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「役立たず鑑定士」と捨てられた俺、全部鑑定したら勇者より強くなった  作者: 愛田茶々


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第33話 薬屋の噂

 翌朝、俺たちは昨日教わった場所へと向かった。

 そこは本来なら街の心臓部といえる活気ある商店街のはずだが、今は通りを歩く人はまちまちだ。


 その一角に、目的の店、シャッテンの薬屋があった。

 カラン、と乾いた音を立てて扉を押し開けると、店内は数多の薬草の匂いが漂っていた。


「……おぉ、恩人殿。よくぞ来てくださった」


 カウンターの奥から、昨日よりずっと血色の良くなったシャッテンが顔を出した。

 その柔和な微笑みは、まさに優しい祖父といった印象だ。


「ティルメアの具合はどうだ?」


 俺の問いに、シャッテンは奥の寝室を指差す。


「おかげさまで。儂が調合した、特製のポーションを飲ませました。……今はまだ深く眠っておりますが、呼吸も随分と楽になったようです。病の根は深いが、このまま快方に向かうでしょう。……本当に、感謝してもしきれませぬ」


 深々と頭を下げるシャッテンに、俺は少し照れくさくなり「治りそうでよかった」と短く返した。


「しかし、まずいことになりましたな……」


 俺が、店内の棚に並ぶ、見たこともない魔物の部位や奇妙な液体を眺めていると、シャッテンは眉をひそめ、ため息交じりに切り出した。


「まずいこと、とは?」


「ええ、九条廻のことです。恩人殿は、昨日明らかに彼らと敵対するような行動を取ってしまった。このまま彼らが黙っているとは到底思えませぬ」


 シャッテンはやれやれといった様子で、首を横に振る。

 ちょうど九条の話が出たところで、俺も本題を尋ねてみる。


「……なあ、シャッテンさん。昨日の『ヘヴンウィングス』……九条廻とかいう男について、知っていることを教えてくれないか」


 俺の言葉に、シャッテンは覚悟を決めたように表情をすっと引き締める。

 彼は店の鍵を閉めると、俺たちを店の奥へと促した。


「……彼らが発足したのは約一年半前。選ばれし勇者パーティですな。治安維持に国家運営、他国への抑止力として重要なのはわかるんですが、奴らこの町に来て以来、完全な(あるじ)気取りでして。……。特に、貴殿が退けた九条廻。あ奴こそが、そのパーティを束ねるリーダーですよ」


「あいつが、リーダー……」


 シャッテンは静かにお茶を淹れながら、険しい面持ちで語る。


「あ奴らは一週間前からこの街のダンジョンを完全に占拠しております。噂では、あと一ヶ月は滞在し、深層にある『聖遺物』を持ち帰るつもりだとか。その間、一般の冒険者は迷宮への立ち入りを厳しく制限され……街の経済は死に体です」


 シャッテンは苦々しく吐き捨てた。


「そりゃ、大変だな。俺も活気あるこの町を見てみたかったよ……。昨日、トウヤと名乗る男もいたが、そいつも仲間なのか?」


月読灯矢(つくよみ とうや)、パーティの遠距離担当ですな。なんでも"弓"や"銃"といった聞いたこともない、異形の武器を操るとか」


 そういって、淹れたばかりのお茶を俺たちに差し出してくる。

 俺は軽く会釈して、それを受け取る。


(この世界には弓も銃もないのか……確かに、魔法があれば遠距離攻撃は事足りるもんな……)


 頭の中で頷いている俺を他所に、シャッテンは話を続ける。


「……ただ、彼だけは他の者と違い、傍若無人な振る舞いは見せませぬ。昨日も場を納めていたようですし……。それが逆に、何を考えているか分からず不気味ではありますな。それから……」


 シャッテンの話は、他の構成員へと及ぶ。


 三人目、禍津陽向(まがつ ひなた)

 巨大な斧を振るう重戦士。酒が大好物らしく、この町でもよく飲んでは暴れてるらしい。酒臭さと汗臭さが入り交じり、できれば近寄りたくない、ある意味では一番迷惑な存在だそうだ。


