51. 妖精の痕跡
俺は屋台で串焼きを買い足すついでに、店主の親父にさりげなく声をかけた。
「さっき西の揚げ物屋がやられたっていう話を耳にしたけど、最近じゃ珍しいのか?」
「ああ、兄ちゃん、知らないのかい。この一週間ほどさ、この辺の屋台が襲撃されているんだ。今回で八度目だよ。犯人は、毎回食べ物を根こそぎ持っていくらしいから同一犯で間違いないだろうね」
店主は声を潜め、不快そうに顔をしかめた。
「俺たちは助け合って生きているんだ。盗みに殺し、汚いこともやるが、わざわざ同じ街の人間をターゲットにはしねぇ。だから犯人は恐らく外部犯だろう」
「外部犯、か……。なら、警備の兵士が動いたりはしないのか?」
「まさか。騎士様が、スラムの盗み食いなんかのために動くもんかよ。それどころか、『汚ねぇネズミ同士で潰し合ってろ』くらいにしか思っちゃいねぇよ。まったく、失踪事件も続いてるしどうもきな臭いぜ……」
「失踪事件?」
「いや、こっちの話だ。ほらよ」
店主は吐き捨てるように言い、俺に焼きたての串を手渡した。
受け取った肉からは香ばしい匂いが立ち上っているが、俺の意識は別のところに向いていた。
八度も襲撃がありながら、誰も現場を押さえられず、痕跡一つ残っていない。
普通の泥棒なら、どれほど手慣れていても逃げる方向や足音くらいは誰かに目撃されるはずだ。
「……痕跡も残らないなんて、まるで手練れの冒険者ね」
「でも、そんな実力者がこんなせこい真似をするかな。どうにも腑に落ちないんだよな」
俺が考え込んでいると、隣を歩いていたエリナが立ち止まり、ふと空を見上げた。
「ねえ、依人。あそこ……何か、キラキラしてない?」
エリナが指差したのは、屋台の影になった路地の入り口だ。
夕陽の反射かと思ったが、よく見るとそれは鱗粉のような、淡い虹色の光の粒だった。
「……あれは」
俺はその光の粒にフォーカスして『鑑定』を発動してみた。
『ピクシーの鱗粉』
『詳細:亜人種ピクシーから剥離した微細な魔力結晶。周囲の光を屈折させる特性を持ち、姿を消す際の媒介となる。』
「ピクシー?なんだ、それ」
思わず口に出たその言葉を、エリナが拾う。
「亜人種よ。迫害された歴史があって、今では人前に姿を現すことはまずないわ。それがどうかしたの?」
「いや、そのキラキラしてるの。鑑定によれば、ピクシーの鱗粉だそうだ」
「ええっ!?まさか、こんなところに。だとしたら私、一度でいいから会ってみたいわ!」
エリナが目を輝かせる。
たしかに珍しい種族だというのはわかったが、そこまで食いつく程のことだろうか。
「だって、小さい頃に絵本で読んでからずっと憧れてたんだもの!花畑で踊って、困っている人を魔法で助けてくれる……女の子なら誰だって一度は夢見る存在なんだから」
瞳をとろけさせて熱弁するエリナ。
彼女にとっては、おとぎ話が現実に現れた、みたいな感覚らしい。
そんな彼女を前に、俺は完全に毒気を抜かれていた。




