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「役立たず鑑定士」と捨てられた俺、全部鑑定したら勇者より強くなった  作者: 愛田茶々


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66 上級魔法

「みんなを……死なせない……っ!!」


 エリナの意識が、世界から切り離される。

 同時に、彼女の視界から色が消える。


 白黒の世界の中で見えるのは、無数の半透明な光の粒子――大気の流れだけが、蛍の光のように鮮やかに浮き上がって見えていた。


――見えなくていい。聞こえなくていい。ただ、風の声を聴いて。


 エリナは自身の魔力を極細の糸のように、部屋中に散らばる極小の空気分子へと絡みつかせていく。

 それだけにとどまらず、魔力を天井の通気口の奥深くまで伸ばし、空気分子を捕まえ、自らの意思の元へと従えていく。


 まさに神業と言うほかない、極限の精密魔力制御。


「お願い……集まって……っ!!」


 彼女が杖を鋭く一振りすると、部屋中に分散していた微量の酸素が、猛烈な速度で収束を始めた。

 通気口の奥にある空気を、部屋の中に引っ張り込んだ。


 その凄まじい風渡りの勢いに負け、迫り来ていたミスリルスパイダーたちが次々と吹き飛び、壁へと派手に叩きつけられた。


 そしてその風は、依人の、ベネディクトの、そしてクロニカの。


 倒れ伏す仲間たちの口元へとピンポイントで運ばれていったそれは。


 極小の、けれど濃密な大気の球体だった。


「クロニカさん、ベネディクトさん!依人、お願いだから呼吸をして!」


「……っ!?カハッ、ゴホッ、ゴホッ……!」


 真っ先に意識を取り戻したのは俺だった。

 新鮮な空気の塊に、本能的に貪るように息を吸い込む。


 冷たい酸素が干からびかけた肺へと流れ込み、死にかけていた脳の細胞が瞬時に覚醒していく。

 視界の霞が急速に晴れた。


「な……にが……」

「はあ……はあ……九死に一生を得たわね……」


 続いてベネディクトとクロニカも胸を大きく上下させ、必死に呼吸をする。


 息を吹き返した俺は、床から這い上がりながら、エリナを呆然と見つめた。


 この危機的状況だ、俺の右目は自然と『観測者』を発動していた。


 彼女の全身からは、眩く、澄み切ったエメラルド色の魔力が激しく立ち上っていた。

 その圧倒的な輝きに呼応するように、俺の右目が、世界の法則が書き換わった瞬間を捉えてログを走らせる。


【対象者:エリナ】

【スキルレベル上昇:風属性魔法 Lv9 ⇒ Lv10】

【上級風属性魔法Lv1へ昇華しました】


「Lv10……!上級魔法……っ!?」


 俺は思わず息を呑んだ。


 エリナの髪が、神聖な風を孕んで美しく舞い上がる。

 大気を動かすだけだった彼女の風魔法は、ついに無からも大気を生成できる、無限の可能性を秘めた領域へと至ったのだ。


「みんな……、お待たせしました」


 エリナがそっと、迫り来るミスリルスパイダーたちへ杖を向けた。

 その瞳には、もはや一滴の恐怖も残っていなかった。


 彼女は深く息を吸い込み、澄んだ声で詠唱する。


「――我が魔力を糧に、失われし世界の息吹をここに紡げ――」


 彼女の全身から溢れ出たエメラルド色のまばゆい光が、真空の檻を隅々まで満たしていく。

 その直後、劇的な変化が起きた。


 ゴオォォォォッ!!!


 あり得ないはずの音が、真空だったはずの部屋に鳴り響く。


 音が伝わるということは、そこに空気が存在している証拠だ。


 エリナの魔力から瞬時に膨大な空気が生成され、濁流のように生み出されていく。


「チキチキチキチキ……」


 しかし、痛覚のないミスリルスパイダーの群れは止まらない。

 突如として部屋を満たした風を浴びながら、鋭い爪を剥き出しにして、弾丸のような速度でエリナへと跳躍した。


 エリナは怯まない。

 自ら生み出したばかりの濃密な大気を、その小さな手で完全に掌握する。


「風よ、すべてを吹き払い平伏させよ!」


 杖を鋭く一振り。


「ジェネシスストーム!!」


 ――ズドォォォォン!!!


 部屋全体が消し飛ぶかのような、凄まじい大爆音。

 エリナが生み出した高密度の空気が、超高圧の暴風となって爆発的に膨れ上がった。


 ついさっき、動かす空気がなくて不発に終わったウィンドストームとは、次元が違う。

 自ら生み出した無限の大気を弾丸並の威力に変えて全方位へと放つ、絶対的な質量攻撃だ。


 ──ビタン、ビタン、ビタン!!


 十数匹のミスリルスパイダーが、壁に叩きつけられ、全身を覆う頑丈なミスリルコートごと、ベコベコにひしゃげていく。


 ドガガガガガァンッ!!!


 激しい衝撃音と共に、すべての蜘蛛たちが圧壊し、完全に沈黙した。


「……マジかよ」


 隣でベネディクトの口がポカンと開いている。


 常識を力技でひっくり返したエリナの姿に、俺たちはただただ圧倒されていた。

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