第40話 夜の森、消えない残り火
急速に深まる闇。
昼間でも薄暗かった森は、完全な漆黒へと塗りつぶされていた。
不気味なまでに静まり返った辺りは、木の葉が擦れ合う音ですら耳にうるさいほどだ。
「なんだか、とっても怖いわ」
「ああ、同感だ。アンデッドはどうも気色が悪い」
俺とエリナが、焚火をくべながら待機していると、ベネディクトが戻ってきた。
「アンデッド除けの結界は張り終えたぜ。ところで、なあ。俺がいなかったら、あんたらどうするつもりだったんだ?」
「俺も疑問だったんだ。クロニカ、何か策があったのか?」
地面に置いた鞄の荷物をガサゴソと整理していたクロニカが、顔をあげる。
「……ええ、一応は」
そう言って鞄から取り出したのは、小さな瓶に詰められたウサギ型のペンダントだった。
「聖水と同質の力を、わずかながら込めてございますわ。……もっとも、まだ試作品ですの。力も微量ゆえ、かなり近くまで寄られてしまう恐れはございますけれど」
その小さな瓶を、俺たちの前に見せつける。
「なんか、心許ない話だな……」
「ええ、まあね。私だってこの日のために準備していたわけではございませんもの」
その瓶を、俺とエリナに一つずつ放り投げた。
エリナは受け取ったそれを、早速首からぶら下げていた。
「お守り代わりに持っておきなさい。瓶から取り出した瞬間に効果が発動いたしますわ」
鑑定してみる。
【魔導工芸品】
【詳細:工芸師クロニカによって製作された試作品。微弱な聖属性の波動を放出し続ける。】
(……なるほど、確かにこれは気休めに近いな)
先ほどベネディクトが放った『ホーリーグレア』に比べると、その力は僅かしか感じ取れなかった。
しかしそれでも、この小さな筐体に同様の力を閉じ込めるには、相当の苦労があったんだろう。
細部まで丁寧に研磨された兎の姿からも、とても丁寧に作られていることがわかる。
「……微量だけど、確かに感じる。優しい光だ」
俺がそう言うと、クロニカは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……申し上げましたでしょう、試作品ですの。もっと高純度の聖水が手に入れば、兄様が作っていらしたような永久結界に近づけたはずなのですけれど……」
彼女が口にした兄様という言葉。
確か、王国の実験のせいで命を落としたと、言っていたか。
その一瞬の寂しげな表情に、彼女がこの小さな兎に込めた願いが透けて見えた気がした。
「十分すぎるよ。ありがたく使わせてもらう」
俺とエリナは、その小さなペンダントを大切に懐へと収めた。
「依人、聞いていいのかわからねーが、お前の力は一体なんなんだ?」
やり取りの一部始終を見ていたベネディクトが尋ねてくる。
「あぁ、別に隠しているわけではないからいいぞ。俺は鑑定ができる。職業は鑑定士だ」
「鑑定士?聞いたことねー職業だな。へぇ。じゃあ、俺の事も鑑定できるのか?」
出会う人はみんな、これを聞いてくる気がする。
そうまでして、自分を知りたいのだろうか。
各ギルドが保有する鑑定石を使えばわかるようだが、気楽に鑑定する機会はそうそうないのだろう。
「ああ、できるぞ」
「なあ、俺の職業は今、何になっている?」
ベネディクトが、どこか祈るような、あるいは自嘲するような眼差しで俺を見た。
俺は視界に浮かぶログを、そのまま口にする。
「……神官だ」
答えを聞いた瞬間、ベネディクトはがっくりと肩を落とした。
「あぁ、やっぱりか。もうずっと、神官らしい仕事なんてしてねーはずなんだけどなぁ……」
少し離れたところで、スケルトンたちが結界に接触し悲鳴をあげているのが聞こえる。
──キィィィィィィッ!!
どうやら、ベネディクトの結界は正常に作動しているようだ。
静かな夜の森で、その声だけが響き渡っているのはとても不気味だ。
「ひっ……!」
エリナが俺の手を強く握りしめた。
彼女の手のひらから伝わる、じっとりとした冷たい汗。
今はただ、焚火の明かりが、とても心強かった。




