第38話 亡霊の棲む森
「──思ったより早かったじゃねえか」
岩に腰かけながら、退屈そうに俺たちを見つめる細身の男。
ボロボロの法衣を纏い、無精髭を生やしたその面構えは、一見すればただのゴロツキだ。
だが、そうではないと確信できる気品と、底知れぬ強さのようなものを兼ね備えていた。
(敵か!?まずい、走り疲れていたせいで察知が遅れた!急いで鑑定しないと!)
隣でエリナも臨戦態勢を取っている。
──『鑑定』
【ベネディクト・ヘイズ】
【種族】人間
【年齢】33
【職業】神官
【レベル】54
基本ステータス
【HP】1820/2122
【MP】1540/1630
【筋力】302
【防御】274
【敏捷】294
【魔力】318
【精神】318
そんな俺の心配とは裏腹に、ベネディクトはへらへらと笑う。
「そう警戒しなさんな。俺は敵じゃねえ。わかりやすく言えば……シャッテンの息子のベネディクトっていう者だ」
「……息子?」
「はんっ!なんか急に親父から呼び出されてな。報酬は弾むって言うんで、引き受けてやったのよ」
吐き捨てるように言い放ち、手に持った瓶をあおる。
中には一体何が入っているのだろうか。
「シャッテンさんと申しますと……昨日の、あの方ですわね。信じること自体は構いませんけれど……あなたが、私たちにどのようなお力添えをしてくださるのか――そこを、お聞かせ願えますかしら?」
いち早く状況を理解したクロニカが質問を投げかける。
「あんた達、今からこの森を抜けるんだろ?だったら、俺の力は必要不可欠だと思うぜ」
ベネディクトはよろりと立ち上がり、森のほうに向けて手をかざした。
そして面倒そうに詠唱をする。
杖を使わないのが彼のスタイルのようだ。
「光あれ。闇を灼き、安寧を。――『ホーリー・グレア』」
刹那、彼の指先から溢れ出た白銀の光が、森の中を照らす。
「まさか、聖属性魔法を使えるんですの?」
「ああ、俺の職業は神官だからな。いや、神官"だった"というべきか」
二人で勝手に進む話に、状況についていけてない俺は無理やり割って入る。
「なあ、ちょっと待ってくれ。つまりベネディクトさんは俺たちの味方で、一緒にこの森を抜けてくれるってことか?それで、今の魔法は……?」
「聖属性魔法。対アンデッドにはとても心強い魔法ですわ」
「対アンデッド……?」
そこで、クロニカは面倒くさそうに俺から視線をずらした。
答える気はないようだ。
「その解説はあとで。まだ追っ手が来る可能性がございますもの。森の中へ急ぎましょう」
「そうしたほうがいいだろうな。その前に、痕跡は消しておかないとな」
そこでベネディクトは、空中で何やら印を切った。
指先で描いた紋章が、淡い琥珀色の光を放ちながら地表に染み込んでいく。
「乱れを鎮め、原初の清浄を。――『ホーリー・ウォッシュ』」
背後に残る、俺たちの足跡が静かに消えていく。
残り香も消えたようだ。
「あら、便利な魔法ね」
クロニカが感心したように呟く。
「掃除の行き届いてない場所には、神様も寄り付かないんでね。では、行くとしよう」
────
森へ入ってすぐの、多少視界の開けた場所で一行は歩みを止めた。
「このへんなら、もう大丈夫だろう」
ベネディクトは胸元からまたしてもボトルを取り出し、それを一口飲んだ。
クロニカは背負っていた荷を下ろし、俺とエリナは近くの倒木に腰かける。
「それで、俺は詳しい状況は知らねーんだ。ここで待ってればお前たちに会えると言われただけでな……なんだ、お前ら犯罪者なのか?まあ俺はそれでも構わねーけどよ」
「違うわよ。私たちはただ、勇者に歯向かったせいで難癖つけられてるだけよ」
エリナが食い気味に答え、続いて俺も相槌を打つ。
「その通りだ。俺はただ、あんたの親父さんを助けただけだ」
「……チッ、あの親父、また死に損なったみてーだな。アンタら、名前は?」
「俺は依人、こっちはエリナだ」
「そうか。で、目的はなんだ?」
「好き勝手暴れているこの王国に、一矢報いたいと考えている」
それを聞くと、ベネディクトは高らかに笑った。
「いいねえ!そういうの好きだぜ。俺も、教会の操り人形をやってるのが嫌で抜けたようなもんだしな」
「あなた教会にいらしたの?……ああ、前に噂で耳にしたことがございますわね。素行が悪く、破門された神官がいる、と」
クロニカが言いかけたところで、ベネディクトが引き継ぐ。
「ああ、それは俺のことだろうな。俺はな、誰かに縛られるのが大嫌いなんだ。ってことは、アンタらの目的地は王都。そこまで送り届ければいいってわけだな?」
俺が頷いたところで、楽しい自己紹介の時間は唐突に終わりがきた。
ベネディクトが森の奥を見つめる。
「早速、おでましか」
俺もその視線につられ、魔力感知を発動する。
魔物の気配があるようだった。
「どうやら……あなたの出番のようですわね。頼りにしておりますわ」
「俺たちは見てるだけでいいのか?」
「私たちは基本的に無力でしょうね。だってこの森の北側には──」
クロニカは、不快気味に眉をひそめる。
「アンデッドしか、いませんもの」




