70 主犯の科学者
地下の一室に、クロニカの鋭い独り言だけが響く。
彼女は完全に集中し、基盤と向き合っていた。
「基幹回路の魔力抵抗値を……オーム換算で3倍に固定。ダミーの魔力信号をジェネレーターに送り、バッテリーがまだ繋がっていると装置に錯覚させる。……次に、安全弁の緊急開放!」
カチ、カチカチッ!
彼女が工具を動かすたびに、不気味に明滅していた緑色のランプが、次々と安全を示す青色へと書き換わっていく。
魔導具を知り尽くした彼女だからこそできる、一寸の狂いもない超高速のハッキングだ。
「最後はこれよ……消えなさい!」
クロニカがレバーを力強く叩き落とす。
──キュゥゥゥゥゥン……
今までブォンブォンと低い音を立てて稼働していた魔導ジェネレーターから緑色の明かりが消え、動作を停止させた。
「止まった……の?」
「ええ。安全装置を無理やり作動させましたわ。少なくとも、彼女たちの生命を吸い上げる機能は停止しておりますわ。ですが……」
クロニカがいまだホースに繋がれているピクシーたちを見やった、その時だった。
パチ、パチ、パチ──。
部屋の奥の暗闇から、冷やかすような拍手の音が響き渡った。
「供給ラインの魔力波長を完全に読み切って安全に停止させるとは、お見事です。……自律人形の防衛網を突破して、まさかここまでネズミが紛れ込んでくるとはね。……計算外のイレギュラーだ」
ゆっくり歩いてくるのは、白い白衣を羽織り、眼鏡の奥の目を不気味に細めた男――魔導院の科学者だった。
彼こそが、この非道な勇者召喚実験の主犯格に違いない。
「一体どこから……いやそんなことより、お前がこの子たちを拉致したのか!」
俺が魔剣を突きつけると、科学者は悪びれもしずに、くつくつと肩を揺らして笑った。
「失敬な。拉致ではなく有効活用と言ってほしいものだね。価値なきスラムの人間や亜人どもの命が、この勇者召喚実験を経て国の役に立とうというのだ。彼らも本望だろう?」
「人間の命を何だと思ってやがる……!許すかよ……ッ!」
「私の友達を傷つけたお前だけは、絶対に許さない!!」
フェイが俺の隣で激昂している。
エリナは怒りで拳を血が出るほど握り締め、ベネディクトは首の骨をピキピキと鳴らした。
「あなたには、聞きたいことが山ほどございますわ」
クロニカが一歩前に出て、冷徹に科学者を睨み据えた。
「まず、あなたが先ほどおっしゃった勇者召喚実験とは何ですの?」
「私が、その質問に素直に答えるとでも?」
クロニカと科学者が問答をする。
「ええ。無理やりにでも吐かせて見せるわ。……すべてを」
俺たちが一歩前に踏み出したその時、科学者は眼鏡のブリッジを指で押し上げながら冷酷に微笑んだ。
「おっと、熱くなりなさんな。お前たちの相手は、あいにく私ではないよ。……さぁ、目覚めの時間だ。試作体アルファ」
科学者が手元のレバーを引くと、床のハッチが開き重低音の駆動音と共にひとつの影がせり上がってくる。
その間に、科学者は出入口から出て行ってしまう。
「――ガ、ォォ……オオオオォォォッ!!」
立ち込める蒸気の向こうから響いたのは、胸の骨をきしませるような、圧倒的な咆哮だった。




