52. 鑑定士は妖精と出会う
俺たちは、スラム街の一角で妖精の痕跡を見つけた。
恐らくは、噂になっているらしい『盗み食いの容疑者』なのだが、今のエリナにそんな理屈はどうでもいいらしい。
妖精という響きだけで、すべてを忘れて夢中になれるものらしい。
「はいはい、わかったよ。いずれにせよ、盗み食いの犯人かもしれないし辿ってみる必要はありそうだな」
溜息混じりにそう言うと、エリナは「もう、依人はロマンがないんだから!」と不満げに頬を膨らませた。
「とりあえず、そのキラキラを辿ってみよう。ピクシーが犯人なら、どこかに潜んでいるはずだ」
俺たちは、路地の壁や荷車の陰にわずかに残る虹色の粒子を辿った。
スラムのさらに奥、放置された貯水槽の近くまで来ると、一段とキラキラしているエリアがあった。
「……あそこだ」
俺は声を潜め、指をさした。
積み上げられた空の木箱の隙間に、一瞬だけ、小さな羽が震えるような残像が見えた。
「エリナ、驚かせないように。……いいか、まずは交渉だ」
俺は手元にある、まだ温かい串焼きの包みをそっと開く。
香ばしい脂の匂いが立ち込めると、木箱の隙間から、何かが見つめているのを感じる。
「……お腹、空いてるんだろ?怖がらなくていい。これは、お近づきの印にプレゼントだ。なに、俺たちは敵じゃない。君に一つ二つ、聞きたいことがあるだけだ」
串焼きを一本、手でつまんで差し出す。
だが、動きはまるでない。
本当にそこに誰かいるのか、という疑問すら浮かび始める。
「おっと……ダメか。やっぱり警戒されてるな」
差し出した串焼きが虚しく宙を漂い、俺は苦笑いする。
姿がまったく見えないため、『鑑定』を発動してもターゲットを捕捉できず、詳細情報は表示されない。
「待って、依人。……たぶん、それじゃダメなのよ」
エリナがそっと前に出た。
彼女は何かを思い出したように、依人の魔法鞄をごそごそと探り始める。
「絵本に書いてあったわ。ピクシーはとっても綺麗好きで、人間が素手で触ったものを極端に嫌うことがあるって。手渡しなんて、絶対にダメよ」
エリナが取り出したのは、森で摘んでおいた数粒の野生の木の実と、綺麗なハンカチだった。
彼女は石畳の上にハンカチを広げ、その上に丁寧に木の実を並べる。
そして、依人の肩を叩いて一緒にそのまま少し後ろへ下がった。
「ごめんね、驚かせて。これ、汚れていないから。……もしよかったら、食べて?」
優しく語りかける。
すると、不思議な現象が起きた。
ふわり、と。
ハンカチの上の実が一つ、宙に浮く。
続いて二つ、三つ。
木の実が木箱の陰に吸い込まれるように消えていき、やがてハンカチだけが残った。
「……あ。ふふ、美味しい?」
エリナが微笑む。
「エリナが絵本を読んでてくれて助かったよ。俺の串焼き作戦は大失敗だったな」
俺は、口を開けて呆然とその光景を眺めながら言った。
──その時だ。
「何よ、聞きたいことって」
不意に、依人の耳元で声がする。
「……っ!?」
慌てて横を見ると、そこにはいつの間にか、手のひらサイズの少女が浮いていた。
背中に透き通った翅を持ち、光学迷彩を解いたその姿は、淡く輝いている。
移動の予兆すら全く察知できなかった。
「……可愛い。本当に、本物のピクシーなのね」
エリナが息を呑み、祈るような瞳でその小さな少女を見つめていた。




