第37話 迷宮都市包囲網
『勇者への侮辱、および国家反逆の罪により、久遠依人、エリナ・ド・ラメール。これら二名の身柄を、ただちに拘束する!』
それを聞いたとき、全身から一気に血の気が引いた。
「は、反逆罪?どんだけ権力持ってんだよ、あいつら……」
一方で、クロニカは冷静だった。
「……始まりましたわね。さあ、こちらへ」
促されるままにベンチから立ち上がり、彼女の背を追う。
幸い、俺たちがその依人とエリナであるということはこの街の人には知られていない。
人混みを抜けても、バレることはなかった。
だが、拡声器の声は絶え間なく続いている。
静かだった街が一変し、緊急事態とでもいうように、騒音に包まれていく。
『両名は、昨日から今日にかけて、勇者である九条廻への攻撃、及び聖女・未来様への冒涜を行った。重ねて、勇者の重大な任務を妨害した卑劣な大罪人である。名は久遠依人とエリナ・ド・ラメール。この二名を、ただ今より国家反逆罪に指定する』
何事かと人々が家から出てくる中、俺たちは人混みをかき分けて一方向に歩みを進める。
今は前を行くクロニカに縋るのみだ。
『バザルトに駐屯する聖騎士団、および魔導師団に告ぐ。九条廻の名において命ずる。――奴らを見つけ次第、即座に拘束せよ。勇者の威光を汚した報いを与えよ。バザルトの平穏は、王の正義によって守られるべきである』
繰り返す……と、拡声器の音声は続いていく。
「……アイツ、聖騎士団を動かして、街全体を包囲するつもりかよ」
ガシャン、ガシャンと、兵士たちの鎧が触れ合う音が前方から近づいてくる。
クロニカが足を止め、背負っていた荷物を締め直した。
「自らは手を下さず……使える『駒』を差し向けて、私たちを仕留めるつもりのようですわね。まったく……数の暴力ほど、厄介なものはございませんもの……こちらですわ」
脇道へ逸れ、複雑に入り組んだ裏路地へ。
だが、クロニカの言ったとおり、想像以上に敵に数は多かったようだ。
小さな裏路地を曲がったで、巡回していた数人の聖騎士団と鉢合わせてしまう。
「いたぞ!反逆者だ!」
「勇者様の命だ!絶対に逃がすな!」
一斉にを抜かれる白銀の剣。
俺が戦闘を覚悟した瞬間、クロニカが俺の腕を強く引いた。
「無用な戦闘はお避けくださいませ。今は一刻も早く、あの者たちの目の届かない場所へ、身を隠すことが先決ですわ」
彼女は迷いのない足取りで、迷路のような裏路地を駆け抜ける。
背後からは、兵士たちの軍靴の音が迫る。
「……クロニカ、正門の方は?」
「当然、魔導師団が結界を張って待ち構えているでしょうね。……けれど、亡霊の森・北側のルートでしたら、あるいは突破の望みもございますわ」
彼女は走りながら答え、
もっとも……命の保証までは、いたしかねますけれど、と付け加える。
「はぁ!?本気なの、クロニカ。だってあそこは……」
エリナが悲鳴に近い声を上げる。
その声から、そこがただの森ではないことは察しがついた。
(何か、問題のあるルートなのか?)
「策ならありましてよ。申し上げましたでしょう?私、工芸品店を営んでおりますの……その前に、少々、失礼いたしますわ」
細い道を抜けた先で、彼女は自分たちの通ってきた背後に何かを置いた。
それは、小さな猫の置物だった。
狭い道の両端に、一つずつ。
「……猫?」
「形はなんでもよろしいのですけれど。ふふ、猫が好きですのよ、私」
場違いな答えを残し、彼女は再び走り出す。
追いかけながら、再び尋ねる。
「あれは何なんだ?」
「人除けの結界ですわ。ひとまず、追手は撒けたと思われますけれど」
「あんた、本当に工芸品を作ってたんだな」
「……私を、一体何者だとお思いでしたの?」
しばらく街を駆け抜け、ようやく建物がまばらな郊外へと出た。
視界が開けたということは、それだけ見つかるリスクも跳ね上がる。
案の定──。
「いたぞぉー!手配中の反逆者だ!」
遠くから鋭い怒号が聞こえてくる。
「まずいですわね……」
その大声に反応し、反対側からも兵士が駆け寄ってくる音がする。
「迎え撃つか?」
「いいえ、まだ打てる手は残っておりますわ」
クロニカが荷物から、透き通った紫のガラス球を取り出した。
「皆さま、手をお取りくださいませ。このまま真っすぐ、駆け抜けますわよ」
「?あ、あぁ……」
疑問を抱きながらも、右手でクロニカを、左手でエリナの手を掴む。
それを確認したクロニカは、取り出したガラス球を、地面に叩きつけた。
──パリンッ!
瞬間、あたり一帯が濃厚な紫色の煙に包まれる。
(ッ……!煙幕か!)
「クソ!何も見えないぞ!手当たり次第に探せッ!」
俺は目を閉じ、彼女に引っ張られるままに足を動かした。
遠くのガチャガチャと兵士たちが動く音は、確実に遠のいていった。
────
やがて煙が晴れ、建物が完全に消えた平原へとたどり着いた。
岩が点在する荒野の果て。
俺たちは息も絶え絶えになりながら、膝を突く。
「もう間もなく到着いたしますわ。あちらが、泣く子も黙る、亡霊の森・北側ルートですのよ」
クロニカが指差す先には、鬱蒼と生い茂った森林が見えていた。
当然、道というような道はない。
「そうか。ここまで来れば、もう安全だな」
額の汗をぬぐいながら、荒い呼吸で言った。
「……いいえ。ここでは、まだ見つかる可能性がございますわ。森の中へ入るまではどうか、油断なさいませんように」
正直、俺は安心しきっていた。
もう、ゴールは目の前なのだ。背後に追っ手の気配もない。
何とか、逃げ切った。
反逆者としての処刑を、免れた。
そう、確信し、緩み切った俺の脳では、目の前の異物を異物として認識できなかった。
「思ったより早かったじゃねえか」
森の入り口にある岩の一つ。
そこに腰かけ、退屈そうに俺たちを見つめる、一人の細身の男性がいた。




