクト、完全なる戦闘不能。
ハルクは冷酷な足取りで、次の標的――俺へと向かって歩き始めた。




