56 虹色の予兆
翌朝、フェイのけたたましい羽音で目が覚めた。
「ちょっと!起きなさいよ依人!大変、大変なのよ!」
俺の鼻先で、フェイが激しく翅を羽ばたかせる。
その風圧と、耳元で鳴り響く鈴のような高音に、俺は無理やり意識を引きずり出された。
「……ん、なんだよ。朝にはまだ早いだろ……」
一瞬、どこにいるかわからなかったが、視界に映る石造りの天井と、鼻を突くほんのりカビ臭い空気で、すぐにここがテリオットの地下室だと思い出した。
「これを見て、これ!」
フェイが見せつけてきたのは、親指の爪ほどの大きさしかない、歪な形をした透明な石だった。
いや、石というよりは魚の鱗のようにも見える。
それは淡い虹色の光を内側に宿し、心臓の鼓動のような周期で微かに明滅している。
「なんだ、それは」
「仲間のひとりが消える直前に落とした記憶の欠片よ。ずっと光が消えてたから、もうダメかと思ってたのに……さっき急に熱くなって、光りだしたの!」
その言葉に、隣の毛布で丸まっていたエリナも目を覚まし、眠そうに目をこすりながら身を乗り出してきた。
「ピクシーの記憶の欠片……。絵本で読んだことがあるわ。強い感情を持った時だけ、稀に体内の魔力がこぼれ落ちて結晶化するんだって……」
「あれからずっと黒ずんでいたのに、今になってこんなに強く光るなんて……近くに、あの日消えた仲間たちがいるに違いないわ!」
フェイの翅は期待と不安で小刻みに震えていた。
俺は身体を起こすと、手渡されたその結晶を指先で受け取った。
驚くほど熱い。
まるで、持ち主の必死な叫びがそのまま熱量に変換されているかのようだ。
俺は右目に意識を集中させ、スキル『鑑定』を発動した。
【記憶の欠片】
【説明:ピクシーが落とした魔力結晶。】
説明の下に、何やら開けそうなタブがある。
意識して開いてみると、グレーの文字で隠し情報が表示された。
【観測者ログ:結晶の因果は"王立魔導院・空間隔離実験線"に接続中。現在展開されつつある異空間ゲートを伝い、現在はアクティブ状態となっている】
「依人、何か見える……?」
エリナが祈るような顔で俺の顔を覗き込む。
「間違いないわ、近くに……すぐ近くに、仲間たちがいるわ!この光り方は、仲間が助けを求めて叫んでる波長よ!」
捲し立てるフェイを、手で優しく制する。
「……ああ。フェイの仲間のもので間違いなさそうだ。気になるのは、"異空間ゲート"というものだな。今まさにどこかでそのゲートが開かれつつあって、そこから漏れ出した魔力を伝って、こいつが活性化したようだ」
「じゃあ……じゃあ、みんなまだ生きてるのね!?」
弾んだフェイの声に、俺はすぐに頷くことができなかった。
皆には言わなかったが、仲間のピクシーは"王立魔導院・空間隔離実験線"というところに居るらしい。
──実験。
生きていたとしても、無事かどうかは、わからない。
俺が言い淀んでいると、フェイが大粒の涙を流し始めた。
「良かった、みんな生きてた……本当に良かった……」
(いや、無事かどうかわからない、じゃないだろ。絶対無事だ。無事じゃなかったとしても、俺が無事にして見せる!!)
フェイの涙を見ているうちに、俺の胸の奥でふつふつと熱いものが込み上げてきた。
内心で固く決意を固める。
「さて、問題はその異空間ゲートとやらがどこにあるか、見当もつかないことだな。クロニカ、なにか知らないか?」
部屋の隅へ声をかけると、ちょうど布団をたたみ終え、髪を櫛で梳いていたクロニカが、面倒くさそうに振り返った。
「なんで私に振るのよ?」
「いや、普段から本を読んでいるお前なら、もしかしたらと思って」
クロニカはため息交じりに答える。
「……さあ、そのような話は聞いたことがございませんわね。もっとも、知らないなりに申し上げるのでしたら、その子の仲間が消えたという場所へ、足を運んでみることですわ」
「空間系の実験というものは、過去に成功例のある座標を繰り返し用いるのが定石ですもの。もし本当に術式が関わっているのでしたら……何か痕跡が残っている可能性はございますわ」
なるほど、筋が通っている。
魔導院が作った異空間のゲート。
それは、フェイの仲間を見つけること以上に、魔導院に潜入する絶好のチャンスだった。
「みんな。そのゲートに飛び込めば、フェイの仲間を助けられる。ピクシー救出作戦に、行くぞ!」




