69 繋がれた被験者
「……っ、依人、あれを見ろ」
ベネディクトの低く苦々しい声に、俺は部屋の奥へと視線を巡らせ、息を呑んだ。
そこは、おぞましい生体実験の現場だった。
床に直に打ち込まれた、不気味な吸引装置。
その周囲には、数人のスラムの住人たちが力なく倒れ伏し、フェイの仲間であるピクシーたちが背中の翅の輝きを完全に失った状態でぐったりと折り重なっていた。
それぞれに半透明のチューブが繋がれ、吸い上げられた魔力が大型の魔導ジェネレーターへと供給されている。
「みんな!しっかりして!みんなぁ!」
フェイが気絶した仲間の顔を涙ながらに揺さぶる。
これで、実験の全貌が見えた。
魔導院の奴らは、魔力の供給源として失踪したスラムの住人を、ピクシーたちを、わざわざ生かしたままここに幽閉していたのだ。
「胸糞悪ィな。こんなもん、俺の拳でぶち切ってやるよ」
怒りに任せて拳を突き合わせるベネディクトの前に、俺は咄嗟に腕を突き出した。
「待て、ベネディクト!動くな」
「あ?なんで止めるんだよ」
「こういうのは、無理やり引きちぎらないほうがいい。──『観測者』、展開」
右目の奥に熱が走り、世界の裏側を暴き出す。
白黒に反転した視界の中、ただのゴムの塊に見えた太いチューブの正体が露になった。
ピクシーたちの細い首やスラムの住人たちの胸元から、生命力そのものが光の奔流となってジェネレーターへと流れ込んでいる因果の繋がりが、はっきりと見えていた。
医療において、生命維持装置をいきなり力任せに引き抜けば、出血したり、最悪の場合は心臓が止まる。
この魔導装置も同じだ。
今ここでベネディクトが拳で力任せに破壊すれば、逆流した魔力の衝撃波が彼らの脳を破壊してしまうだろう。
「物理的に壊しちゃダメだ。そんなことをしたら魔力が逆流してしてしまう」
「逆流?どういうことだ?」
「行き場を失った魔力が逆流して生じた魔力の衝撃波が、この人たちの脳を内側から破壊するってことだよ」
「なっ、マジかよ……!クソッ、じゃあどうすりゃいいんだ!?」
ベネディクトが慌てて拳を引き戻す。
俺は魔剣を抜き、その禍々しい刃を最も太いチューブの結合部分へと近づけた。
狙うのは、装置そのものではない。
住人たちの生命力とジェネレーターの吸引圧が均衡を保っている、わずか数ミリの魔力の結び目。
そこが、この供給ラインの因果の綻びだ。
ここを綺麗に断ち切れば、魔力の逆流は起こらず、安全に救助できるはずだ。
──だが、本当か?本当に安全といえるか?
じり、と額に汗が浮かぶ。
──もし間違えれば、俺の手でこの人たちの命を奪うことになる。
「確信が持てないのでしたら、おやめなさい」
静寂を切り裂いたのは、クロニカだ。
その一言でハッと我に返った俺は、緊張の糸が切れ、魔剣をおろした。
「クロニカ……どういう、ことだ?」
「私をだれだと思っていらっしゃるの。形はどうあれ、これも魔導具の一種ですわ」
クロニカが不敵に口元を釣り上げ、一歩前に出る。
入れ替わりで、俺は一歩下がるはめになった。
「……おそらく、魔力の強制吸引機ですわね。単に魔力を吸い上げるだけではなく、被験者のバイタルとジェネレーターの気圧を魔力で同期させている……。実に嫌な術式ですこと」
クロニカは自前のリュックからいつの間にか工具箱を取り出しており、その細い指先が、目にも留まらぬ速さで制御盤の金属カバーを剥ぎ取っていた。
内部の魔力回路へと直接ピックを突き刺していく。
「まさか、仕組みがわかるのか……?」
ベネディクトが呆然と呟く。
フェイは、仲間たちの手を握りしめながら祈るようにその様子をじっと眺めていた。
俺たちはただ茫然とその姿を見守ることしかできない。
カチ、カチ、カチカチカチッ。
冷たい実験室に響くのは、クロニカが精密機械をハッキングしていく、心地よい時計の秒針のような金属音だけだった。