 四人目、天音未来(あまね みらい)

 職業は聖女。だが性格はそのイメージとかけ離れていて、傲岸不遜な選民主義者。自分以外の女、特に若い女には容赦なく冷淡だという。


 そして五人目、白縫鏡花(しらぬい きょうか)

 魔導師で、攻撃魔法の威力は彼女の右に出る者はいないという。九条が弱者をいたぶっているのを笑いながら眺め、時にはもっとやりなさいと煽るような、三度の飯より人の不幸が好きな人物だそうだ。


(しらぬい……?どこかで聞いた覚えがあるような……)

 その名前に引っかかりを覚えつつも、俺はシャッテンの次の言葉に意識を向けた。


「彼らも、結成当初はこんなではなかったんですがねぇ……やはりあの『隷属の腕輪』のせいで……」


──うーん、そうなんだよな……。レゾナンスの皆も、召喚当初は嫌な感じは全然しなかった。むしろ優しい奴らだとさえ思ったくらいだ。


「やはり、王国は彼らを兵士として、国の戦力として、使い捨ての駒くらいにしか思っていないのか」


 ズズ、とお茶を飲む老人に対して、感想を伝えてみると、一呼吸おいて老人は答えた。


「帝国の侵略を恐れているのでしょうな。勇者という"絶対的な盾"があるからこそ、帝国も迂闊に手出しできない。皮肉なものですな」


「なんとか、ならないんですかね?」


 我ながら、なんて無力で漠然な問いかけをしてしまったのだろう。

 声に出してみて後悔するも、老人は意図を汲んで優しく答えてくれる。


「やるせませんな。怒りの矛先を、純粋に彼らに向けることもできない……。彼らもいわば、王国の謀略の被害者。かといって、悪の源泉である王国にも、平和という大義名分がある……恩人殿、貴殿が心を痛める必要はありますまい。……ですが、そう言わずにはいられないのが、貴殿の良さなのでしょうな」


 気分が落ち込んでしまいひと時、沈黙が流れる。

 俺は話題を変えるように、昨日から気になっていた名前を挙げた。


「話は変わるんだが、クロニカ、という工芸品店を営む娘を知っているか?」


 昨日もひそかに助太刀をしてくれたようだし、敵ではないと思うんだが、もし情報があれば知っておきたい。


「ふむ……?クロニカ、ですか……。存じ上げませんな」


「そうか。いや、知らないならいいんだ」


 他にも色々と聞きたいことはあるが、これだけ聞ければ十分な収穫だろう。

 俺たちは茶の礼を告げて、店を出た。


「……お気をつけて。次はぜひ、活気あるこの街を案内させてくだされ」


 シャッテンに見送られ、俺たちはギルドへ向かった。

 一ヶ月もダンジョンが閉鎖されるなら、この街に留まる理由はない。


 クロニカが帰りの護衛依頼を出していたなら、それに紛れてとっとと立ち去るつもりだった。


 ――だが。運命は、それを許してはくれないらしい。


「っかはぁー!!遅い!次の樽を早く持ってこんか!注文する前に空気を読め!」

「ひ、ひぃっ! すぐに、すぐに持って参ります!」


 ギルドの手前にある酒場で、騒ぎが響いてくる。

 まだ昼前だというのに、とんだ酒乱がいたものだ……。

 チラッとガラス越しに店内を覗くと、そこには椅子を並べて横柄に座り、背中に身の丈ほどもある巨大な斧を立てかけた男がいた。


(……斧。酒乱。まさか)


 そして、目があってしまった。


「おい、そこの小僧!人をジロジロ見るなんて失礼だろ!こっちへ来んか!」


 ガラスを震わせるほどの大声。

 まずいな……。しかし、逃げればかえって面倒なことになるのは明白だった。


「……悪い、エリナ。ちょっと行ってくる……」


 俺は溜息を飲み込み、不穏なアルコールの匂い漂う店内へと足を踏み入れた。

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