59 突入の決断と
「これ、ただの転移魔法じゃねぇな。というか、そもそも魔法なのか?魔力を感じないんだが」
ベネディクトがじっと観察する。
彼の言う通り、普通の魔法なら感じるはずの魔力がまったくない。
俺は、かつてこれと同じような魔法をみたことがある。
そう、ゾディアスだ。
彼もこの手の空間移動の魔法を使っていたが、そのときは確かに魔力を感じた。
「予想でしかないけれど、空間ごと切り取って隔離、または消去するための装置といったところかしら」
一歩前に出たクロニカが、状況を補足する。
ゲートから漏れ出る風の流れが、彼女の髪を揺らす。
「ダンジョンの入り口、みたいなものでしょうね。ただし、人為的にその出入り口を顕現消去できるタイプの……」
「つまり、今を逃せば二度と潜入できないし、フェイの仲間たちも救えないってことだな」
俺は右目の『観測者』の視界に表示されたカウントダウンを睨みつけた。
【空間解放まで――90秒】
「早く! 早く行こう!今この瞬間も、みんなが苦しんでるかもしれない!」
フェイが熱くなった記憶の欠片をぎゅっと抱きしめながら、泣き叫ぶ。
その小さな身体から溢れ出る焦燥感が、俺の肌にも熱となって伝わってきた。
「どこに繋がっているかわからねぇってのは、やっぱり少し怖いよな……」
ベネディクトが、いつになく真面目なトーンで呟く。
「依人」
エリナが俺のすぐ隣に並び、ぎゅっと魔法鞄の紐を握りしめた。
彼女の横顔には、恐怖を押し殺した強い決意が満ちている。
「覚悟なら、出来ているわ。フェイちゃんの仲間を助ける。それ以外の選択肢はないもの」
「ああ、分かっている。ゲートをくぐった瞬間、いきなり敵のど真ん中っていう地獄が待っているかもしれない。みんな、気を引き締めていくぞ!」
俺は万が一に備えて、魔法鞄から魔剣を取り出した。
鉄壁の防御を誇る王立魔導院。
その正門を真っ向から突破することなど、今の俺たちには到底不可能だ。
だが、この不気味なゲートを抜けた先は、魔導院が直轄する実験場に繋がっているはず。
ゴミ捨て場からの裏口入学といったところか。
「あんたらには、親父を助けてもらった恩があるしな。今更怖気づいたりはしねぇぜ」
ベネディクトが、己を奮い立たせるかのように不敵に笑う。
「クロニカ、あんたはどうする?」
俺が問いかけると、クロニカは呆れたように長いため息をついた。
「……申し上げたはずですわ。私にも、亡き兄の仇を討つという大義がございますの。魔導院に一矢報いたいという思いなら、この場の誰よりも強く抱いておりますわ」
これで、全員の腹は決まった。
【空間解放まで残り――20秒】
紫色の裂け目が、限界を迎えたガラスのようにパキパキと音を立てて悲鳴を上げ始めた。
いよいよ、ゲートが完全に開く。
「これ、開放されたらここら一帯の空間を呑み込むってことでいいのか?」
「そのピクシーの話が事実であるなら、恐らくそうなるわね。転送先で何が待ち受けているかは分かりませんわ。ですから、目はしっかり開けておくことね」
「フェイ、しっかり俺の肩に掴まってろよ」
俺の言葉に、フェイは無言でギュッと肩を強く握りなおす。
【空間解放まで残り――1秒】
「――来るっ!」
次の瞬間、目の前が真っ白な光に包まれた。
強烈な浮遊感と、全身の肉がぐにゃりとねじ切られるような、空間転移特有の圧力が俺たちを襲った。
エリナの短い悲鳴が、遠くで耳を掠める。
光と闇が高速で反転し、鼓膜がキーンと鳴って現実世界の音が完全に消失する。
刹那。
俺たちは、終わりへと向かうゲートの激流へと、全員でその身を投じた。




