73 限界を超えた選択
「『|崩壊・無双烈打』!!」
ベネディクトの咆哮とともに、彼の両腕が視界から消失した。
直後、静寂に包まれていた四角い大部屋に、爆竹を何万発も同時に破裂させたような絶え間ない打撃音が轟き渡る。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!
闘気を極限まで纏った拳が、ハルクの堅固な肉体に向けて雨あられと叩き込まれていく。
一撃一撃が岩をも砕く重さの拳。
それが、肉眼では捉えきれない残像の嵐となってハルクの全身を蹂躙した。
顔面、鎖骨、胸元、そしてがら空きの腹部へ。
「オラオラオラオラァァァッ!!受け止められるもんなら受け止めてみやがれッ!!」
「すごい、押してる……」
二人の攻防を唖然と見つめるしかなかったエリナが、ぽつりと漏らす。
だが、その横で常時『鑑定』を発動していた俺は、彼女とは真逆の感想を持っていた。
「いや……効いていない……」
ハルクの巨体が、その圧倒的な手数の前にわずかに後退していく。
だがそれは、ダメージによるものではない。
痛覚を持たず、怯まないはずのプロトアバターが、拳の重さに負け、物理的に押し込まれているだけなのだ。
一発、十発、五十発――何発食らわせたかは、もはやわからない。
無数のパンチの音が鳴りやんだ頃、そこに立っていたのは傷一つないハルクだった。
「な…嘘、だろ……?」
息を切らすベネディクトは、その姿を見て絶望する。
彼の残りHPは4650。
先ほどの爆風での自滅分を除けば、今の猛攻によるダメージはほとんど入っていなかった。
「お前……本当にあの頃にハルクなのか?やっぱりバケモンになっちまったのか?」
ハルクの斧に繋がれていたワイヤーはとっくに引きちがれている。
そして、このゼロ距離の間合いだ。
ダメージがあれば怯んでいたかもしれないが、ほとんどノーダメージのハルクにとって、至近距離でのカウンターを叩き込むなど造作もないことだった。
巨大な魔導斧が、ベネディクトの首筋めがけて強烈に跳ね上がる。
「まずっ……」
ベネディクトは、咄嗟に左手をかざしまばゆい光を浴びせる。
軌道を逸らすことを狙った目くらまし。
彼が、今まで通りの人間だったら、あるいは効果があったかもしれない。
だが、化け物と化してしまった彼はもはや、眩しい、痛い、熱い、そういった感情がなかった。
最後の足掻きは虚しく不発に終わり、無慈悲に振り下ろされた斧がネディクトの左肩をざっくりと抉る。
「ぐ、ああぁぁッ!?」
大量の血が噴き出す。
ベネディクトは後方へ身を引いたため、間一髪で即死を免れた形だ。
だが、絶望はまだ始まったばかりだった。
「ベネディクト!」
俺はすぐさま駆け寄り、治癒魔法を施した。
だが、傷口があまりに深すぎて完全には塞がらない。
「依人、コイツの動きは人間の範疇を超えてる!お前じゃあ、奴の動きについていけないだろう」
肩を貸そうかと気遣う俺だったが、その手は払いのけられた。
彼は自力で立ち上がるも、その足元は明らかにふらついているし、肩からの流血も治まっていない。
その間、クロニカはしっかり自分の役目をこなしていた。
攻撃が効かないと知りつつも、あちこちへ高速移動しながらクナイを投げつけ、ハルクの注意を引く。
ハルクはベネディクトから目線を逸らし、鬱陶しいハエを払うかのように滑らかな動作で斧を横一文字に払っている。
その度に、ブォォン、と大気が爆ぜる音がする。
だが、それも長くは続かなかった。
隠密に特化し、素早さには自信のあるクロニカだが、それでもハルクの圧倒的な敏捷値をもってすれば捉えるのは容易い。
彼女が次のクナイを投げるよりも一歩早く、ハルクの斧が容赦なく振り下ろされた。
クロニカは瞬時に身を翻したが、斧が引き起こした凄まじい風圧だけで、その華奢な身体が木の葉のように吹き飛ばされ、ガラスカプセルに激突した。
パリィィィンッ!!
「ガハッ……!?」
ガラスの破片とともに床に叩きつけられ、彼女の口から鮮血が零れ落ちる。
「クロニカ!」
クロニカは口元の血を拭いながら立ち上がるが、今の一撃で明らかに致命傷だ。
(まずい、ベネディクトもクロニカも重傷を負った。……このままじゃ全員、なす術もなく全滅する……!)
冷や汗が全身を流れ落ちる中、俺は自分の右目を強く抑え込んだ。
どうする、どうすればこの化け物を止められる――!?




