42 骸の掃き溜め
霊水で心身ともにスッキリした後の数時間は、驚くほど順調だった。
だが、突如として空気は一変する。
ピリ、と肌を刺すような寒気が走る。
それは単なる気温の低下ではない。
強大な何かから溢れ出る瘴気が、肌に突き刺さるのだ。
「……なんだ、このプレッシャーは」
一行が足を止めた、その時だった。
――ズン、ズゥゥゥン。
地響きと共に姿を現したのは、巨大な異形だった。
生物、と呼ぶにはあまりに歪で、おぞましい。
ベースは巨大な竜の骨格に見えるが、その全身のすべてが、無数の小さな骨が複雑に噛み合って構成されている。
背からは何十本もの腕の骨が、まるで千手観音のように生えて蠢いている。
節々に埋め込まれた無数の頭蓋骨が、合唱のようにガチガチと歯を鳴らしていた。
それはまるでレクイエムのように。
「ひぇっ……」
「な、なんだよこれ……」
俺たちは息を呑む。
頼みのベネディクトさえ、初めて見る化け物に驚愕を隠せずにいた。
「――ギ、ギ……ギィイィィイイイイイアアアアアアアアアアッ!!」
異形の口に当たる部分が開いたかと思うと、耳をつんざく金切声が響き渡る。
とても不快な音だ。
「ちょっと、何なのよ、あれ!ベネディクト、何か知らないの!?」
クロニカが、声を張り上げる。
「ッ!わからねえ!俺だってあんなのは初めて見た!だが想像はつく!」
叫び声が響き渡る中、俺は顔をしかめながらも山のような怪物を目で捉え『鑑定』を発動する。
【名称:ボーンレクイエム】
【種別:融合変異種】
だが、読み取れたのはそこまでだった。
次の瞬間、視界に次々と文字が表示され、あっという間に埋め尽くされる。
「が、あぁ……ッ!?」
これまでの鑑定とは全く違う。
無数のウィンドウが、視界のあちこちで強制表示されたのだ。
異形を形作る一つ一つの骨、命を落とした冒険者の腕、獣の肋骨――それらすべてが、独立した鑑定対象としてエラーログのように情報を吐き出し始めた。
【名もなき冒険者の骨】【ゴブリンの頭蓋】【フォレストベアの肋骨】……
【状態:融合中】 【状態:融合中】 【状態:融合中】……
──意識が飛びそうな中、遠くでベネディクトの叫び声が続いている。
「コイツは、骸の掃き溜めだ!正確な名は知らねぇが、俺たち聖職者の間ではそう呼んでる!たまに起きるんだよ。行き場を失くした無数の怨念が、その辺の骨を依り代にして、泥団子みたいに固まっちまう現象がな」
俺は、慌てて鑑定を解除し、右目を強く押さえつける。
「ねえ依人!大丈夫!?」
エリナが心配して声をかけてくれる。
手で大丈夫だと合図し、ベネディクトに対して負けじと怒鳴り返す。
「ああ!それより、なんだ!要するに、無数の魂の集合体みたいなもん、ってことか!?」
「恐らくはな!」
(なるほど、道理で鑑定が一か所に定まらなかったわけだ。……しかしコイツは厄介だぞ)
ボーンレクイエムが再び咆哮をあげる。
「ギ、ギギギ……アァァァァァァ!!」
ただの音ではない。
物理的な衝撃波を伴う瘴気の波動だ。
「ッ!……『聖壁』!」
ベネディクトが即座に防壁を張るが、衝撃を殺しきれず、俺たちは数メートル後ろへ弾き飛ばされた。
(駄目だ、スキルがわからなければ対処も出来ない……どうする?)
「魔法が効くか試すわ!『エアスラッシュ』!」
エリナが放った鋭い風の刃。だが、それは異形に触れた瞬間に吸収され、シュポン、と消えてしまった。
「ダメ!まるで手応えがないわ!」
異形は何事もなかったかのように、反撃の予備動作に入る。
背中から生えた無数の腕が、一斉にこちらを指差した。
その指先から、黒い雷光のような瘴気が収束していく。
(一体、どんな技が来る……!?どうすれば、この状況を打開できる!?)
思考が空回りする。自身の無力さと、目の前に迫る脅威。
俺は今、かつてない絶望の淵に立たされていた。




