第34話 酔いどれの願い
元気なくエリナに告げて、俺は酒場の暖簾をくぐった。
「おい小僧!なんで俺をジロジロ見てやがった?」
改めて問い詰められる。すごい迫力だ。
そして、かなり酒臭い。
「え、えっと……ヘヴンウィングスの禍津様とお見受けします……実は、勇者パーティに憧れておりまして」
俺はへりくだり、当たり障りのない理由をつけてみる。
ここは、穏便に済まそう。昨日の今日で再び戦闘は避けたい。
「はあ?憧れてるだぁ?やめとけやめとけ!勇者なんて碌なもんじゃねえ」
やはり、彼がパーティメンバーの一人、禍津陽向だった。
彼は自嘲気味に鼻で笑い、声のトーンを落とした。
「俺だって最初は、勇者って響きに憧れたさ!けど、その実体が、今のこの俺だ。かっこよくもねえ。ただ痛みに耐え抜くだけの日々よ……。まあ座れ。あんた、名前は?」
「依人、です」
「はあ!?依人?まさか、あんたも転生者……勇者パーティなのか?」
「いえ、今はもう。かつては『レゾナンス』という勇者パーティにいましたが、すぐに追放されました」
「ああ、そうなのか。そりゃ、幸運だったな。見たところ、隷属の腕輪もつけられてねーみてーだし……」
陽向は店員に酒をもう一杯頼むと、それを俺の前に置いた。
断れる雰囲気ではない。
「俺のおごりだ、依人。まあ飲め!」
促されるまま、俺は飲むふりをしてジョッキに口をつける。
「この腕輪のせいで、俺たちはおかしくなっちまった。最近じゃ、戦うのも苦痛でよ……体中が痛えんだ……」
陽向は語り始めた。
さっきまで怒っていたかと思えば、今は泣きそうな顔をしている。
相当酔っぱらっているのだろうか、情緒が不安定だ。
「だから、常に酒を飲んでんだ。痛みを少しでも忘れるためにな」
そういって、彼は一気にジョッキを空にし、テーブルに叩きつけた。
「……なあ依人、あんた、俺を殺しちゃくれねえか。楽にしてくれ。俺はな、さっさとこのクソみてえな人生、終わらせてーんだ」
さっきまでの豪快な怒号が嘘のように消え、声はひどく掠れていた。
大男の目から溢れた涙が、無精髭に覆われた頬を伝い、机に置かれたジョッキの中に落ちる。
「……は?勇者ともてはやされているあなたを、ですか?いやいや……だいぶ酔ってますよね?」
突然の申し出に、俺は困惑する。
彼は、乱暴に右腕の袖をまくり上げた。
そこには、皮膚に食い込むほどきつく締め付けられた、禍々しい装飾の腕輪があった。
「わかってんだ、俺は勇者なんかじゃねえ。……コイツのおかげで、日に日に俺が俺じゃなくなっていくようだ。粗暴で乱暴で……いや、粗暴なのは昔からだが……日に日に、心が狂暴になりやがる。魔物というターゲットがある間はまだいい。理性でどうにか抑えてはいるが、人を襲いたいとすら思う事だってあるんだ。こんな奴が、勇者なわけあるかよ」
俺は、唾を呑み込み、断りを入れた。
「あの、少し鑑定させてもらってもいいですか?」
陽向は怪訝な目を向けたが、「ああ」と頷く。
『鑑定Lv10』――発動。
【禍津 陽向】
【職業】狂戦士
【レベル】74
【基本ステータス】
HP:6050 / 6050
MP:860 / 860
筋力:910
防御:750
敏捷:510
魔力:310
精神:20
いや、これじゃない。
俺が見たい情報は……。
陽向の腕に焦点を絞り、情報をさらに引き出す。
【名称:隷属の腕輪(呪物)】
【状態: 稼働中】
【詳細: 王都グランゼルド・王立魔導院が管理する拘束具。対象者の魔力回路に介入し、その自由意志を剥奪する。】
【現在の侵食率: 68.4%】
(侵食率……?さっき、ヒナタが言っていた"俺が俺じゃなくなっていく"というのはこれが原因か?)
そして、腕輪から彼の体内へと伸びる無数の黄金の糸が見えた。
俺は躊躇する。
そう、前回これをやったのは、エリナを救出するときだ。
あの時は、彼女を蝕む呪いを強奪して、俺の中に取り込んだ。
その後、システムを介して、俺に移ったその呪いを消去したわけだが……。
果たして、今回もうまくいくだろうか?
もしも、呪いが俺に転移したまま消去できなかったら?
脳裏に、シャッテンの言葉が過る
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「やるせませんな。怒りの矛先を、純粋に彼らに向けることもできない……。彼らもいわば、王国の謀略の被害者」
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そして、目の前の男が発した悲痛な叫び。
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「……なあ依人、あんた、俺を殺しちゃくれねえか。楽にしてくれ」
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やるしかないか。
ここで退いては、寝覚めが悪い。
「ちょっと、失礼します。──『因果の強奪』!」
俺は腕輪から伸びる呪いの糸を、無理やり引きはがそうと試みた。
瞬間、右目の奥が焼けるように熱くなる。
(ッ……!重い……!)
やはり、勇者の因果は魂の深くまで浸透していて、そう簡単には強奪できないらしい。
呪いも同じで、ヒナタの全身、隅々にまで毛細血管のように定着している。
俺が痛みを堪えて、さらに力を込めた、その時だった。
「アアアアアッ!!!やめろ、やめてくれ!!!体が千切れそうだッ……!!」
耳を劈くような悲鳴。
俺は慌ててスキルの発動を停止した。
右目がとてつもなく熱く、そして痛い。
どうやら俺のほうも、相当限界だったようだ。
「す、すいません……」
お互いに肩で息をし、荒い呼吸を整える。
「呪いの根本を消し去ろうと思ったのですが、ダメだったみたいです。お力になれず、すいません」
「あんた、そんな事ができるのか?」
信じられない、という風に俺を見つめる陽向。
「できる可能性があった、というだけです」
俺は力なく首を横に振る。
「そうか……いや、いいんだ。何とかしようとしてくれた、その気持ちだけでありがてえ。少し、希望が見えた気がする……」
さっきまでの勢いとは一変して、今度は落ち着いた口調で話す。
情緒が不安定だ。
やはり彼は、酔っているのだろうか。
「もう少し、耐えて頑張ってみるよ。さっきは殺してくれなんて、訳の分からねえこと言ってすまなかった」
和やかな空気が流れかけた、その時だった。
「――あら、ヒナタ。またこんなところで油を売っているの?」
冷ややかな、鈴の音のような声。
ヘヴンウィングス四人目、聖女様の登場だ。




