第36話 鑑定する理由
日も高く昇っているというのに、噴水広場は人気が少なかった。
「後から来たあの女性、あの人もヘヴンウィングスの一員なの?」
「ああ」
「私、あの人嫌いだわ。なんだか、人を人と思ってないみたい」
エリナが仏頂面で呟く。
「けれど、あいつも、もしかしたら救いを求めているのかもな」
俺は痛む右目を細め、遠く見つめながら答えた。
「あいつ"も"?」
それから、俺はエリナに店内で起きた事の顛末を話した。
「……陽向は、殺してくれと言った。最強であるはずの勇者が、死ぬことでしか救われないと本気で思ってるんだ。隷属の腕輪のせいで肉体も精神を汚染され、死ぬことさえ許さず戦うだけの兵器にされている」
「……そんな無理してまで救おうとするなんて。依人、あなたはあの人たちに何かを感じたの?」
「一歩間違えれば、俺もああなってたかもしれないんだ。放っておくわけにはいかないさ。……それに、同郷の好でもあるしさ」
「でも救うって、どうやって?あなたのスキルを使えば、どうにか出来るの?」
「……いや、今のままじゃダメだ」
ようやく、右目の熱も引いてきた。複雑そうな顔をして俺の膝の上に置かれた彼女の手を、そっと握り返してやる。
「まあ、今どうこうってわけでもないさ。俺は、この世界のことをあまりに知らなさすぎる。王都グランゼルドが彼らを使って何をしようとしているのか、俺たちの敵は一体何なのか……。力も知識も、圧倒的に不足している」
そこで、俺は考え込むように深呼吸をした。
ヒナタが悲鳴を上げた瞬間の感触を思い出す。
「今のやり方では、ただの『強奪』だ。無理やり引き千切り、自分の中に流し込む。……けど、あの呪いの糸は、彼らの魂の深くまで血管のように癒着している。無理に奪えば、魂まで一緒に引きちぎってしまう」
事実、ヒナタは絶叫した。
あのまま続けていれば、恐らくは最悪の結果になっていただろう。
救うために、殺してしまう。それでは意味がないのだ。
「奪うんじゃない。……なんかこう、呪いの術式だけを見極めて、そこだけを書き換える……あるいは消去するような、繊細な力が必要なんだ」
『観測者Lv1』。
そう、このスキルにはレベルが設定されているのだ。
ずっとLv1のままだが、実はその真価にはまだ、ずっと先があるのではないか。
目に見える黄金の糸(因果)を読み解き、その一本一本を編集することだってできるのではないか。
陽向が腕に嵌めていた呪物の鑑定結果を思い出す。
【名称:隷属の腕輪(呪物)】
【詳細:王都グランゼルド・王立魔導院が管理する拘束具――】
「……王都グランゼルド、王立魔導院」
俺は確信を持ってその名を呼んだ。
「……?そこが、どうかしたの?」
エリナが不思議そうに尋ねてくる。
「隷属の腕輪を作っている場所だ。そこに行けば、何か取っ掛かりが掴めるかもしれない、確証はないけど。どうせ碌でもない機関だろうがな」
この歪んだ世界を、しっかり見る必要がある。
それが、観測者である俺が、次の領域へ行くためのステップになるはずだ。
「……王都へ行くっていうの?依人を追い出した、あの場所に……?」
エリナが目を見開く。当然だ。
俺だって、いい思い出があるとは言えないその地へは戻りたくない。
だが──。
「ああ。俺たちは、王国に利用される道具じゃない。ちゃんと意志を持った人間なんだ。不満があるならしっかり反旗を翻さないとな」
そう、自分でも気づいていなかったが、俺は王国に不満を持っていたのだ。
気にしていない振りをしていたが、自分たちの都合で勝手にこの世界に召喚しておいて、勝手にお前は無能だと決めつけ、そしてこの俺を王都の外へ追放した。
他の勇者にしたって同じだ。
利用するだけして、使い物にならなくなったら捨てる。
今まで無意識のうちに抑え込んでいた怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。
その時だった。
「……アツアツのところ、お邪魔だったかしら?」
不意に、ベンチの背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには大きな荷物を背負った女性――クロニカが立っていた。
彼女は相変わらず感情の読めない表情をしていたが、その瞳には確かな意志を宿している。
「……クロニカ。いつからそこに?」
「……王都へ向かわれる、というお話をなさっていたあたりからですわ。どうやら、とても大切なお話のご様子でしたから……お声をお掛けするのは、少々ためらわれまして……」
彼女は一歩前に出ると、俺の正面に立った。
「王都グランゼルド、王立魔導院。あの場所は、とても清らかな場所とは言えませんわ。むしろ――ひどく、薄汚れたところですの」
今日のクロニカは、ひどく真剣な表情だ。
これが彼女の、素なのだろうか。冷静で冷徹で、心の奥底の憎悪が垣間見える。
「私の兄も……あの者たちの実験に巻き込まれ……命を落としましたわ」
クロニカの口から漏れた、初めての個人的な感情。
彼女の纏う空気から、商人としての仮面が剥がれ落ち、一人の「復讐者」としての顔が覗く。
「あの者たちは……人を、人として扱ってはおりませんわ。自らの理論を証明するための、材料程度にしか見ていないのですもの……」
「……依人さん。昨日、ヘヴンウィングスのリーダー、九条廻と対峙なさっていましたわよね?依人さんのそのお力……確かなものだと、私にはそうお見受けいたしましたわ」
「やはり、昨日の援護はお前だったんだな」
彼女は俺の言葉に頷くこともなく、淡々と話を続ける。
「どうやら私たちの目的は一致しております。あの者たちが覆い隠している醜い真実を、すべて白日の下に晒して差し上げなさいませ……そのためであるのなら、私は、喜んでお力をお貸しいたしますわ」
「……それは俺たちと一緒に来たいということか?」
俺の問いに、クロニカは薄く、だが確かな意思を持って笑った。
「ええ。敵は強大です。私もあなた方とでしたら手を組みたいと思いますわ」
「いいのか?お前は兄の敵討ちをしたいのかもしれないが、俺らがお前の望みを叶えてやれる保証はないぞ」
「ええ、構いません。私にとって、あなた以上の適任に出会える気がもう致しませんもの」
クロニカの覚悟を受け止め、「じゃあこれからよろしく頼む」と握手を交わそうとした時だった。
街の空気が一変した。
大通りに、魔導拡声による巨大な声が響き渡る。
『――バザルトの民よ、聞け。我は王立特選騎士団である。この命はヘヴンウィングスを代弁するものとする。勇者への侮辱、および国家反逆の罪により、久遠依人、エリナ・ド・ラメール。これら二名の身柄を、ただちに拘束する!』




